@



 自分がまさか、もう一度男性とお付き合いすることになるとは思ってなかった。


 学生の時だって、ただ流されるように生きていて、たまたま私に声をかけてくれた人が好きになり、それで楽しく幸せで過ごしてきたのだ。

 自分は決して恋愛体質ではないと知っていたし、異性に対しての興味も周囲の女の子たちに比べたら少なかったと思う。

 皆が、彼氏と手を繋いだり、キスをしたり、デートに行ったりすることに興味を持って、教室の隅で顔を赤くしてきゃあきゃあ言っているのも、可愛いなあとは思えど一緒にはしゃぎたいとは思わなかった。

 他人事みたいだったのだ、いつでも。

 同じように、その彼氏に好かれたいと思うからって小さな爪にマニキュアを塗ったり、色つきのリップクリームを買ってみたり、いい匂いのする香り袋を鞄の中にいれてみたり、そういうことも、へえ、と思って眺めているだけだったのだ。

 そんな私でも、年頃になった時、俺に任せてとぐいぐいと引っ張ってくれる男性が相手に現れた。そしてその彼が君の世話は俺がする、と言ってくれて、友達よりも早く花嫁になることになったんだった。

 一度は結婚出来た、それは失敗してしまったけれど、それでも私も結婚が出来たんだ、そう思って、何だか一人前の仕事をしたような気になっていたころもあったけれど、元夫との生活をやめて実家に戻ってみても、私にはそもそも、男の人は必要ないかもしれないなんて考えていたほどだった。

 自分で働こうかと考える前に妻になってしまっていて、他の道を模索しなかっただけで。

 でも元からあまり男性に対して興味や希望を持ってなかったのかも、と。

 だから再婚どころか、もう一度誰かを好きになることすらないのではないかって。

 私だけでなく、両親も姉もそう思っていたのだろう。だから、私には再婚のお見合いや知人や親戚からの男性の紹介などは一切なく、実家で体を治していた。

 そして、立ち直ったと思えてから姉と二人で住んでいるのだ。


 離婚してから恋愛対象の男性がゼロの状態で、既に5年。

 なんと、なんと、私に彼氏が出来たのだった。

 それはだから、私や私の周囲の人間にしてみればまるで彗星が自分の家の庭に落ちてきたかのような驚きだった。

 余りにも現実的でなくて、え?と必ず聞き返すような。

 まさか、って。皆が最初にそういうような。

 それもその相手が、今まで私の周りにいた人達とは外見の雰囲気からして違うような、良くも悪くもやたらと目立つ男性で―――――――――


「嬉しいいいいいいいい〜・・・・」

 姉が、見事に酔っ払った。

 私が龍さんとお付き合いをすることになったのは、彼女はすぐに知ったのだ。あの「デート」をした帰り、家に戻った私をひっ捕まえて、姉はまず、どうして泣いた後のような顔をしているのか、と聞いた。

 あの子まさか、あんたに何かしたのっ!??って。がっつりと深い皺を眉間に寄せて、それはそれは凄い勢いで。だから私は彼の名誉の為にも、本日あったことを報告することにしたのだ。

 龍さんに告白されちゃったわ、って。お姉ちゃん、信じられる?思わずそう聞いたのは、自分自身がまだ信じられなかったからだった。

 で、姉は喜んで――――――――ただ喜ぶだけじゃなく、珍しくワインなどを引っ張り出してきて、夕方の5時から飲み始め、そして、ソファーの上で見事に潰れているのだ。

「お姉ちゃん、飲みすぎよ。仕事は大丈夫なの?」

 私は姉の為についできた冷水を、ソファーで寝転ぶ姉の顔の前に持っていく。さーんきゅうう〜と歌うように言いながら、姉は上半身を起こしてそれを一気飲みした。

「だいじょ〜うぶよお!今回は日数もよゆ〜なんだからあ!それよりあんたよ、潤子!じゅんちゃ〜ん!」

「・・・若干気持ち悪いわ」

「うふふふふふ。あんたにとうとう彼氏が出来たって、皆聞いたら喜ぶわ!お母さんなんて泣くかもよ」

 泣くのでなくて、ぎっくり腰にはなるかもね、そう思った。

「・・・言わないで欲しいわ、出来たら」

 私はそんなに小声でなく、いやむしろハッキリ言ったけれど、姉はあっさりそれを無視した。

「早速実家に電話しなくちゃ!それにしても右田くん!なーんて行動力のある子なのよ!可愛いやつだ、今度きたら何か買ってあげなくちゃ〜!」

「え?いやいや、やめてよお姉ちゃん!」

「どーうしてなのよ!うちの妹にアプローチなんてしてくれるのは、孝太君くらいの明るい俺様男しか無理って思ってたのよ!だけど右田君は別に俺様ってタイプじゃないし、驚きじゃないの〜!!あの子が勇気を出したご褒美に、私はプレゼントを押し付けたいのよ!」

 うへへへへへへ〜。姉はケラケラと笑っている。顔中真っ赤になっていて、服は着崩れているし、悲惨な状況だった。

 ・・・・ああ、人様には見せられない醜態だわ。

 笑い出したら止まらない姉は、酒を飲むのは久しぶりなはずだ。だから私はため息をついて諦めて、彼女の手からコップを奪うと台所へ行った。

 どうしてあんなに喜ぶのか、謎。

 だけど今の私には人のことなど気にしている余裕は実際ないのだった。あまりにも早い展開に、照れまくっていたからだった。

 ・・・告白なんて、されちゃって。

 まさかまさかまさかまさか(以下無限大)。

 それもそれも、あんなに格好いい人が!!

 どうして私に!!!

