・まり的危機の乗り切り方@



 個人的に救いだったのは、彼が忙しいことだ。

 私はそんなことを考えながら飛んでいく窓の外の風景をぼーっと眺めていた。

 あ、彼っていうのは勿論うちの夫ですよ、だって、あの怒ると迫力が半端ない夫は今、がっつり繁忙期なために携帯みる暇もないはずなのだ。昼食だってとる時間なんてなく、売り場に監禁状態なはず。

 ということは、妻子がバカ野郎に車ごと乗っ取られて拉致&連れまわしされていることに気付く可能性が低いってわけで。

 警察がコンビニのカメラを解析してうちのバックナンバーを読み取り、我が家の確認をして夫の勤め先を突き止め連絡を入れるまでに、どのくらいの時間がかかるだろうか。

 ・・・ああ、良かった。だってそんなこと知れたら最後、私ははるか彼方までぶっ飛んでしまうほどに心配をされて、しかもその八つ当たりを受け、自分なんて必要ないんだって勝手に凹む彼の機嫌を直すためにアレコレやらなきゃならなくなるだろう。そんなの嫌だ。ただでさえ忙しい年末に、どうして自分の男の機嫌取りまで!!

 だから、どうか物事が大事になる前にこのバカ男から解放されますように。そう胸の中でお願いして、ちらりと運転席の男を見る。

「ええーと、すみません、ちょっと伺いますけど」

 私は声を掛けた。一応武器も持っていると判った今、あまり失礼な口をきくのはどうかと思ったのだ。まあ、それに関してはすでに遅いかもしれないけど。ヤツはバックミラーを通して疲れた目で私を見る。

「何?」

「なぜコンビニ強盗なんかを?あそこのコンビニはレジの中もきっと潤ってないと思うんだけど」

 理由が心底知りたかったわけじゃない。だけど、後部座席で温かい赤ん坊を腕に抱いたまま、息子を寝かせるためにユラユラ揺れていたら、こっちまで眠くなってきてしまったのだ。まさか寝るわけにはいかないでしょうしね。何か話さねば、そう思ったんだった。

 温かい車の中、眠くなるのは仕方がない。だけど、私は今コンビニ強盗と息子と一緒にいるんだった。

 ヤツはもう一度私を見た後、ぼそっと言った。

「・・・お前に関係ないだろう」

「―――――――」

 ―――――――――あら、会話が終了してしまったわ。仕方なく、私は肩を竦める。もう、眠気防止にもなりやしないなんて、このバカ男は本当に使えない。

「隣町の駅はとっくに過ぎたけど、一体どこまでいくつもり?このまま日本横断でもするの?」

 たら〜っと聞けば、それもいいかもな、というふざけた返事が飛んできた。いやいや、やめてよ迷惑な。

 車を乗っ取られてから、そろそろ30分が経っていた。都心に入っていて、人も交通量もかなり増えている道を制限速度で走っている。検問が見えればすぐに回避するつもりだと判った。だけど高速にも乗らないでは、そんなに遠くには短時間ではいけないだろうに。

 ちらりと見ると、雅洋は眠ってしまっていた。よし、とりあえずこの子をシートに寝かせて・・・。そろりとベビーシートに息子を固定する。寝てくれるのを待っていた。ちょっとこれからお母さん頑張るからさ、君はここで大人しくしててね、そう思いながら。

 雅坊をシートに固定するのに成功すると、彼の上からひざ掛けをかけておく。それからおもむろに散らかった後部座席を片付けだした。マザーバックから出してそこら辺に転がっている全てのものを片付ける。いざという時、こんなに散らかった状態ではどうしようもない。

「・・・おい、変なことするなよ」

 運転席から男が言うから、不機嫌そのものの声で答えた。

「うるさいわね。自分の車で何しようが私の勝手でしょうが。あんたがいきなり乗ってきたから片付けられてないのよ」

 言いつつ手を動かしていると、前でうんざりしたって声が聞こえた。

「一応言っておくけど、携帯で外へ電話するのは止めてくれ。あんたらは人質だってこと忘れないようにな」

「一応言っておくけど、もうすでにコンビニからの通報で警察が動いているでしょうから、私が電話しようがしまいが一緒なのよ」

 ついでにいうと、メールなら今までだってやりたい放題だったのだ。だって後部座席に座っているのだから。そんなことにも考えがいかないなんて、本当に行き当たりばったりの犯行だったのだろう。

 手を動かしながら私は安堵のため息をつく。この男が頭悪くて、本当に良かった。でないと今頃私と雅坊がどうなっていたか判らない。ああ、神様がいるならその点だけはお礼を言いたい。もっとも、こんな面倒臭いことに巻き込んでくれたことに関しては文句を言いたいが。

