3、「反応が見たかっただけ」@


 睡眠の質は最上級だった。

 目が覚めたとき、ハッキリと意識が覚醒し、頭も澄み切っていた。今すぐベッドの上で飛び跳ねられるほどの元気を体に感じていた。

 隣に顔を向けると静かな寝息をたてる滝本が居た。

 あたしはそろりと体を起こし、二人で寝るには窮屈なベッドから抜け出した。

 うー・・・と微かに唸って滝本が寝返りをうつのをじっくりと眺める。

 眼鏡を外した寝顔は確かに記憶の中の少年の面影を残していた。

 当時のあたしは小学2年生。彼は中学生だったと親父が言っていた。自信がないんだと小さく笑って、あたしにバカにされていた男の子がこんな大人に。

 それにしても、と自分の体を眺める。

 ・・・凄い体験をしてしまった。

 あたし、足ついてるよね、ちゃんと。思わず両足を確かめる。あれだけぐでんぐでんにとろけるなんておかしいでしょ。あれが、感じるってことなんだあ〜・・・。

 へーえ。

 『体の相性がいいから不倫が止められないんです』という何だかなあ!って相談が雑誌に投稿されてるのを読んだことがあったけど、今なら頷ける。

 確かに、たとえその人、その人格に愛情を感じないとしても、抱かれれば確実に天国に連れて行ってくれるのなら、止められないかもしれないなあ・・・。

 今だってシーツの上に投げ出されている滝本の手を見ただけで体が反応してうずきだしている。

 この手が昨日、あたしにあーんな事や、こーんな事を・・・。ううーん。知ってしまったぜ、人体の神秘・・・。

 全裸で寝ていたので、とりあえず下着とタンクトップだけは着て、失礼しますと呟いてから冷蔵庫を物色した。

 喉が渇いて干からびそうだ。

 お茶を出して飲みながら、整理された冷蔵庫の中に感動を覚えた。きっと賞味期限切れのものなんてないんだろうなあ〜。性格出るよね、こういうとこって。つい我が家の冷蔵庫と比べてしまう。

 きっちり自活してる男なんだろう。

 ついでに洗面所で顔と手を洗って居間に戻ったところでケータイの着信音に気付いた。

 時間を確かめると午前8時過ぎ。この着信音はあたしのではない、ってことは滝本のなのだろう。

 取りあえず持ち主に持っていくべきだよね、と一人で頷いてケータイを探す。

 パッとみて見当たらなかったから、椅子の下やら新聞紙の下やら台所やらを探すけど見つからない。

 だけど音も鳴り止まない。

 あたしは若干イライラして物をひっくり返していった。

 くそう、整理のいいはずの男がケータイだけ適当に放り出してるのは何で?

 バタバタと部屋の中を探し回る。

 ソファーの後ろに投げ捨てられた昨日の滝本のジャケットを発見し、そのポケットからケータイを取り出したところでしつこくなり続けていた着信音も止んでしまった。

「・・・あらま」

 仕方ないよね、と呟きながら何気なく手の平にある銀色の薄っぺらいケータイを眺める。

 この無機質な感じが持ち主らしいわ、と思って開けたりひっくり返したりしていると、また着信音が鳴り出した。

「うわあ!」

 驚いて、つい押してしまったボタンが通話ボタンだと気付いたのは、受話口から流れてきた男性の声のせい。

 ―――――・・・ありゃあ、しまった・・・。

 他人のケータイを勝手に開けただけでなく、出てしまうなんて、マズイよね。

 でももう相手は喋ってるようだし、取りあえず謝って彼に取り次ごう。

 あたしは耳にケータイを押し当てながら寝室へと走る。

『おい、何で黙ってんだよ!』

 イラついた低い声の後、舌打ちまで聞こえてぎょっとした。

「・・・あのー・・済みません、滝本は今――――」

 あたしが喋りだすと同時に相手の罵声が止んだ。

「えーっと、もしもし?」

 寝室のドアを開けて中に入る。滝本はまだ眠っている。

『・・・これは、滝本英男の電話であってる?』

 相手の低い声が、激しさを消してゆっくりと聞いた。

 ヒデオ?ほお、滝本の下の名前はそういうのか、と思いながらあたしは答える。

「はい、あってます。あたしが驚いて思わず出てしまって。ええと、本人はまだ寝てまして、今――――――」

 代わります、と言おうとしたら、遮られた。

『寝てる?ヤツが寝ているところに、君がいる?』

「え?あ、はい」

『・・・そこは、英男の家?』

 何なのだ、この男は。ヤツに用じゃないのか?代わらなくてもいいのか?

