3、「これは一体何事かな?」@



 電車の中でもじっとしていた。

 汗で髪の毛が張り付いて不快だけど、今日も気温が高かったから、一般的な姿ではあって安心した。

 電車から見える街は夕焼けに染まってオレンジ色に燃えている。

 最寄の駅で何とか降りた。

 あー・・・熱が出てきやがった・・・。暴言が頭の中を暴走する。

 調査会社に行かなければならないことは判っていたけど、全身の痛みと熱で辿り着ける自信がない。

 だからとりあえず自宅に戻ってちゃんと治療し、それからと思ったけど、自宅まで行ける自信も無くなってきた。

「・・・ああ・・やべ」

 駅前の時計の下で、座り込む。

 痛い〜・・・。うーん、どうやって自宅まで戻ろうか・・・。

 ちょっと休憩・・・と思ってぐったりとしていると、名前を呼ぶ声が聞こえた気がして顔を上げた。

「薫さん!」

 ・・・・あれまあ・・・。ぼーっとした頭で確認する。

「薫さん、体調悪いんですか?」

「・・・守君」

 今朝散々あたしを笑わせてくれた噂の本人、守君がこっちに駆けてくるのが目にうつった。

「大丈夫ですか?何か、顔青いですけど・・・」

 近寄りながらあたしの顔を見て、ぎょっとしたように守君が言った。

「汗も、凄いですね・・・」

 あたしは座り込んで時計に体を預けたままであはは〜と声を出す。

「・・・いやあ・・・ちょっと、発熱してしまったの」

 発熱?と守君が繰り返し、あたしのおでこに手のひらを当てた。

 ひんやりとしたその感触に思わずうっとりとする。・・・冷たい・・・気持ちいい・・・。

「大丈夫そうじゃないですね。救急車呼びますか?」

 焦ったような守君の言葉にあたしはパッと目を開けた。

「・・・いえ、それは困る。大丈夫よ、あたし」

 何言ってるんですか、と怒られた。お母さんモード炸裂だ。でも今は勘弁してくれ、少年。

「立てますか?オレ病院に送ります」

「いや、大丈夫。ってか守君、これからバイトじゃないの?遅刻するから、行って」

 頭の上の時計は夕方の5時を指していた。

 あたしは何とか笑顔を作る。

 夕方の騒がしい駅前で、守君は不機嫌そうに顔をしかめた。

「バイトより、今は薫さんでしょ。じゃあせめて家まで送ります!」

 ・・・・ああ〜・・・何て正義感が強いのこの子・・・。これから逃げるのは、相当頑張らなきゃダメだな・・・。

 あたしは深いため息をついた。

 そして携帯電話を取り出した。

「・・・判った、今から知り合いを呼んできてもらうから、心配しないでどうぞ仕事に行って下さい」

「その人が来るまで、居てます」

 ・・・むうううう〜・・・。畜生。頑固ものだ。

 仕方ない。

 健康保険証もないあたしが病院には行けないってことを、この子は知らないしな。

 しゃがみこんであたしを心配そうに覗き込んでいる守君をちらりと見た。・・・あーあ。背には腹をかえられない、か。

 もの凄くもの凄く嫌だったけど、あたしは調査会社に電話した。

『はい、こちらは――――――』

 電話口に出たらしい湯浅女史の話を遮って言った。

「・・・野口です、滝本さんお願いします」

『あら、はい、お待ちください』

 大して気にしてない感じで、電話を取り次いでくれた。

『―――――やあ、首尾はどうだい?』

 滝本の高めの声が耳を打った。

 この状態でも嫌だったけど、目の前で守君が見ている以上仕方ない。

「・・・持っていきたかったけど、ちょっとへまして動けない。悪いけど取りに来てくれない?」

『――――――今、どこに?』

 場所を告げた。それ以上は聞かず、滝本は電話を切った。

 あたしは守君に微笑む。

「・・・迎えに来てくれるって。安心して、バイト行って下さい」

「その人がくるまでここに居ます」

 ・・・あううううう〜・・・・。からかうには楽しいけど、こういう時は適度にチャラい男が望ましいぜ。

 あたしは荒い息をついて目を閉じた。

 体が痛い。ぼーっとしている。抗生物質が欲しい。いや、とりあえずベッドでいい。自分のベッドへ帰りたい。

