3、5周年記念パーティー。@



 その夜も、スーパーでの買出しにビールをつけ、部屋で乾杯した。気分よく飲んで、テレビのバラエティ番組を見てげらげらと笑う。

 最初の仕返しが成功して、機嫌がよかった。

 アイツはお金の話を持ち出すと、急に懐柔策に出たわけだ。ってことは、やっぱり盗んだのはあの男だったのだ。

 自分の魅力に再び私が虜になれば全てうまくいくと踏んだんだろう。

 警察にはばれてないみたいだし、小川まりは普通の顔をしてやってきたから大丈夫だろうと。

 そして笑顔とキスで攻略しようとした。

 この女が俺にまた夢中になりさえすれば、余裕だって。

 ・・・・全く、バカにすんじゃねえっつーの!!!

 ビールの缶を握りつぶして台所のゴミ箱に向かって投げた。それは見事な螺旋を描いてちゃんとゴミ箱に着地する。

「ナイッシュー!!」

 一人でガッツポーズを作る。

 あの時の私は、とても、冷静だった。

 もしかしてドキドキするかもと思ったけど、あの美形が顔を近づけてもただじっと観察しただけだった。

 心底冷めているのを感じた。もう大丈夫だ、私は。これからアイツがどういう態度に出るかは知らないが、もうあの瞳によろめくことはないだろう。まああそこまでバカにしたんだから、アイツがまだ私に擦り寄るとは思わないけど。

 酔っ払った頭でそう考えて、くっくと笑った。ああ、いい気分。もう一本ビールも飲もうかな。


 来月は百貨店のオープン5周年記念のパーティーがあるらしい。従業員の食堂に集まって、フリードリンクとフリーフードでお祝いし、従業員一同の結束を固めるのだと小林部長が朝礼で言っていた。

 参加は自由だが、家庭を持つ主婦パートや当日休みの者、各メーカーのアルバイトなんかの参加は少ないらしく、盛り上がりに欠けるからとそれぞれの売り場から最低でも一名は参加しろとお達しがあった。

 そんなわけで、各メーカーは仕方なく店長が出席するらしいが、うちの売り場からは私も参加することを言ってある。

 貧乏人に、フリードリンクフリーフードは魅力的だ。どうせ出勤だし、楽しみにはしてないが、晩ご飯は当てにしている。一緒に行っていいですか、と店長に言うと、話し相手が出来たと喜んでくれた。


 6月になった。

 洋菓子売り場は暫く寒散としている。5月の連休と子供の日のプレゼントが終わり、6月の中旬に始まる中元ギフトの早割りが始まるまでの小休止だ。

 贈答品のお菓子が出なくなるので、売り上げは厳しいが販売員は店の整理が出来る。店側もこの時期を狙って社員旅行や研修をいれるようにしているみたいだった。

 その合間をぬって催される百貨店のパーティーは、当日の遅番が上がってからでも間に合うようにと時間が遅めに設定されていた。

 惣菜の余ったものなどを百貨店が買い取って出すらしく、デパ地下の惣菜をタダで食べれるけど、余らなければ焼きそばにまでご飯のランクは落ちるのよ、と店長が言っていた。

 嘘お・・・寿司か、焼きそばか、な訳?

 唖然とした私は、午後は客の入りが悪くなりますようにと不届きなお祈りをしていた。頼むぜ神様、貧乏な私にちゃんとしたご飯を頂戴。

 あれから斎は大した動きを見せないが、よく視線を感じるようになった。前は思いっきり無視だったのに、とちょっと鬱陶しく感じる。ヤツの視線に気付いた竹中さんが、また見てますよ、守口さん、と毎回教えてくれるのだ。