 年上で、バツ1の、消極的な・・・・・


「あ、やめとこ」

 寸前で私は首を振る。本当のところ、ものすごーく不思議なことで首を捻りたいのは山々だが、なんにせよ龍さんは私を気に入ってくれたのだ。人に好かれるのはやはり嬉しいし、そんな気持ちは久しぶりだった。

 だから、とりあえず自分を卑下するのはやめておこう。

 龍さんは私の返事を聞いて、よかった〜と笑った。

 そしておいで、と言うと、二人分のゴミ袋を持って、公衆トイレまで私を連れて行く。私はそこで化粧を直させて貰って(思ったほど酷い崩れ方ではなかったけど、パンダというよりピエロみたいな顔になっていた)、龍さんに連れられてご飯を食べに駅前まで歩いた。

 もじもじする私とは対照的にますます明るくなっていく龍さん。ずっと笑わせてくれたから、途中からは気まずさもなくなって、本当に楽しい午後だったのだ。

 結局あの薬局で買ったコーヒーは、食後にって歩きながら飲んでいた。彼の髪やピアスはいつでもキラキラ光って、色んな人の目をひいていた。

 私を明るい気持ちにさせてくれるこの男性がそばにいる、それが有難かった。

 これが・・・あの、彼の言う「山神様」のお陰であるならば、私も一度はお礼参りをしないとね、そう思ってくふふと笑う。

 龍さんの居酒屋へ、一度は行ってみたいな・・・。


 目の前にはカレンダー。

 私はにやけていた頬を持ち上げて真面目な顔を作った。

 来週は、千草の結婚パーティーだ。

 その日、私は過去を向き合う必要があるはずだ。



 有志の立ち上げたパーティーというには、えらく本格的だった。

 ハウスレストランの貸切で昼間は主に主婦になってしまった新婦の友達がくるということだったが、確かに7割ほどは女性だった。

 だけど、後の3割は男性。中には自営業で時間に余裕のある人もいたし、夜の方が都合が悪いからとわざわざ会社を休んできている人もいたらしい。子供が多くて夜は外出出来ないって家庭的な人も。

 そうまでして人が集まるのは、一重に新郎新婦の人柄だろうから。

 私もカクテルドレスとまではいかないけれど、ちょっと上品なワンピース程度の正装で参加した。電車に乗って都会に出るのは久しぶりだった。最もパーティー会場であるレストランは海辺にあったので、都会は乗り換えで通りすぎただけだけど。

「潤子〜!!元気だった?」

 昔なじみが次々と現れてはきゃあきゃあと嬌声を上げる。握手と笑顔。それがそこら中に満ち溢れていて、主役の二人が登場するまで話も尽きない。

 私は今日も姉の助言に従ってコーディネートしていて、最近ではそれになれつつある自分を感じていた。色の合わせ方とか、素材とか、そのようなものが。

「わあー!久しぶり、何か潤子雰囲気変わったよね?」

 同じテーブルに座った大学時代の友達である直美が、私を見て目を見開く。私は照れて、短くなった前髪を片手で撫でた。

「そうなの、つい最近、姉の手でイメチェンをね」

「いいわよ、似合うわ〜!前までの潤子は、落ち着いててシックでよかったけど、今はほら、なんというか・・・イノセントな明るさや脆さが見えるみたいよ!!」

 そう言うのは美穂だ。彼女はデザイナーとして2年前に独立したらしい。さっきまでは、そんな仕事命の美穂がどうやって結婚生活をうまくこなしているのか、という話題で皆で盛り上がっていたらしい。

 わいわいと話していると、幹事がマイクを握った。そして上手に進行する。パーティーを行うことになった経緯、参加してくれた人達への感謝を述べて、主役の紹介を始めた。皆が拍手をする中、スポットライトを浴びて登場した新郎新婦がドレスとタキシード姿だったので、大きな歓声が飛んだ。

 式はしてしまっていて、今日は友達とのパーティーと聞いていたからカクテルドレスかなあと話していたのだ。それが、ウェディング姿が見られるとは!私も興奮して大きく拍手をする。

 あれ、葉書で着ていたのとは違うドレスよ!そう美穂が言って、皆でへええ〜とじっくり眺める。よくそんな細かいこと覚えてるなあ・・・さすが、デザイナーだわ。私はそう感心して改めて新婦の千草を見詰めた。

「今日はようこそ、本当にみんなどうもありがとう」

 そう挨拶した千草が幸せそうに微笑んだ。

「ドレス姿を誰にも見せてないから、今日くらいはって思ったのよ。夜の回では着ないから、内緒ね」

 そう言って彼女が笑うのに、皆が手を叩いて応える。

 白いマーメイドラインのウェディングドレスを着た千草は綺麗だった。その輝く笑顔に私もつい引き込まれる。

 手が痛くなるほどの拍手をして、二人が真ん中のテーブルに着いたところでレストランのスタッフ達が入ってきた。食事タイムに入るらしい。

 といっても料理が運ばれてくるのではなく、小洒落たバイキングだ。皆それぞれの友達と話しながら会場の両端に並ぶビュッフェテーブルへと向かう。ずら〜っとプレートを持って並ぶ人波にうまく入れこめず、私は列がすくまでとテーブルに座ったままだった。

 自分の席についたままで、周囲を見回す。

 整えられた室内に、新婦の千草の好きな花の香りと木霊する笑い声。皆がそれぞれ笑顔でいて、素敵な空間だと思った。

 ・・・だけど、ちょっと、疲れちゃった・・・。履き慣れないフォーマルなパンプスに足の爪先が痛かった。私はテーブルの下でこっそり脱いで、足をぶらぶらさせて痛みから逃げる。

 ざわめくレストランの中で、その時、私の背後から懐かしい静かな声が聞こえた。

「潤さん」


 ――――――――――あ。




[ 20/32 ]


[目次へ]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -