3、鉢植右から3番目の宝物。@

 8月が終わろうとしていた。

 何となく、空は高くなり、朝晩の風が涼しくなってきた。

 その風を顔に受けながら、食材の買出しに来ていた。ヤツも一緒にだ。

 実家から戻ったその日の晩、結局なんだかんだと言っても私はこの面倒臭がり屋を気に入っているんだな、と再認識してしまったのだった。

 私の不在を何とも思ってなかったようなのにはガッカリしたけど、指輪に気付き、どうするのかと聞かれたこと。そして初めて名前を呼ばれたこと。

 そのどっちもが、ふんわりと、じわじわと嬉しかったのだ。

 その感情を素直に受け入れようと決めた。

 それからは敢えて同居人だとは思わずに、結婚相手として振舞おうと一大決心したのだった。

 本当に一大決心。もうヤツからなんて待たない。気が遠くなりそうだ、ヤツから何かしてもらおうと思ったら。

 だから食材も仕事帰りにちょこちょこ買うのでなく、休日に一緒に買出しにいくことにしたのだ。そしたら相手の好みも判るかもって。会話も増えるかもって。

 休日は今まで別々に気ままに過ごしてきたけど、やつも私も大して趣味があるわけでもなく、ダラダラのんびりと家で過ごしていたのだから、買い物について来てと言ったって、面倒臭い以外の断りはないだろうと踏んだのだ。

 そして意外なことに、ヤツは面倒臭いとは言わなかった。ただ、うん、と頷いて後ろをだらだらと着いてきたのだ。

 私は嬉しくて、色々買い込んでしまった。

 先週はそうして舞い上がったけど、今週はもう一段階進みだいぞ、と企んでいた。

 ありがとうございましたーの声を背中に聞きながら、一緒に並んでスーパーから出る。

 ヤツは右手で袋を持って、左手はカーゴパンツのポケットに突っ込んで歩く。

 だから私は左手に袋を持って、ヤツの左側に回った。

 前を歩くヤツの横に並んで歩調を合わせ、がしっとヤツの左手首を掴んだ。

「―――――ん?」

 高い場所から私を見下ろして、表情で何?と問いかける。

 私はにーっこりと企んだ笑顔を返し、掴んだ手首を引っ張ってポケットからヤツの左手を引っ張り出した。

 そして手を繋ぐ。

 もう無理やりだ。ぐいぐいと指を突っ込んで、私のより大きくて骨ばった手の平に潜り込んだ。

 どんな反応をするかなと思って見ていたけど、ヤツはちらりと繋いだ手を見ただけでまた前を向いて歩いていた。

 嬉しそうとか照れてる感じもなかったが、嫌そうでもなかった。いつもの淡々とした表情だった。

 それにホッと緊張を解いて、私は見上げて言う。

「・・・嫌だったら外すけど?」

 ヤツは前を見たままでぼそっと言った。

「・・・別に。でも、熱いな」

 うふふと笑う。そりゃあね、夏だからねえ〜って。しばらくそのままで歩いたけど、本気で熱くて手のひらが汗で気持ち悪く、結局こっちから手を離す。

「・・・あー、熱かった・・・」

 小さな声で言うと、苦笑していた。

「変な人」

「うるさい」

「そもそも何で繋いだの」

「お黙り」

 部屋に帰るまで小さくて下らない言い合いをしていた。


 ちょっとずつでいいから。

 胸の中で呟く。

 もう、子供だとか焦らないから。

 だって、どうしようもないことなのだ。自力だけではどうしようもない。そして、それ以上に、今をちゃんと生きないと、それこそご先祖様に申し訳ないと思えるくらいには立ち直った・・・いや、開き直っていた。

 二人でいいから。

 下らない話が出来て、一緒にご飯が食べれて、それでいいから。

 ちょっとずつ、仲良くなっていきたい。

 この人と。


 怒るときは私だけで、暴れたりパニくるのも私だけ。でも、そのいつでも淡々として変化なく自己を保っていられるのが、今では絶大なる安心感へと変わって行っている。

 押しても引いても蹴っ飛ばしてもどついても、倒れそうにない。ゆるゆると流れる青い水のように、他のものに自らの形をあわせて流れていきながら、俺は俺だ、という真っ直ぐな柱のようなものを体の中心に持っている男だった。