 あたしは首を傾げる。まあ変な男の友達なら、きっとこの男も変なのだろう。仕事関係とかではなさげだし。これが、類は友を呼ぶってやつか。

「・・・そうです。あの、彼を起こしますので―――――」

『ちょっと待って』

 ・・・・何でよ。でもあたしは言われたとおりに動きを止めた。

 電話の相手は暫く考えていたようだけど、やがて何かを企んだらしい弾んだ声であたしに言った。

『寝ている英男の耳元に携帯を持っていってくれないか?やつを起こそう』

 あたしは一度ケータイを離してみてしまった。・・・・これは、もしや。

「・・・耳元で叫んだりしません?」

 相手ははははと笑って、そんなことしないから、と言う。

 全然信用ならないぞ、この人。

「・・・しますよね、きっと」

『あれ、そこは信じて欲しいな〜。アイツが女性を部屋に入れてるなんて生意気だから、ちょっと遊ぶだけだよ」

 軽い。低い声と似合わない軽いキャラにちょっと面食らった。相手は構わず早く早くとせかす。

 滝本が可哀想だとはちらっと思ったけど、その時の彼が見てみたいという誘惑に負けた。

 あたしは判りましたとだけいい、眠る滝本の耳元にケータイを持っていく。一応沸きつつある情を考慮して、耳にぴったりひっつけたりはしなかった。

 ドキドキして待っていると、しばらくして絶叫がケータイから溢れ出した。

『滝本英男ーっ!!!起きろー!!!』

 パッと目を開いて跳ねる様に飛び起きた滝本が、耳元のケータイをあたしの手ごと叩き落した。寝起きとは思えないスピードだった。

 あたしは床の上に座り込んで固まっていた。

 彼は素早く部屋とあたしを見て、その後吹っ飛んで落ちた自分のケータイに視線をやる。

 状況を把握したらしい彼は一気に不機嫌な表情になって、眉間に皺をよせてケータイを拾い上げた。

 その頃には電話相手は大爆笑中で、電話を持ったまま笑い転げているらしく、床に落ちたケータイから笑い声がわんわん響いていた。

 滝本は耳には近づけず口元だけをケータイに寄せて、おっそろしく不機嫌な低い声で言った。

「・・・うるせえんだよ彰人。バカ笑いを止めろ。殺すぞ」

 あたしは正直びびった。その迫力に。本気で殺意を持ったのかと思ったくらい。

 だけどケータイからはまだ笑い声が響いていて、恐らくこれが普段からの彼らの付き合いなんだろうと理解した。

 一向に笑い止まない相手に舌打ちをした滝本は、電話を切った上に電源まで落としてケータイを足元に投げ捨てた。

 あたしはそれを床に座り込んで眺めていて、ニヤニヤしないように気をつけながら彼に聞いた。

「・・・殺すの?あの人」

 無理やり起こされた滝本は唸りながら欠伸をして、ちらりとあたしを見た。

「――――――あいつはバカだ。バカは死んでも治らん。だから、そんな面倒臭いことはしない」

 ・・・そうですか。あたしは肩をすくめる。

 さっきの電話相手の人、あたしが彼の部屋にいることに驚いているようだった。生意気だとか言ってたな。珍しいことなのかな、女の人が彼の部屋にいるのは。

 きっと仲が良い友達かなんかなんだろうな、と思っていると、滝本は、それにしても・・・と小さな声で言った。

「・・・何て起こし方だ。女の子と眠りについて、何で野郎の鬱陶しい声で起きなきゃなんねーんだよ・・・」

 手で瞼を揉みながら唸っている。

 あの絶叫ではきっと耳も痛かっただろう。・・・確かに、可哀想だ。

 あたしは何だかよく判らないままで甘い気持ちになり、ベッドの上に座る滝本を手で押して柔らかく押し倒した。

「・・・ん?」

「やり直し」

 そして優しく柔らかく唇を重ねた。何回か短いキスを繰り返し、小さな声で節をつけて歌う。

「・・・あ、さ、だ、よん」

 滝本は目をうっすらと開けてにっこり笑った。あの、印象が劇的に変わる無邪気な笑顔だった。

「―――――さっきとは比べ物にならねえな」

 告白すると、少し見惚れてしまったあたしだった。

 だから照れ臭いのを隠す為に、そのまま身を起こして残りの服を着ようとベッドを降りた。

「さっきの人、友達?」

 服を着ながらあたしが言うと、寝転んだ状態で滝本が返した。

「そんな上等なものじゃない。・・・前に言ってた、一緒に会社を作った相方だ」

 ・・・それって友達よりも下なのかしら。あたしは首を捻る。

「あの個性的なメンバーを選んだって人?」

「そう。色んな意味でこの仕事に向いていたけど、それが災いしたというか、悪い方に影響したから辞めたんだ」

 ふーん。具体的にはよく判らないけど、その人が辞めたことがかなり大きかったんだということは判った。

 ちらりと滝本を見る。

 この男も、寂しいとか思ったのかな。

 あたしはズボンに足を突っ込みながら、滝本を振り返って言った。

「そうだ、あたし、本当にビックリした。あなためちゃくちゃ上手いんだね。女を抱くのに慣れてるの?」

 滝本は少し黙ったあと、手を目の上に置きながら言う。

「・・・最近抱かれた年下の男と比べてるのか?」

 ん?とあたしは考えた。そして、ああ、と苦笑する。

「昨日、そんなこと言ったっけ。あれは嘘よ」

 腕を顔から外して、驚いた顔で起き上がった。

「――――――嘘?」

「そう。もう4、5年こんなことしてない。しかも、気を失うほどに感じたのなんてこれが初めて」

 彼はシーツの下であぐらをかいて座った。

「・・・なんだって、そんな嘘・・・」

 あたしは振り返ってにやりと笑う。

「反応が見たかっただけ」

 ううーっと唸って滝本が壁に頭を打ち付けた。ごん、と結構な音がして、あたしはびっくりする。




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