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 雅洋の泣き声は聞こえない。あの揺れの中、まだ寝てくれているのだろうか。それとももしかして、もしかして・・・・。ええ!??

 心配になって、やつに攻撃をかましながらベビーシートを10秒間凝視する。小さな体がゆっくりと上下に動いているのを見て安心した。よっしゃ、いいぞ雅坊!そのまま寝ておいてね、お母さん、今ちょっと忙しいから〜!!

 コンコンと窓を叩く音がする。体に巻きつくシートを何とか外してやつを足蹴りながらチラリと振り返ると、通行人が5,6人ほど窓から覗き込んでいた。

 きっと激しい夫婦喧嘩だって思っているんだろう。妻が夫をボコボコにしているとか、きっとそんな風に。私は指を伸ばして窓を開ける。そして叫んだ。

「警察に電話して下さい!!この男、強盗なんです!!子供が人質にとられてるんですーっ!!」

 ・・・・事実は、少しばかり違うけど。



 通行人の皆さんは、不機嫌そのものの顔をしていた。それはそうだろう、いきなり車が突っ込んできたのだから。きっと皆さん相当怖い思いをしたはずだよね。だけど必死の形相の私と、その私が言った言葉にちゃんと反応をしてくれたのだ。

 2人くらいの人が急いで携帯電話を取り出すのを見た。それから運転席に回った男の人が、コンビニ強盗のバカ男を引きずり出してくれた。・・・いや、それはもしかしたら私の攻撃から男性を守らねば、そう思ったのかもしれないけど。

 とにかく、男が出て行ったことで私はぐったりと助手席の窓にもたれかかる。ああ・・・良かった。

「大丈夫ですか?子供さんは?」

 窓から女性が顔を突っ込んで聞いてくれるのに、ハッとした。そうだ、雅坊!後を覗き込むと、何と彼は目覚めていた。だけど、寝起きでよく判らずぼーっとしているらしい。澄んだ目で周囲を見回している。

「・・・雅、大丈夫?」

 私が声をかけると、パッと頭を傾げた。そして目があうと、にっこりと可愛く笑う。

「かーちゃ」

 はーいいいいいいいいいい!何かなあああああ〜??

 その笑顔だけで、疲れが一気に吹き飛ぶようだった。・・・・ああ、本当に良かった。今更ながら、よく二人とも無事だった・・・あの衝撃で、もしかしたら打ち身とかなってるかもだけど――――――――――

 ずるずるともたれ込んで、私はあはははと笑う。いやあ・・・強烈な体験だった・・・。

 そして今更ながらにやってきた強烈な車酔いに、おええええ〜・・・となったのだった。


 その後、警察がやってきて、バカ野郎は即逮捕となった。私が働いた暴行では救急車を呼ぶほどではなかったらしく(残念だ)、そのままパトカーに乗って行ってしまった。ちなみに、ぐるんぐるんと暴走した我が家の車による怪我人は一人もおらず。驚いてこけてしまったおばあさんは一人で立ち上がり、面白いものを見たと笑って去って行ったらしい。

 ま、とりあえず誰も怪我しなくてよかった。本当にやれやれだ。


 私は簡単な事情徴収を受ける。警察が回収した男の出刃包丁は、コンビニのアルバイトに突きつけたものと同じだったらしい。・・・本当にコンビニ強盗だったんだ、あの男。ちょっと呆れた私だった。

 それから警察の中でご飯を食べさせて貰って、夜も7時、ぐったりした状態で解放された。

「・・・・・・・信じられない、もう7時じゃないのよ〜・・・・」

 今日が、大切な私の休日が、半日もバカ野郎のせいで潰れてしまった・・・。ああ、息子との気楽なはずの買い物デーが。

 泣くに泣けないわ、そう言いながら、それでも買い物も済ませた。もういいやってなって二人で外食をし、ヨロヨロと家に帰る。

 夫の彰人は今日も閉店後残業のはずだ。警察に聞いたところ、まだ家族への連絡はいってないってことだったから、彼は今日私達に起きた一連の騒動を知らない。物凄くついている。・・・絶対に、彼には、知らせてはならない。

 お風呂に入れて興奮して寝ないかと思った息子が案外すんなりと寝てくれたので、私はたらたらと夫の晩ご飯を作る。すぐに食べられる状態にしておいて、もうさっさと布団に潜り込んだ。