 ざわざわと駅前の喧騒が遠くの方で聞こえているようだった。

「薫さん、やっぱり病院に行きましょう」

 守君の心配する声。

 もう面倒臭くて言葉を返すのも無理だった。

 ぼーっとしたまま時間が過ぎて、15分くらい経った頃、足音が聞こえて目を開けた。

「・・・・おやおや、これは一体何事かな?」

 滝本だ。

 あたしは気だるく見上げる。滝本はスタスタと近づいてきて、あたしを見下ろし、大丈夫か、と聞いた。

 あたしは守君を見て微笑んだ。

「・・・ね、もう大丈夫。どうぞ行って。遅刻させてしまってごめんね」

 守君はやってきた滝本をじっと見ていたけど、あたしの声に振り返った。

「いえ、オレは大丈夫ですけど・・・」

「君は?」

 滝本が守君に聞いた。

「・・・あ・・ええと、中西と言います」

 守君が言うのに、あたしは言葉を被せた。

「行き着けのカフェのアルバイトさんよ。あたしがここでへばってたので、心配して居てくれてたの」

 滝本はそれはそれは、と言うと、守君に会釈をした。

「私は野口さんと仕事をしている滝本と言います。彼女をみていてくれてありがとう。見たところ熱もあるようだから、病院に連れて行くよ」

 守君がホッとしたように頷いた。

「さあ、立てるか?」

 あたしは頷いて、痛みに顔をしかめながら立ち上がる。悔しかったけど、滝本に体を支えてもらうしかなさそうだった。

「守君、ありがとう。岡崎さんに宜しく」

 あたしの言葉にハイと頷いて、まだ心配そうに何度か振り返り、守君は歩いて行った。

「何だって、こんなにボロボロに?」

「うるさいわね・・・」

 歩きにくいからと最終的には背負われて、あたしのマンションに戻った。屈辱的だったけど、抵抗する気力なんて残ってるハズがない。あたしはただぐったりと負ぶわれていた。

 エントランスで滝本が鍵と催促するから、面倒臭くて暗証番号を教える。もう何でもいいから眠りたかった。

 やっと自分の部屋に帰り、あたしは床に座って壁にもたれた。

「さて、何があったんだ?」

 滝本がしゃがんで目線を合わせた。

「・・・成功はした。逃げる時に有刺鉄線で怪我をして、5メートルの高さから落ちた。出血で熱が出てきている」

「その詳細を是非聞きたいが、今はそんな元気はなさそうだな」

 あたしは着ているTシャツに縫い付けたポケットからデータチップを取り出して滝本に放り投げた。

「・・・中を確認して。あんたの機材はバッグの中。これであたしはお役御免ね。さっさと消えて頂戴」

 苦笑して、滝本はあたしを見詰めた。

「・・・俺は鬼じゃねえんだよ。手当てしてやるから、黙ってろ」

 反論する暇も元気もなくあたしは床に寝かされて、血のこびりついたTシャツは脱がせる事が出来ないからとびりびりと破かれる。

 傷口を見て、滝本は顔をしかめた。

「あまりにも杜撰な自己処理だな。血が漏れてきてる。・・・・まったく」

 そしてテキパキと動き始めた。

 タオルをぬらして持ってきて、汗だくのあたしの全身を拭いた。そして傷口を洗って消毒してガーゼで止める。

 服はあっという間に脱がされて、あたしは下着一枚。それを屈辱に思う元気すらなかった。ただ、汗を拭いてくれるのは気持ちよく、熱でぼーっとした頭では結構幸せな幻を見ていた。

 滝本はあたしのガウンを見つけてきてそれであたしを巻き、ベッドへ寝かせた。

「鍵、しばらく借りるぞ」

 眠りに落ちていく意識が最後にそれだけを聞いた。

 そしてあたしは夢の中へ――――――――


 ぼんやりとした空間にいるようだった。

 熱が上がっているからだと判っていた。

 一度揺り起こされて、滝本の声が振ってきた。

「飲めるか?」

 何かの錠剤を口に入れられたから、何とか飲み下した。

「大人しく寝とけ。・・・まあ、動けないのは見て判るけど」

 何やら楽しそうな声に聞こえたのは気のせいではないんだろう。

 ・・・・やかましい、二重人格め。言われなくても寝ますよーだ・・・・。



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