「前、ストックですれ違った時に私が機嫌悪くてにらみつけたのを根に持ってるのよ、多分」

 というと、そうなんですか〜と頷いていた。

「守口さんて、小川さんには挨拶しませんよね?」

 ぎょっとした。

「・・・よく見てるわね」

 竹中さんはケラケラと笑う。勿論売り場なので声は抑え目だ。

「いやあ、よく考えたら、そんなシーンみたことないなって。あんないい男なのに、小川さん何が気に入らないんですか?」

「・・・全部」

「え!?あの顔も?」

 配送の伝票をチェックしながらため息をついた。

「一度嫌いになると、あの綺麗な顔までもがムカついてしまって。そんなことない?」

 竹中さんは勢いよく頷いた。

「よく判ります!うちもダンナと喧嘩すると、私ってこの人の一体どこが好きなんだっけって・・・」

 話題が竹中家の大黒柱にうつったのでホッとした。

 斎の噂は出来るだけばら撒きたいが、アイツと一緒に噂になることだけは避けたい。そんなことになると、更に色々面倒くさいことが起きそうだ。

 あ、そうだ、と思って、まだ夫婦喧嘩の話を続けていた竹中さんを振り返る。

「ごめんね、話途中で。前に聞いたんだけど、守口さんて今小林部長の娘さんと付き合ってるんでしょう?」

 ゴシップ大好きで、しかも暇な竹中さんはすぐに食いついた。

「あ、聞きました?そうなんですよ〜、3階のレディースの、小林さん。去年の冬の歓送迎会で出会ったらしいですよ〜」

 ・・・・去年の冬の、歓送迎会。

 ――――って、畜生、あの男やっぱり浮気してたのか。

 10月くらいからクリスマス終わるまでほとんど会えなかった去年の冬を思い出した。

 その小林さんにひっついてたわけね。え?ちょっと待ってよ・・・・なら、無理して私を抱かなくてもよかったじゃん!・・・あんなに嫌だったの、我慢してたのに。

 その時ちゃんと「好きな人が出来たんだ」って私を振ってくれてたら、今頃こんなことには、と思ったらムカついてきて、ちらりと斜め前の店で働く斎に鋭い視線を向ける。

 竹中さんは目ざとくそれを見つけて、何で睨んでるんですか?と聞いてくる。

「・・・去年の冬は、まだ付き合ってた」

 種明かしをすると、あらまあ〜って手で口元を覆った。

「うわあ〜・・それって浮気ですよね?許せないー!あ、それで別れたとかですか?」

 少し考えて、またイメージを悪く出来ると思いついたから首を振った。

「ううん、別れたのは春先。性格の不一致で。でも今、影の理由を知ってしまったけど」

 まさか、ここに来る5日前に別れたとは言えない。

 亭主もちの竹中さんは、浮気が一番許せない〜って一人で怒っていた。よしよし、これでまたこの話が広がるな。心の中で私はほくそ笑む。

「だってその頃には皆知ってましたもん。部長の娘さんと守口さんのこと。店食でも仲良くお昼してたし!」

「・・・・まあ、終わったことだしいいんだけどね」

「よくないですー!守口さんて最低だー!」

 一緒になって怒り、同じように斎を睨みつけた竹中さんに気付いて、斎が私へ視線を送り、うんざりしたような顔をした。

 ざま〜あみろ。確実にアンタの敵は増えてるぞ〜。

「あ、今日会えますよ、小川さん」

「え、誰に?」

 竹中さんの声にハッとして振り返る。彼女はニヤニヤと笑いながら言った。

「小林部長の娘さん。守口さんも、店長だし参加しますもん」

 ぽん、と手の平をこぶしで叩いた。

 おおお〜!!本当だああああ!ペアで見れるんじゃない?彼女がどういう人をみて、次の作戦を考えないと。

 密かに興奮して喜んでいたら、お客さんが多くなりだした。

 ただでさえ少ない今日の売り上げを逃してはならない。

 斎のことを頭から追い出して、接客用の笑顔を浮かべた。声をかけ、商品の説明をする。

 お楽しみは今夜。

 それまでは、パーフェクトな販売員にならなくては。

 注文を頂き、熨斗体裁を聞き、包装して会計を済ませる。その一連の動作に集中した。



 早番だった私は6時半に売り場を上がり、福田店長との待ち合わせ時間まで、百貨店に引っ付いている商業施設をぶらぶらして過ごした。

 従業員のトイレよりも綺麗で使いやすいのでと、そこでトイレも済ませる。そして化粧を直し始めた。

 30歳になって、しみも皺も出てきたけれど、10代20代の時にあった張りのかわりにしっとりとした艶がある肌にパウダーをかぶせる。

 何事にも経験、とはよく言ったものだ。

 派遣が長かったせいで、というかお陰で、私は一通りのことが出来る女になっていた。



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