 それは、素晴らしいことだと思った。

 わたわたと慌て、他のものと比べては落ち込んだりする私には、羨ましいぶれなささだった。見事な、自己完成度。

 私達二人はもう何か、老夫婦みたいだけどと一人で苦笑する。

 だけど、ヤツも私のことは嫌いじゃないみたいだし、これはこれでいっか。

 そんな風に吹っ切れていた。

 だから私は毎日を楽しんでいた。

 ヤツの実家へ行っての嫁の仕事だって慣れてきたし、ようやく友達にも結婚したんだよって触れ回り始めた。

 たまに寂しい薬指には母の指輪を嵌めて隙間を埋めてもらう必要があったけど。

 でも、いいや。

 十分、私は幸せだって、思っていた。

 だから気付かなかった。あまりにも毎日はするすると流れていて、それは突然の変化みたいに思えたのだ。

 9月に入ったある日。

「――――――おお・・・?」

 私はバタバタと部屋中を駆け回る。そして鞄を全部ひっくり返して、洗濯物を掘り起こしていた。

 ・・・ない。ないっす、鍵が。

 うんざりして自分で散らかした周囲を見回す。あっれー?どうしてよ。昨日仕事から帰ってきたときはあったんだから、絶対この家の中にあるはずなのに。

 いつも鍵を置く場所を丁寧に再度見回す。・・・ないな。

「おっかしいなあ・・・」

 銀行と市役所と郵便局とに用事があって、もう一度に済ませようとパートが休みの今日を待っていたのだ。

 なのに、鍵がない。

 結局前失くした鍵も見つからなくて、やつに頭を下げて鍵を貸してもらい、スペアを二つ作って私の分と鉢植の下に隠す分とに分けたんだった。

 くっそ〜・・・出る気なくす・・・このアクシデント。

  絶対家にあるんだと判っているんだから見つかるだろうと簡単に思っていたのに、ちっとも見つからずにイライラする。

「・・・あー、もう!」

 決めた。私は立ち上がる。

 鉢植のスペアキーを今日またコピーして、この紛失はヤツにばれないようにしよう。そのうちまたひょっこりと出てくるだろう。失くしものなんてそんなもんだし。

 玄関から外へ出るとキラキラとお日様の光。つい笑顔になって、育てている鉢植達を見回した。

 今日も皆元気に育ってるわ〜。来年は夕顔とかもいいかも・・・。今度はベランダに、緑のカーテンを夕顔で作るとか・・・。いやいや、それだったらゴーヤの方がいいかも。

 考えながら、目的のサルビアを愛でる。赤い花びら、その中には甘い蜜がある。綺麗、これは長い間咲いてくれるから、本当に玄関前が華やぐわ〜。

 うふふと笑いながら、その中段の棚、右から3番目のサルビアの鉢植を持ち上げる。

 ここに、スペアキーが――――――――・・・

 と、思ったら、鍵の下には小さなカードが置いてあった。

「・・・ん?」

 なんだこれ。手のひらにすっぽり入ってしまうほどの小さなカードはそれなりに長い間置いてあったのか、少し汚れていた。

 頭に盛大にクエスチョンマークを打ち上げながらとにかくと鍵とそれを取って鉢植を戻し、そのままでくるりとカードを裏向ける。

 そこには文字が。

『本棚一番上の右端の本』

 ――――――――――は?

 ぱちくりと目を瞬く。

 えーっと、何でしょうか、これは。どうしてこんなのがここにあるの。ってか、ここには私とヤツしか住んでないんだから、これは当然ヤツの仕業よね。

 何何?と思いながらも、ちょっとわくわくしながら家に飛び込んだ。

 おお〜、なんだろ、面倒臭がりのヤツが、私の知らない間に何をしたんだ!一人でごそごそと何かしている姿を想像してちょっと笑ってしまった。

 さくさくと居間の大きな本棚(ヤツ所有)に近づいて、一番上右端の本を背伸びで取る。

 推理小説のようだった。ふーん?と思って、推理小説にさほど興味のない私はそれをパラパラとめくる。

 するとまた小さなカードがひらりと落ちた。

 ひっくり返すと同じ文字。

『ダイニングテーブルの裏』

 あはははは、何よ、おもしろーい。一人でケタケタ笑いながら今度はテーブルに飛んでいく。

 毎日使っているこのテーブルにも何と秘密があったのか!

 膝を床について覗き込むと、おお、確かにカードが貼り付けられているぞ!

「一体どんな趣味よ・・・実は凝り性??」

 呟きながらぺりっとはがしてすぐに裏を読んだ。

『俺の部屋の箪笥一番上の右の引き出し』

 ―――――・・・俺の部屋。

 振り返って、ヤツが不在で閉まっているドアを見詰めた。

 えーっと・・・入っていいのかしら。ってか、書いてあるんだから、入っていいのよね、多分。

 緊張して、主は居ないのに一応ノックする。

 洗濯物を畳んでもそれは居間に置いておくから、私がやつの部屋に入ることなんてない。あの箪笥を買う時にサイズを測るために入った時以来だ。

 まあそれを言うなら、やつだって私の部屋に入ったのは不審者に侵入されそうになったあの時だけだけど。

「・・・お邪魔、しまーす」

 ドアを開けて、カーテンが閉めてあるから昼間なのに薄暗い部屋に入る。

 私が注文した箪笥しかなかったから、指定されている箪笥とはこれのことなんだろうな。

 一番上の段は、確かに小さな二つの引き出しがついていた。

 その右を、ドキドキしながらそろりと開ける。

 覗きこんだ。


「――――――――」

 そこには、ここまで誘導してきた3枚と同じ小さくて白いカードと、失くしたと必死に探していた私の鍵、クリスタルみたいな形にカットされた透明な箱。

 そして、その中には一つの指輪が納まっていた。

 透明で複雑にカットされた箱の中で光る指輪をじっと見詰める。

 ・・・・まさか。

 ゆっくりと指を下ろして、先にカードを取り出す。

 細かく震える指でひっくり返した。


『 妻へ  鍵はもうなくさないように。』




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