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 あたしは上機嫌でお酒を追加する。

「岡崎さんて、いくつなの、そう言えば?」

 あたしが聞くと、守君は即答した。

「31です」

「・・・答えるの、早いね」

 あたしが苦笑すると、実は、と守君が言った。食事は休憩することにしたらしく、後ろの壁にもたれかかった。

「毎日毎日女性客に聞かれるので覚えてしまったんです」

「へえ!そうなんだ〜やっぱり人気あるんだなあ、岡崎さん!」

 おお、楽しい。あたし、ゴシップ大好き。

「勿論教えませんけど。本人に聞いてくださいって言いますけどね、やっぱりね」

「・・・君は今、あたしに言っちゃったけど?」

 守君は空のジョッキを持ったまま、一瞬固まった。

「あ。・・・まあ、酔ってるってことで。店長には内緒にしといてください」

 確かに酔ってるらしい。店長が、てんちょーと聞こえた。

「ふうん。あんなに格好いいんだもんね〜そりゃ狙うお姉さんたちも多いよね〜」

 あたしがテーブルに頬杖ついて言うと、守君はくすくすと笑い出した。

「どうした少年」

「薫さんだったら、いいかなあ〜」

 笑いが止まらないようで、顔を真っ赤にして壁に頭をつけて崩れ落ちつつ笑っている。

 ・・・大丈夫か、この子?

「おーい、守君?大丈夫?お水頼もうか?」

 彼は手をヒラヒラ振って、大丈夫ですと答えて、来たばかりのビールを飲む。

「・・・・岡崎さんの秘密。知りたいですか?」

 目をキラキラさせて、守君はあたしを覗き込んだ。

「え?え?秘密?知りたい知りたい」

 即答したあたしをじらして、また後ろの壁にもたれ、どうしよーかなーと呟いた。

「ほら、飲んで飲んで!」

 あたしはビールを勧める。もっと酔え。そしてその秘密とやらを吐いてくれ。あのイケメン店長に一体どんな秘密が!?

 くっくっくとまだ零れる笑いを何とか飲み込んで、守君は人差指であたしに身を寄せろ、と指示する。

 あたしは彼に向けて身を乗り出して、耳を向けた。

 口元を手で隠し、守君も近づいて、ボソッと呟いた。

「・・・・・岡崎店長、ゲイなんです」


 え。



「あ、細かく言えば違うのか。バイって言ったかな?知ってますか?女でも男でも恋愛出来る人」

 ええええええ〜っ!!!!??


 あたしはのけぞってつい大絶叫してしまった。店の中の注目を一斉に浴びてしまって、守君が慌ててあたしの口を塞ぐ。

 その手を掴み外して、あたしは彼に詰め寄った。

「マジでマジでマジで言ってる?!」

「はい。薫さん、内緒ですよ、これ」

「まーじーでーっ!!!」

「・・・聞いてますか?ナイショですよー」

 あたしはショックを受け過ぎて、ビールが飲めない。

 守君はやれやれと呟いて、また食事を再開した。呆然と座るあたしの前でガツガツと平らげていく。

 岡崎さんが、ゲイー!!?

 あ、違ったんだっけ、バイか。バイセクシャルってやつか。男も女も同じく愛せるという便利な(?)人種。

 へえええ〜!!あの端整なイケメンが男の人と絡むなんてゆるせなーい!などと頭の中で想像していたりして一人で盛り上がっていたら、守君が、あのー、と話しかけてきた。

「・・・薫さん、もしかして店長のファンとかじゃないですよね?」

 今になって秘密を軽いノリでばらしてしまったことを気にしだしたようだった。

 あたしは顔の前でぶんぶん手を振る。

「うん、大丈夫。目の保養にはさせてもらってるけど、あたしには岡崎さんはキラキラ過ぎて憧れの対象にすらならないから」

 そういうと、守君はホッとしたみたいだった。

「よくそんな事教えて貰えたね〜」

 あたしが気になったことを言うと、守君は笑って転がった。

「店のメンバーで、忘年会をした時です。朱里さんが岡崎店長に、彼女いないんですかって聞いた時に、店長酔っ払ってて、ついって感じで口を滑らしたんです」

 あたしはまた身を乗り出す。

「え、何て?」

 守君はニヤニヤして、転がったままで言った。

「‘彼女はいないけど、彼氏ならいる’って」

 ・・・・うわあ〜!!

