2、「思い出したのよ、あんたのこと」@



 部屋に戻り、呼吸を落ち着けて、おもむろに電話を取って番号を押した。

 耳の中で呼び出し音が鳴り響く。コレクトコールにしたから出ないかも、と一瞬考えたけど、コール10回目で通話モードに変わった。

『・・・ya?』

「や、じゃねーよ、親父。アシは洗ったんじゃなかったの?」

 あたしは前置きも挨拶もなしでいきなり喋った。

 6年ぶりの声でもこれが自分の父親だと判った。

『――――――薫か?』

「あんたの娘は確かあたしだけだったはずでしょ。生きてたんだね」

 電話の向こうで親父が笑った。

『相変わらずだな、そういうとこが、母さんにそっくりだ。・・・何か用なんだろ?』

 あたしはため息をついた。

 こっちもこっちだけど、もうちょっと、近況を聞くとか何かあってもよさそうなものだろう。この世でたった一人の肉親の割には淡白な電話だ。

「・・・・今、滝本と言う名前の男とつながりがあるの。30代だと思う。眼鏡、長身、何考えているか判らない顔。あっちが親父のことを知っていた。何か知ってる?」

 電話の向こうがしばらく沈黙した。

『・・・滝本?30代って言ったな・・・。滝本の甥っ子か?』

「何?」

『お前、覚えてないか。何回か、うちで会合をしただろう。その時にきていた何でも屋の滝本』

 ・・・・・会合?

 あたしは頭の中を探る。

 確かに、あたしが小さいときから不定期で親父が会合と呼ぶ男ばかりの集まりが我が家ではあった。

 あたしはまだ小さくてスリにもなっておらず、いつも追い払われてその部屋には入れて貰えなかったんだった。

 会合に来ていた。滝本・・・?

「・・・会合っていうのがあったのは覚えているけど、その名前に記憶がない」

『ヒゲ面、長身――――――そうだ、ヤツは手品が得意だったな。お前、何回か遊んでもらったぞ』

 ヒゲ面で長身に手品が得意。

 そのキーワードは絶大なる威力を持っていた。あたしはすぐに思い出した。笑顔で、いつもあたしに魔法をみせてくれたおじさんだ!

「あー、はいはい、思い出した」

 あたしの言葉に、親父が続ける。

『何でも屋の滝本だ。あいつが何回か、甥っ子を連れてきていた。詐欺師の仕込みをしたいと。そいつじゃないのか、お前が言ってるのは?中学生で、小太りの、男の子。覚えてないか?』

 頭の中でフラッシュがたかれたようだった。

 ――――――――おおおおおお〜!!!

 あたしはつい椅子から立ち上がる。

 思い出した!居た居たそんな男の子!!あたし以外の子供は彼だけで、あたしはその子とずっと話していたんだった。

「居た居た!そう言えば、居たねえ!」

 そうだ確かに。

 でもその時の記憶を掘り起こしたってあの滝本に行き着くはずなんかないではないか!だってその男の子は、思春期真っ只中のニキビ面だったし、小太りだったし、しかもそんなに身長も高くなく、眼鏡もかけていなかった。そして徹底的に違うのが――――――・・・

「・・・いやあ、人間て変わるんだねえ、親父。あの男の子おどおどしてなかった?あたし散々からかって遊んだよ、確か。今の滝本って男は身長だって180センチは越えてるだろうし、なにより態度も口も悪いし怪しさ満開なのよ!」

 あたしは興奮してべらべら喋った。

『・・・そりゃ滝本の甥っ子ならもう34とか35とかだろ?男子は背や体格が変わるのは高校生の頃だろうし、眼鏡だって視力の良し悪し関係ないかもしれん。違って見えて当たり前だ。そいつの職業は何だ?まさか詐欺師か?』

