3−A



 パソコンだってどこの会社に行っても事務でなら困らないくらいには出来るし、受付嬢のお陰で接客や化粧の技術を身に付けた。声の出し方や、歩き方も。

 秘書検定ももっているし、電話の受け答えくらいであれば英語でも大丈夫。

 それに加えてこの仕事で、熨斗の常識や包装の技術まで手に入れたのだ。仕事には困らないように、研鑽をつまなくてはならない。独身の一人暮らし、いつでも仕事が見付かるように自分を鍛えておかねば。

 自分の魅せ方を教えてくれたのは本当にラッキーだったと思う。たいして綺麗でも可愛くもないが、人の目を惹くような顔立ちにすることだって出来るのだ。

 普段販売員でいる時には化粧も控えめで、清潔さが第一に求められるが、今晩はパーティーなのだ。多少派手なメイクでも問題あるまい。

 マスカラだけだった目元にアイラインをいれ、チークを一刷け塗る。それだけで、女の人はぐっと華やかになる。

「よし」

 出来栄えに満足して頷き、トイレを出た。

 待ち合わせの場所前にあるソファーに座って本を取り出す。ゆったりとした気持ちで読み出した。


 1時間後、お待たせ〜と明るい声をあげて福田店長が登場した。お疲れ様です、と挨拶すると、いやあねえ〜疲れてないわよ、今日は!とこれまた明るい返事が来て笑えた。

 外から回って、また販売員証明書をだして店員入口から入る。

 本日の売り上げやら面白かったお客さんやらの話をしながら一番上の食堂まで上がっていった。


 
 めいめいにグラスを持ち、百貨店の店長の挨拶があったあと、乾杯、そしてメンズの服飾から男性二人が司会を仰せつかって、ゲームを始めたりしていた。

 ざっとみて300人くらいの集まりだろうか。前回は人もまばらでしらけてたけど、今回は沢山きてるわね〜と店長が驚いていた。広い従業員食堂には溢れるほどの人。

「私達、いる?これなら強制参加させないで欲しかったわ」

 店長達がそんなことを言いながら苦笑している。確かにねえ、私も頷く。十分、人いるじゃん。

 それにこんなに人がいたんじゃ、斎と小林部長のお嬢さんがいても見つけられるか判らない。

 私は肩を落としてため息をついた。

 ま、とりあえずご飯食べようっと。

 ところが、フードコーナーには飢えた販売員が鈴なりで、どうにも食料をゲットできそうにない。

「ダメね。空くのを待ちましょうか。これだったら焼きそばになりそうな予感よ」

 福田店長が諦めた笑顔でそう言って、私はこれまたガッカリした。

 ・・・・・まーじで。食べ物すらもらえないんじゃ、参加した意味がないから。だけど諦めきれずにフードコーナーを遠目にじーっと見ていたら、側のドアが開いて地下の小林部長が自ら地下の余り惣菜をワゴンに乗せて入ってきた。

「お待たせ〜。ここからも取っていいぞ〜」

 何てこと!私ったら、ついてる〜!!

 それに群がった人に便乗して、私も適当に掴んだものを腕にのせていく。

 戦利品、手巻き寿司1パック、握り寿司3パック、串カツセット2パック、豚マン6個入り1箱、それと有名なサラダ屋のスパゲティーサラダ。

 ほくほくとテーブルに戻ると、洋菓子の店長3名の前に披露し、賞賛と拍手を頂いた。

「じゃあ、頂きましょうか!」
 
 私を含めた女性4人でビール片手に食べていく。食べ物と飲み物をちゃんと手に入れてからは、ゲームの進行で笑ったり、カラオケに文句をつけたりして、そこそこ楽しく過ごしていた。

