2、再会と再発。@


 4月の暇で暇な売り場で、私は売り上げノートをつける。

 どこの売り場も暇で、午前11時、デパ地下は閑散としていた。今日の売り上げ目標の数字は高く、私はうんざりして周囲を見回す。

 これでどうしろっていうの?どっから売り上げ取れって言うのよ・・・。

 必要な客がいねーだろ、と呟いていたら、隣の店の田中さんが近寄って話しかけてきた。

「小川さん、ダンナさん残念だったわね、異動になっちゃって」

 私はノートを閉じて体を隣の店へむける。

「まあ、同じ百貨店の中ですから。そこはラッキーでした」

 私の言葉にうんうんと頷いて、田中さんは笑顔で続けた。

「今日の朝礼での挨拶格好よかったじゃない。結婚してから桑谷さん男っぷりがますます上がったわよ〜!髪を切って爽やかにもなったしね〜」

 ベラベラと喋っている。私はそれを苦笑して眺めていた。

 今朝、異動する人たちの挨拶が朝礼を割いてあったのだ。普通はそういうのは終礼でするものなのだが、食品の部長の都合で今朝に回されたと言っていた。

 彼のほかに3人ほどが並び順番に異動先とこれまでのお礼を述べる。

 私が偶然早番で朝礼に出ていたものだから、集まった販売員がちらちらと見てきて鬱陶しかった。

 あれがダンナでこっちが妻、とか思ってるんだろう。

 去年からいる販売員は、うちの店の斜め前の店にいた守口斎が私の元彼だと知っているので、どういう経緯で鮮魚の桑谷と付き合うようになり、結婚までいったのかとよく聞かれたものだった。

 ほっとけってーの。

 私は笑顔でさらさらとかわしては逃げていたが、彼の方があることないこと話すので、一度ムカついてバックヤードで捕まえて苦情を言ったら、夫婦喧嘩かー?とギャラリーが集まってきたこともあった。双方への応援つきで。

 何て職場だ。

「でも階が違うとほとんど会うことなくなるんですよね」

 私が言うと、田中さんは少し考えて頷いた。

「そうでしょうね。・・・でもまあ、鮮魚よりは会えるんじゃない?3階の社員さんは食堂でしかご飯食べないだろうし、変動シフトもなさそうよね」

 うん、そうか、成る程。さすがこの百貨店にオープン当時からいてる田中さん。元々好奇心も旺盛だし、システムをよく判っている。

 デパ地下にあるマーケットの鮮魚や青果売り場の従業員は、それぞれに固有で休憩室があったのだ。だから、彼と食堂で会うことは少なかった。

 そのかわり、振り返ればいつでも姿が見えたのに・・・と私は肩越しに鮮魚を見る。

 あそこにいた大きな男の人はもういないのか。よく通る声で客寄せをしているのを見るのが好きだったのにな。

 私につられて田中さんも振り返ってみていた。

「目立ったものねー。桑谷さんて。あの体格と、低いけど通る声で。前には守口店長が居て目の保養だったし。どっちももう居ないのね。何か、売り場での楽しみがなくなっていくわ〜」

 そのどっちとも私は寝たことがある。などとつい心の中で呟いてしまった。

 デパ地下では犯罪者の守口店長の話は禁句だ。だから田中さんは声を潜めて話していた。

 前を向けば美男子の守口斎、後ろを見れば荒っぽい魅力の桑谷彰人。ここって贅沢な売り場だったねーと二人で笑った。

 そのままバカ話をしていたら、遅番の出勤時間となり、今日の相方である福田店長が出勤してきた。

 おはようございます、と笑顔で挨拶して、まだ散々な売り上げについて話した。

 そして意識を切り替える。

 とことんまでどん底にいた去年の私を拾ってくれたこの売り場に私は結構な恩を感じている。自分が入っていて予算達成ならずは嫌だ。前を通るお客様を捕まえるべく、笑顔を作ってショーケースの前に立った。