 あたしは額をバシッと叩いた。

 それって直接的〜!え、彼女の聞き間違い?とも言えない雰囲気が広がったに違いない。

 守君は続ける。

「若干皆で固まってしまったら、店長が、俺は女性も愛せるんだけどな、今は彼氏がいるんだ、って言って、朱里さんと由美さんは絶叫でした」

 思い出したらしく、転がったまま笑って体をゆすっていた。

 あたしは呆然としたままで、イケメンの岡崎さんの言動や行動を思い出していた。

 だけど、普通だった。両方の性を愛せるってのは、ほんと、ただ単に便利なだけなのかもしれないな。

 好きになった人が、男か女かってだけで。

 もうお腹一杯です、と守君が言うので、清算してお店を出た。


 風が通って気持ちのいい夜だった。

 財布すら出させて貰えなかった守君が、頭を下げてお礼を言った。

「薫さん、ご馳走様です」

「うん、付き合ってくれてありがとう!気をつけて帰ってね」

 あたしは店の前でヒラヒラと手を振った。

 すると守君は顔を上げてこう言ったのだ。

「―――――薫さん、オレ送ります」

「え、いいよ。あたしは大丈夫」

 いや、でも、と腕時計を見て守君は言った。

「もう10時半ですから。ダメです、女の人が一人で歩いてちゃ」

 キッパリとした声だった。

 酔っ払っててもしっかり者はしっかり者なのね、とあたしは感心する。

「うーんとね、有難いんだけど、やっぱり送って貰う必要はないわ」

「オレじゃ不安ですか?」

 声がムスっとした。あたしは思わず笑ってしまう。

「違うの。不安だとか迷惑だとか、そんなんじゃ全然なくってね・・・。えーっと、簡単に言うと、あたしは今日は家に戻れないのよ」

 あたしに笑われて更に拗ねたような顔をしていた守君が、え?と声をあげた。

「・・・家族と喧嘩したんですか?」

 何だ、その思春期の青少年のような理由は。

 ついまたほころんでしまう口元を手で隠してあたしは首を振る。

「あたしは21歳のときから一人暮らしなのよ」

「・・・じゃあ、こじれて別れた元彼が来るとか?」

「―――――それは一体どういう設定なわけ?違います、あたしにはこじれて別れた彼氏はいないし、大体ここ何年かずっとフリーなんです」

 守君、実は結構な妄想癖でもある?説明をつけたがるのは癖なんだろうな。納得できるまで粘る体質か。

 じゃあじゃあ、と更に例えを出そうとする守君の前に手のひらを押し出して、ストップ!と言った。

 そして微笑む。

「とにかくね、諸事情あって、あたしは今晩自分の家には戻らないのよ。だから送って貰う必要はありません」

 酔っ払って赤く染まった頬を街灯にさらして、守君は目を細めた。

「・・・じゃあ薫さん、今晩どうするんですか?」

 あたしは駅向こうの24時間営業のビルを指差す。

「漫画喫茶いこうかな、と」

 守君は更に目を細めて唸った。

「ダメです」

 何と、機嫌を損ねたらしい。・・・一体、なぜ。

「オレそんなの許せません」

 ――――――出た。お母さんモードの守君。あははは、面白い。あたしも酔っ払った頭でケラケラ笑う。

「別に君の許可はいらないんだけどね〜」

 声に出して体を折って笑っていたら、笑い事じゃないですよ、と今度は叱られた。

「ダメです。店長にも怒られます。女性を一人で放り出したなんてバレたら」

 ・・・バレねーだろ。二人が黙っておけば。と心の中で突っ込む。何も野宿しようってわけじゃないのにさ。全く。

「―――――あ」

 ポンと手を打って、守君が笑顔になった。

「オレの部屋に来たらいいんですよ!狭いけど、ちゃんと寝れると思うし」

 彼は、ナイスアイデア!と思ったらしかった。そんな表情だった。やりー!みたいな。素面で言えば間違いなく爆弾発言であるのには気付いていない。

 面白くてついからかってしまう。

「それって、一緒に寝ようってこと?」

「え?」

 守君はきょとんとした。

 そしてあたしが言った言葉の意味を考えたらしく、酔いとは別に、みるみる内に顔が赤くなった。

 大きな片手でパッと口元を覆い、もう片方の手を額に当てて後ずさった。

「――――――いえ!!違います!そんな意味じゃなくって!」

「あら違うの?一緒に寝るってことは、あたしを―――――」

「わああ!!違います!すみません、オレ―――――」

 慌てふためく守君はツボだった。




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