 ・・・まあ、詐欺師みたいなものだろうけど、と思いながら違うと答えた。

「調査会社ってのやってる。そこの社長」

『詐欺師はやめたのか。まあ、叔父よりは頭は良さそうだったな。何でそんなのと付き合ってるんだ?』

 仕方ないのと、久しぶりに父親と話しているという興奮も手伝って、あたしは今までの経緯を話した。

 電話代はかかるけど、どうせ親父持ちだ。あっちでもスリをしてるならあたしよりは金持ちだろう。

 全部話すまで口も挟まずに聞いていて、あたしが言葉を切ってから親父が呟いた。

『未熟者め。調子にのるからそんなことになるんだ』

 あたしはムッとした。

「判ってるわよそんなこと。とりあえずは警察にも捕まってないんだから、よしとすべきでしょ」

 すると親父は何やら呟いて口の中で笑い、あっさりと爆弾を落とした。

『そいつが俺が思うような男なら、お前の部屋は盗聴されてるぞ』

「―――――え!?」

 衝撃で一気にアルコールが飛んだ。

『もしかしたらカメラもあるかもな。お前はそいつの監視下に置かれたと思ったほうがいい』

「・・・まじで?」

『お前が倒れている間に仕掛けるのは簡単だし、当然だ。やつにとってお前は爆弾にもなりうる存在のはず。だから言ってるんだ、この未熟者め』

 ずどーん、と音がして、あたしは凹んだ。たまーに話した父親に叱られたことよりもその中身に気を失うかと思った。

 電話を耳に押し付けたままあたしは部屋を見回す。

 どうしてそれに気付かなかったんだろう。

「・・・畜生。でもあたしの声だけだよね、拾えてて」

 声を小さくして聞くと、親父は多分なと答えた。

『自分で何とかしろ。相手をなめていたら今度は怪我だけじゃ済まねーぞ』

「うるさい、あたしと日本を捨てたくそ親父のくせに」

『親の義務は義務教育までなんだよ、ハニー』

 何がハニーだ、気持ち悪い!あたしはムカついて乱暴に電話を切った。

 そして電話をベッドに投げ捨てて家捜しを開始する。

 あたしは一人暮らしの身で、家の中では当たり前だが独り言くらいで会話はない。

 それにフリーのスリだから、入っている組織や団体との会話や打ち合わせなんてのもない。

 それが判ってて盗聴器を仕掛けるなら、どこだ?

 まずは電話がある居間だよね。そして台所・・・。2LDKのマンションを玄関から探していく。順番に見て行って、4時間後には合計3つの盗聴器を発見した。

 そして玄関と居間にカメラも。

 あたしはそれらをまとめて袋に入れて、台所のシンクでハンマーで叩き壊した。


 まだあるのかもしれないが、あいつはあたしが気付くとは思ってないはずだ。実際あたしはあまりにも裏の世界からは遠くで生きて来たフリーの犯罪者だ。だからまさかこんなことが起こるとは思ってもなかった。

 だから、あるとすればこんなものだろう。これ以上をあたしに費やす理由もないだろうし。

 親父と電話が出来てなければ、いや、それも事の成り行きをあたしが話さなければ、ずっと知らないままであたしの生活は覗き見されていたんだろう。

 ・・・・ちーっくしょおおおおお〜!!!

 倒れてからスリをしてなくて助かった。

 居間にある隠し金庫を開けることもなかったから、それはばれてない。その間犯罪は犯してないから、あたしを強請る為の証拠は手に入らなかったはず。

 粉々になった機材を確かめて、あたしはため息をついた。

 ・・・さて。どうしようかな。

 ムカつくよりもガッカリしている自分に気付いていた。

 看病されて、久しぶりに人の優しさに触れたと思っていた。感謝していた。それに見てみたかった滝本の目を見れたのもある。

 人間らしい滝本を見て興奮したのだ。制御はされてはいたが、あたしを欲しがるあの瞳を見て。

 あたしは、ドキドキしたのだ。

 頭に手を突っ込んでガシガシと掻き毟った。

 くそう、あのドキドキを返せ。自分が本当のバカに思えてきた。

 うー・・・。

 その後接触がなかったわけはこれなのね。あたしを監視できてたからなのね。

 時計は夜の8時だった。

 あたしは決めた。

 殴りこみだ。




[ 19/27 ]


[目次へ]

[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -