1、持病の悪化と母の日。@



「ううう〜・・・」

 売り場で私は頭を押さえる。

 いてーよ・・・。痛い、痛いんです、頭が。

 ついよってしまう眉間の皺を深呼吸で伸ばして、私は接客用の笑顔をはりつけた。

 それを見ていた竹中さんが心配そうにケースの前から声をかける。

「大丈夫ですか、小川さん?」

 私は軽く手をひらひらとふって微笑んでみせた。

「・・・大丈夫じゃないけど、まだ我慢できる。薬はあまり飲みたくないのよね。学生の時に頭痛薬飲みすぎて、血液がさらさらすぎるって医者に怒られたことがあるし」

 ああ〜と竹中さんが手を打つ。

「それじゃあもう薬が効かない体になっているでしょう」

「うん、飲んでるから大丈夫!っていう自分の意識だけで直す、みたいな」

 二人でそうそうと頷いた。

 私はお腹は強いらしく風邪だろうが多少傷んでいるものを食べようがお腹を下すことはないけど、頭痛はすぐにくるのだ。

 でもここ最近なかったのにな〜。何だろう・・・引越しって案外ストレスが強いらしいから、実は体がストレスを受けてたのかな?

「あ、小川さん、母の日のプレゼント決めました?」

 隣で竹中さんが言うのに、え?と顔を上げた。

「・・・母の日?」

 私の言葉に呆れたように竹中さんはケースの上のポップを指差す。

 そこには百貨店から支給された『母の日ギフト好適品』の旗が、2000円のギフト商品の上にはってある。

「毎日見てるのに、何ポカンとしてるんですか?結婚したならダンナのお母さんにもプレゼントをあげないと。嫁の役目ですよ」

 既に子供が二人もいる28歳の竹中さんが言う。当然です、と腰に手をあてていた。

「・・・母の日、一度もしたことない」

 私の呟きに更に呆れた様子だったけど、彼女は開けた口を一度閉じてから猛攻撃に出た。

「自分の母親はともかく!ダンナの親にはしなきゃです!桑谷さんのお母様って何が好きなんですか?」

 ・・・知らねーよ、そんなこと。心の中で突っ込んだ。

 結婚してから、私の休みの日には割りと頻繁に遊びに行っている。彼はいたり居なかったりするが、無愛想な息子が居ない方が話が弾むと桑谷家の母が思っていると判ってからは、私一人で会いに行っていた。

 一人息子の桑谷さんが長年音信不通だったのもあってか、私がいくと瞳をキラキラさせて喜んでくれるのだ。そして、二人でお茶を飲んでいる。

 だけど好きなものなんて知らない。うううーん・・・。

 母の日と来たか・・・。これが、結婚するってことなのね。家族同士の付き合いというもの・・・。

 私は竹中さんを見て言った。

「・・・でも要するに、感謝を伝えればそれで成功なんでしょう?」

「まあそうですね。値段ではないことは確かです」

 だって2000円のお菓子ってどうよ、花も買ったらいくらになるのよ、もう、とついでに自社商品に突っ込んでいた。

 私はうーん、と唸る。

 移動ばかりだったし、大体いつでも家に居なかった母親に母の日のプレゼントを渡したことなんてない。だからそんなこと考えたこともなかった。

 うちの母はいつでも、また生きて娘に会えることを最大の楽しみだと公言していたのだ。そして、戦地へカメラを抱えて行ってしまう。

 客もいなくてやっぱり暇だったので、竹中さん相手に一日考えて、結局花と茶菓子を持っていくことにした。

 またお母さんとお茶しようっと。

 すでに出ている5月のシフト表を眺め、義理の母親を訪ねる日も決めた。

 そしてまた襲ってきた頭痛と戦いながらその日を過ごす。本日のシフトでは私は遅番で、竹中さんが上がってから売り上げも少しは伸び、私は気分もそんなに悪くはない状態で店を閉めた。

 方々に挨拶しながらロッカールームに上がる。

 今日は彼が休みで私が出勤なので、帰ったら晩ご飯も出来てるはず。帰って晩ご飯があるって幸せ〜などと思いながら自分のロッカーまで来て、ちょうど顔を上げた玉置さんと目があった。