 だって、ヤツは鋭いのだ。私の体には実際のところ色々アザが出来てしまっていたし、やはり何かが顔に出てしまうことだってある。それでは困るから、寝てしまうことにした。

 夢の中でも昼間の騒動の再現をしてしまった。やっぱり、興奮が落ち着いたら襲ってくるのは恐怖や焦りなのだろう。夢の中ではうまくいかず、私はたっぷりと苦しめられる羽目になったのだ。



 翌朝。

 今日は早番で職場に入る、その前に夫の実家へ雅坊を預けに行くために早起きをして、私は一人で家の中を走り回っていた。

「おはよう、まり」

 そこへ夫が起きてきた。私は口にパンを突っ込みながら、雅坊の着替えやらお菓子やらを小さなバックに突っ込む。ちらりと彼を見て、おざなりに微笑んだ。

「おはよ。ちょっと急ぐから、悪いけど朝食はセルフでお願い」

「はいよ」

 返事だけをして彼は洗面所へ行く。こういう時、一人暮らしが長い男は便利でいい、そう思いつつコーヒーを飲みながら眉毛を描いていたら、タオルで顔を拭きながら戻ってきた彼が言った。

「昨日の夜、えらく寝言で悲鳴あげてたけど、大丈夫か?買い物で何かあった?」

 ・・・・おっとお!!動揺した私は思わず眉墨を真横にぐいーんと引いてしまう。彼に見えないように激しく瞬きをして気持ちを落ち着けてから、上出来な普通の声で答えた。

「―――――――あ、そう?悪夢みたのかしらね、なんせ今日から戦争状態の売り場にいくわけだし。・・・何か言ってた、私?」

 化粧に集中していますを装って彼を振り替えらなかった。だけど、彼は別になんとも思わなかったらしい。自分でトーストを焼いてコーヒーを作りながら話している。

「罵り声が多かったかな・・・。バカ野郎!とか。俺が言われてるのかと思って寝室見に行ったくらい、ハッキリ言ってたぞ」

「・・・そ、そうですか。でも、あの、えーと、あなたのことではないと思うわ」

「うん、そうであって欲しいけど。あ、これも。早く出ていけ!とか」

「・・・へえ」

「あとは――――――・・・あ、そんなものこっちに向けるな!とか」

「・・・ふーん」

 無駄にバタンバタンと音を立てながらコンパクトの蓋を閉める。その音で彼の言葉を消したいくらいだった。

「どんな夢見てたんだろうな?起こそうかと思うくらい苦しんでた」

「・・・ほんと、どーんな夢見てたのかしらねえ〜・・・」

 冷や汗がダラダラ出るような感じで、とにかく化粧を終わらせた。

「さあ、雅坊を起こしてこなきゃ!」

 夫がテレビをつけて朝食を取りはじめる。私は動揺を隠したままで息子を起こしにすっ飛んでいった。

 いやあ、危ない危ない。私ったら何て正直に全部口に出してたのかしら。もう、本当に!

 寝ぼけてふにゃふにゃの息子を何とか着替えさせて、自分の荷物と息子の荷物を持つ。職場は近いけど、先に隣町の彼の実家まで自転車で息子を連れて行かねばならない。

「時間ないから私行きます!今日も残業?帰りあっちでご飯食べてきていいかな?」

 雅洋に靴を履きなさいといいながら台所を覗いてそう言うと、彼はコーヒーを飲みながら頷いた。

「母に宜しく。焦って事故らないように気をつけて」

「はーい!」

 コートを着てマフラーで首元をぐるぐる巻きにしていたら、夫がおやおやと呟く声が聞こえた。

「昨日この近くのコンビニに強盗入ったらしいぞ。しかも親子が乗った車奪って逃走だってさ」

 咳き込むかと思った。私は口元を引きつらせながら、息子を急かす。早く早く履いて〜!!そんなことは知らない夫がまだ話している。

「年末に何やってんだよ・・・それも、コンビニで盗れたの4万だけだったってさ。ご苦労なこった・・・」

「行ってきます!」

 ガラガラとドアを開けて雅坊を押し出した。

 ムカついていた。

 だから全速力でチャリをこいだ。全身に満ち溢れる怒りを力にかえていた。

 だって・・・だって・・・・。



 あのバカ野郎、たかが4万しか盗ってなかったのかーっ!!!!

 人の休日潰しといてたかが4万の強盗・・・本当情けない!それであんなに青ざめてたわけ?冷や汗かくような金額じゃないだろうがよっ!!



 もうちょっとだけでも蹴り飛ばせばよかった、そう、その日一日中思っていた私だった。





「女神の災難な休日」終わり。

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