「・・・全く」

 私が言い返すことに更に疲れたらしい男がそう呟く。包丁さえもってなければもう一度蹴りをいれたかった。全くって、それはこっちの台詞でしょうがよ!!ほんとイライラする。

 何とか片付けを終えた私は、よし、と気合を入れた。それから後部座席から身を乗り出して、助手席へと移動を開始する。

「え!?お、おい!」

「うるさいわね。やっと子供が寝たのよ。あんたの下手な運転ではすぐに酔いそうよ。何なら運転代わりましょうか?」

 そしたらそのまま警察に突っ込んでやる。

 私を睨んで、男は歯軋りをした。

「もう何でもいいから黙っててくれ!」

 文句は無視して助手席に座ることに成功する。シートベルトつけなかったら通りかかった警察に停められたりしないかしらって考えたけど、自身の安全の為にシートはしめておいた。

「さて、どこまでいくのか本当に答えてよ。今は忙しくて動けないはずだけど、うちの夫にこれがばれたら大変なんだから、さっさと終わらせてくれない?」

 口の中でぶつぶつと文句を言っていた男は眉間に皺をよせたままで言った。

「お前ら降りるか?車、俺に貸してくれ」

「ふざけないで、あんたがさっさと降りなさいよ。最初の話と違うじゃないのよ」

「・・・えらく余裕だな、こっちにはこれがあるんだぜ?」

 右手でハンドル、左手で包丁を握った状態で、男が笑った。


 ――――――――――きた。



 私はそれを待っていた。次に男が凶器を見せたとき、それがチャンスだと考えていたのだった。気が弱そうなこの男が傍若無人に振舞うことがあるとすれば、心理的に上に立てる、武器を振りかざしている時だろうって。と、いうことは、まず凶器をどうにかしなくてはならないと。

 だからすぐに行動を起こした。

 両手を伸ばしてヤツの包丁を握る左手を引っつかむ。そのままで両親指に力をいれて、包丁を握るやつの手の甲の親指下ツボに力を入れて突っ込んだ。

「ぎゃあ!」

 ビクンと強く跳ねて、やつの左手が開く。その拍子に落ちた包丁を、私はガッと掴んで体を捻り、ベビーシートの下へ放り込んだ。

 痛みと展開に驚いた男の右手が緩んで車が揺れる。後と横の車が警笛を鳴らす。包丁を隠した後ですぐに振り返って攻撃をするつもりだったのが、この揺れで台無しになった。

「うわあああ!」

「ひゃああ!」

 二人とも叫び、動く車の中は大混乱。私もヤツもシートベルトに体を締め付けられて痛みに唸る。とりあえずハンドルにしがみつく格好で、何とか車体を通常状態に戻した男が怒鳴った。

「何するんだ、バカ野郎!!」

「私は――――――――女よ!」

 めげてはならない。即行で攻撃を再開。走行中の車の中で運転手に攻撃をかますことの危険性はわかっていた。だけども、この男はさっきから私を退けることより運転を優先している。その小心さに賭けることにしたのだ。うまくいけば――――――――車が停まる。

 痛みで力が入らないはずのヤツの左手はシートの上で転がっている。何とかちゃんと座った私は足を振り上げて、その左手特に痛んでるはずの部分を目掛けて踏みつけた。今日履いているのは寒さよけの分厚いワークブーツ。攻撃力は大きいとみた。

 わあああー!と男が叫ぶ。また車が揺れる。周囲の車がクラクションを鳴らしまくる。とにかく目立つ、命がけの行為だった。

 ああどうにか、電信柱や前後左右の車にぶつかりませんように!そう祈ったのはとりあえずだ。だってある程度の怪我は覚悟していた。もうこの際、息子だけが無事ならそれでいいとさえ思っていた。

 焦った男は痛みを堪えてとにかくと国道からわき道へそれるために無理やり車線変更をして左折する。その間にもぐりぐりと左手を踏みつけてやった。興奮していて必死だった。だから車の酷い揺れにも酔いそうもなかった。

 道をそれたところで急ブレーキを踏んで、車は何とか停まる。ガクン!と全身に凄い衝撃がきたけど、今はそれに叫んでいる暇もない。側を通っていたらしいおばあさんが驚いて転びかけているのが視界の隅にうつっていた。

 ごめんね、おばあさん!だけど今は勘弁してください!私は心の中で平謝りして、現実は拳骨で右ストレートを野郎にくれていた。

 バキってい音がした。男は顔を両手で押さえて窓に寄りかかる。

「なんっ――――――何なんだお前は!!やめっ・・・」

「喧しい!あんた、人の滅多にない休日を、よくも―――――――」




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