「あ、守口さん」

 隣の店の店長の言葉に耳が反応する。ゆっくりと振り向くと、入口近くに並べられた自動販売機のそばで小林部長と談笑する斎を発見した。

 制服でない姿は久しぶりだ。相変わらず、格好のよい男だった。持っていたコップをテーブルに置いて、私は彼らをじっと見る。

「未来のお義父さんと話してるってわけね」

 誰かがそう言い、皆うんうんと頷いた。

「でも小川さんの話を聞くと、ちょっと考えるわね。自分の娘の話だったら、やめときなさいって言うかも」

 福田店長がそういい、微苦笑をさそっていた。・・・よしよし、確実によくないイメージは浸透しているのだなと、私は気を良くする。

「私お代わり貰ってきます。皆さんどうしますか?」

 3人の店長にそう聞くと、皆は首を振った。では、と自分の分だけを持って立ち上がる。

 横目で斎を見ながら、ビールのお代わりを注ぎにキッチンカウンターに近づくと、隣に立った背の高い男の人が、あーあ、と呟くのが聞こえた。

「・・・・飯、もうねーじゃん」

 ガッカリした声だった。低い声がするりと耳の中へ入ってくる。

 私はビールのお代わりを待っている間に、こっそりと彼を盗み見る。

 この人・・・知ってるなあ。どっかで見た。

 まだ制服から着替えておらず、黒いシャツの上に緑色の防水エプロンをしていた。

 その制服は百貨店の地下のマーケットで働く百貨店側の社員さんの制服だから、売り場も近いしよく目にするんだろう。

 黒髪で、肩までの長髪を後ろでくくっている。いい体格、腕まくりして壁にもたれるその外見は確かによく見る―――――――・・・

 あ、思い出した。

 鮮魚売り場の人だ。百貨店のスーパーであるマーケットの魚のコーナーで何回か見かけたな。

 高い背に、長髪が珍しくて目立つんだ、この人。地下の人間が必ず被らなければならない帽子がないから、すぐには判らなかったけど。

 ビールのお代わりを持って自分のテーブルに戻ると、3人いた店長の一人は帰ったらしく居なくなっていた。

 残っているご飯を見て思いつき、もう食べませんか?と二人に聞くと要らないと言われたので、腕に抱えてキッチンカウンターまで戻った。

 さっきの男の人はまだ壁にもたれて立ち、騒がしい室内を見渡していた。

「あの」

 声をかけると、くるりと体を反転させてこちらを見た。一重の瞳がピタっと私の顔の上で止まる。

「もう食べませんので、よかったらどうぞ」

 いぶかしげに見下ろしていた目が私が抱えた食料にうつり、嬉しそうに輝いた。あ、喜んでるわ。あはは、判りやすい。

 彼は指で私が抱えるものを指して、低い声で聞いた。

「えーっと、いいの?」

「はい」

「・・・じゃあ貰います。ありがとう」

 丸々残っていた串カツと豚マンと手巻き寿司を渡す。彼の言ったお礼に笑顔を返すと、自分のテーブルに戻るために人ごみを掻き分けて歩き出した。

 もうすぐでテーブルって時に、ばったりと斎と出くわした。

 お互いにビックリして止まってしまう。

「・・・あ・・・」

 斎の唇が何かいいたそうに動きかけた時、斎の隣に立っていた女性がヤツの袖を引っ張った。

「・・・守口さん?」

 はっとして斎の隣をみると、背の低い、可愛らしい女の人が見えた。

 ・・・・この人が、小林部長の娘さんね。心の中で呟いた。確かに、目元や額の形なんかが部長と似ている。

 あたしは微笑みを浮かべて斎に会釈をした。

「あら、斎。お疲れ様」

 彼女が目を丸くした。と同時に斎の目に苛立たしげな光が浮かんだ。

 敢えて下の名前で呼んだのだ。あとでじっくり彼女に言い訳すればいい。言って見れば仕事終わりのプライベートな時間ではあるんだし、こんなことで気を遣ってやらないっつーの。

「ご飯はちゃんと食べた?あなたよく食べるんだから、しっかり確保しないとね」

 わざと慣れ慣れしい口をきく。ますます不機嫌になる斎を見て笑い出しそうになった。隣の彼女は居心地が悪そうだ。

 よしよし、これくらいでいいわ。何も言わずに突っ立つ斎を見て私は大いに満足する。

 もう一度斎に微笑んでから彼女は無視し、するりと逃げ出した。

 自分のテーブルに戻ると福田店長はすっかり酔っ払っていたので、もう帰りましょうか、と声をかける。

 アイツとその標的を確認する、という目的は達成したし(ついでに威嚇までしたし)、タダでお腹いっぱいにご飯も食べた。もうここに居る必要はないのだ。

 はあーい、と笑いながら立つ店長を支える。

「明日朝番ですよ、大丈夫ですかー?」

「だあいじょうぶよおお〜、もう20年もやってるんだからあ〜」

「帰ったらお水一杯飲んでくださいね!」

「はいは〜い」

 ケラケラと機嫌よく笑う店長と駅で別れて、私は足取りも軽く電車に乗った。


 首尾、上々。




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