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「はい。6年前から海外に住むって出て行って、音信不通だったんです」

 岡崎さんと守君が揃って目を丸くした。・・・そりゃあ変に思うよな。

 洗い物をしながら守君が言った。

「そういえば、21歳から一人暮らしだって言ってましたね、薫さん」

「そうだよー」

「そりゃあ大変だったんだろうね」

 岡崎さんが言うのに、いえいえと首を振った。

「全然。一人の方が気楽でいいです。今回は、ちょっと聞きたいことがあって仕方なく探したんです、父を」

 そこを突っ込んで聞かないほどには大人な岡崎さんだったけど、瞳は好奇心でキラキラしていた。

 あー、美味しい。と言いながらあたしはガツガツ食べた。

 人のご飯って美味しい。感動。もう3食5日間も自分のご飯を一人で食べていて、味気なかった〜。

 綺麗に皿を空にしたあたしを見て、お腹空いてたんだね、と岡崎さんが笑った。

 守君がゴミ捨ててきますと後ろの部屋に引っ込んだのをみて、岡崎さんが薫ちゃんと呼ぶ。

「・・・まだ、何か隠してるでしょう。守君の挙動不審がおさまってないんだ」

 あたしは口の端をあげて笑った。うくくく〜、楽しい。

「そうですか?」

「見て判ってるんでしょ?」

 言い合いをしていたら、本人が戻ってきた。

「守君、そろそろ教えてくれ」

 岡崎さんがヒョイと話を振って、守君は一瞬無表情で止まった。

「・・・何をですか?」

「この前から薫ちゃんを見ると固まるのは何で?」

「へ!?」

 ・・・おお、本当だ、また固まった。

「薫ちゃんと晩ご飯食べに行ったのは聞いたんだよ。でもそれにしたって挙動不審すぎないか?薫ちゃんはいたってフツーだから、余計君の行動が浮くんだよ」

 岡崎さんとあたしを交互に見て少しずつ後ろに下がる守君の腕を掴んで、岡崎さんが追い詰めていく。

 あたしはそれをお代わりをしたビールの肴にして見ていた。

「・・・いえ・・・あの・・・別に・・・」

 どうする、守君。と思って見ていたら、意を決したらしい彼はキッとあたしを見て、すみません店長、と声を出した。

「ちょっと外に出ます!薫さん、来てください」

「え?」

「へ?」

 声を上げた岡崎さんとあたしを無視して、がっちりとあたしの手首をとり、守君は外に向かって歩き出した。

「おいおいおーい、守〜!お客様だよ」

 岡崎さんの声は背中で閉まったドアにかき消された。

 店の前で、決心した顔の守君が振り返る。

「薫さん!」

「はい」

「教えて下さい!」

「何を?」

 そこで一瞬ぐっと詰まったけど、守君は言葉を続けた。

「あの・・・あの晩、オレ何かしましたか!?」

 ・・・・・うん。膝枕をちょっとね。

 あたしは無言で彼を見詰める。・・・・やっぱりそこだったのね、学生君の悩み所は。

 またまた笑いがこみ上げてくる。だけどそれを我慢して飲み込み、あたしは言った。

「ここでは言えないことを」

「――――ええ!?」

 真っ青な守君。夏の太陽のせいだけでない汗をかいていた。

「起きた時、どんな格好だった?」

「・・・・裸でした」

「判るでしょ?」

「ええええー!???」

「覚えてない?」

「おっ・・・覚えて、ない、です・・・」

 守君は大パニックだった。片手で口元を押さえて言葉を失っている。目を見開いて、今度は真っ赤になっていた。

 ・・・・無理。限界。

 あたしは大爆笑した。

「・・・へ?薫さん?」

 ぎゃははははとお腹を抱えて笑うあたしを見下ろしてまた凝固する守君。

 きっと店の中では岡崎さんがやきもきしていることだろう。

 げらげらと笑うあたしを見て、やっと守君も判って来たみたいだった。

「・・・あれ?薫さん、もしかして、嘘ですか?」

「あはははははは!」

「―――――薫さーん、馬鹿笑いしてないで、ちゃんと話してください」

 今では腰に手をあてて、守君は仁王立ちになっていた。

「ごめんごめん・・・待ってまって・・」

 ごほごほとオマケに咳き込んで、あたしは手を振った。

 あー、笑いすぎてさっき飲んだビールが出てくるかと思ったぜ。危ない、そりゃ汚いわ、あたし。

 はあー、と息をついて。守君を見上げた。

「ごめんね、つい面白くて。大丈夫、何にもなかったよ」

「・・・」

「君はトイレから出てきたあと、暑い暑いって自分で服を脱いで、そのまま寝てしまったの。だから床の上で。ベッドはあたしが使わせてもらっちゃった、ありがとう」

 頭を下げると、ほお〜っと大きなため息が聞こえた。

「・・・ああ・・・ビックリした」

「いやあ、あんまりにも面白くて。つい」

「・・・薫さん、人が悪いです」

「あたしは性格を褒められたことないのよ、自慢にはならないけど」

 さて、と言って店内に戻り、腕を組んで待っていたらしい岡崎さんに全部を説明した。

 あたしとほとんど同じような反応をしてイケメン店長は大爆笑し、守君はまた真っ赤になったり真っ青になったりして突っ立っていた。

「何かあったならさすがにどっか記憶に残ってるだろ、そりゃ」

 岡崎さんがまだ笑いながら守君の肩を叩いた。

 あたしもビールを飲み干して言う。

「そうそう、ゴミ箱の中を覗いてみたら判るとか」

 岡崎さんが素晴らしく色気を出した笑顔で続けた。

「ティッシュの場所が変わってるとか」

「唇が腫れてるとか」

「体に見たことない痣があるとか」

 二人で言い続けていたら、ここで守君が爆発した。

「もういいです!!十分ですから!」

 岡崎さんと二人でわはははと笑っていたら、めちゃくちゃ情けない顔で肩を落としながら守君が言った。

「・・・・・店長、朱里さんと由美さんにはナイショにしてください」

「何でだよ、こんな面白いこと。君だって俺に彼氏がいるの話しちゃったんだろ、これでお相子」

 ぐっと詰まって守君は凹んだ顔のままテーブルを拭いていた。

 あたしはビールを飲み干し、ご馳走様でした、と席を立った。

「あれ、お帰りですか、薫ちゃん」

 まだニヤニヤが取れない岡崎さんに、頷いて手を振った。

「病み上がりなんです。久しぶりにビールも飲んだし、若干酔っ払ってますので、帰って寝ます」

 気をつけてね〜と送り出され、まだ顔は赤かったけど、ようやく普通になった守君が頭を下げていたのを見た。

 一番暑い午後2時。あたしは駅前をぶらぶらと家まで帰る。

 帰ったら、親父を捕まえよう。

 そして聞くのだ、滝本について。




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