「あら、小川さん。今あがり?」

「・・・はい、お疲れ様です」

 ありゃあ〜・・・と心の中で悲しむ。知らなかった・・・ロッカー近かったんだ・・・。

 左右にずらりと並ぶ縦長のロッカーの、通路に置いたベンチを挟んですぐの場所が玉置さんの使用ロッカーだった。

 ・・・くそ。出来れば顔をみたくない人が。

 私は曖昧な笑みを浮かべたままロッカーをあける。

 彼女は今日も綺麗で色っぽく、砂色のスーツに身を包んでドアにつけた鏡で化粧を直しているところだった。

「こんなに近かったのに会わなかったわね、タイミングが悪かったんでしょうね」

 玉置さんが微笑む。私はそうですね、と返しながらちゃっちゃと着替える。・・・タイミング、良かったんだよ、今までは。あー、早く着替えてずらかろう・・・。

「・・・ねえ、小川さんて・・・」

 唇を鮮やかな赤で彩った彼女がロッカーを閉めながら言った。

「去年ここで金銭が絡む事件を起こした守口とかいう犯罪者の彼女だったって、本当?」

 ちょうどジーンズに足を突っ込んでいた最中だったので、そのままロッカーに頭をぶつけるかと思った。足に力を入れて慌てて踏ん張る。

 どこから仕入れたその情報!?

 でもまあ、社員さんで被害にあった人もいるし、それで話が伝わったのかも、だけど・・・。それにしても。

「・・・本当です。元カノですけど。ヤツはバカでしたから別れといて正解でした」

 小さな声で話しながら振り返る。

「ふうん・・・」

 私をじっと見ながらゆっくりと頷き、彼女はロッカーの鍵を閉める。ここのロッカーは暗証番号制なので、指でダイヤルを回している。

「それで桑谷君にのりかえたってわけなのね」

 私は目を細めた。・・・何だ、この女。何が言いたいんだ。私は黙って着替えを終える。

 私物袋から鞄に荷物を移していると、さっさと行けばいいのにまだぐずぐずと残っていた玉置さんは、やっと鞄を手にしてから言った。

「正解だったわね。干からびる前に結婚出来たみたいだし、桑谷君て、凄くキスも上手だものね。そりゃあうまい方がいいに決まってるし」

 一瞬固まった私が顔を上げると、彼女は艶然と微笑みながら中腰で止まる私を見下ろしていた。

「あらごめんなさい、昔話よ、今のは」

 そう言いながら玉置さんは、口元に手をあててコロコロと笑う。

 私は立ち上がって、口元に笑みを浮かべた。

「・・・そちらは失敗したそうですね」

 彼女の笑い声が止む。周囲に配慮して声を落としたけど、ちゃんと聞こえたらしい。

「結婚されてたけど、酷い失敗をしたそうで。もしもの時は色々教えて下さいね。離婚に関する色んな手続きは経験者に聞くのが一番早いでしょう?」

 彼女がさっと手を下ろした。笑顔が消えたその切れ長の瞳をみて、私は少し溜飲を下げる。

 鞄を持ってから、大きな笑顔で彼女に微笑んだ。

「それに」

 私の方がもともと背が少し高い。しかもこちらも着替えてヒールを履いたので、自動的に彼女を見下ろす格好になった。

「彼がうまいのはキスよりも、その後の方ですから」

 茶目っ気の演出にウインクまでしてやった。

「・・・良かったわね」

 彼女の低い声に笑いだしたくなる。バーカ。相手見て喧嘩売れっちゅーの。私が泣き寝入りするようなか弱い女に見えるかよ。

 でも私は怒っていた。気分を悪くしていたので、不快感を表明するために更に言葉を続けた。

「ああ、すみません。現在男日照りかもしれない方に、夜の生活の自慢なんて失礼でしたよね」

 彼女は絶句した。

 私は頭を下げて、お疲れ様でした、と背中を向ける。

 そしてヒールの音を不必要にたててロッカールームを出た。

 ガッツポーズしたいのをぐっとこらえていた。だけど店員通用門をでたところで我慢ならず、お腹の前で小さく拳を握り締めた。

「うし!」

 よーしよし!言いたいことは言ったぞ〜!!

 5月直前の爽やかな夜風を吸い込んで気持ちを落ち着ける。

 全く、バカに絡まれちゃったら疲れるったら・・・。私は一人で笑う。

 さあ、帰って彼の作った晩ご飯を食べようっと。





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