 やるべきこと、チョコレートの販売。



 昼休み、私は店食でぼーっと雑誌をくっていた。

 今日は珍しく話し相手が誰もおらず、カウンター席に座って壁を向き、ダラダラと弁当を食べてリラックスしていた。

 お茶を飲んで雑誌を見るともなしに見ていたら、眠くなってくる。

 売り場も暇だし、こりゃあコーヒーでカフェイン摂取しとかないとやばいかも・・・と思っていたら、ズキン、と頭が痛んでハッとした。

 うう・・・。これは、もしかして。

 私は目を閉じて唸る。

 実は頭痛持ちの私、小さい頃は移動生活のストレスで偏頭痛をもっていて、随分苦しんだものだった。

 大人になってからは生理前や風邪の時などの体調不良時だけにはなってきていたが、こうやってたまにくるのだ。

 ありゃあ・・・薬、持ってたっけ?額を押さえて目を閉じていたら、隣に人の気配がして顔を上げた。

「お疲れ。どうした?」

 彼が笑って立っていた。

 私は驚いてじっと見る。頭痛のことを一瞬忘れた。

 今朝で鮮魚を出た彼は、スポーツ用品の制服(つまり、ジャージだ)に着替えていて、それがあまりにも似合っていたので、思わずガン見してしまったのだった。

「・・・ん?」

「いや、よく似合うねーと思ってしまって・・・」

 なんか、イケナイ事みたいに言うな・・・と苦笑して、彼が隣の席に滑り込む。体が大きいのでカウンター席では窮屈そうだ。

「はあ〜・・・着るものが違うと、本当イメージって変わるんですねえ・・・」

 まだマジマジ見る私に、職場でそんなに見詰められると困る、とまた軽口をきいていた。

 灰色のラインが2本入った白いTシャツにスポーツパーカーを羽織っている。柔らかいジャージ素材のズボンに黒いスニーカー。こりゃあ鮮魚のときとはえらい違いだ。

「・・・フィットネスクラブの、ボクシングのコーチとかにいそう・・・」

 私の感想にまた笑った。

「それ、全く同じこと言われた。久しぶりにあった同僚の女性に」

 弁当の蓋を開けながら言う彼を見た。当たり前だけど、私が作った同じ弁当だ。量が倍なだけ。

「へえ。久しぶりに会った?その人はずっと3階にいたってこと?」

 ちょうど暇だったしまだ時間もあるしでその話題に言葉を返す。

「いや、俺が入社した時にいたとこで一緒だった人。今度の人事異動でここに配属されたらしい」

 彼が調査会社を辞めて初めに入社した時は、こことは違うもっと都心に近い百貨店だったと聞いた。

 その時の同僚がこっちに移動になって4年ぶりに会ったのだ、と。

「ふーん」

 そのまま弁当を食べ始める彼に、私は少し違和感を感じる。

 ・・・なんだろ。うん?何か、違うな。

 私は雑誌を閉じて壁を見詰めた。

 何か、今、違和感が・・・・。

「さっき俯いてたの、頭痛か?」

 彼の声が聞こえて思考は中断される。

 私はそう、と頷いた。そして違和感は棚上げにした。今考えても判らないんだから、後で考えたって一緒だろう。

「風邪引き?」

「うーん・・・。昨日縁側で寝そべっていたのが原因かしら・・・」

 彼は私の言葉に少し笑う。

「また縁側にいたのか。好きだな、あそこ」

「そう、好きなの。庭も見れるし、あそこでごろごろしてたら猫になった気分」

 嬉しく答えたら、隣の彼がぼそっと突っ込んだ。

「・・・猫はビール飲まねえだろ」

 あら、バレてたか。昼間っから飲んでるの。私はぺろりと舌を出してあははと笑う。

「あの極楽は止められないの」

 彼は苦笑を返して箸を動かしていた。

 途中で何人かの百貨店側の社員が声をかけていくのに片手をあげて言葉を返す彼を残して立ち上がる。

「もう時間?」

「そう。桑谷さん、ごゆっくり」

 途端に彼が嫌そうな顔をした。

「・・・自分だって桑谷だろう」

「呼び名はそう簡単には変わらないんです」

 にやりと笑って歩き出す。だって元々同じデパ地下の人間だったのだ。結婚したからと言っていきなり「主人が」とか「ダンナが」とか呼べないってもんだ。
 彼は下の名前で呼べというが、彰人って呼びにくい。かといって、彰人さんでは照れる。

 というわけで、私は未だに彼を桑谷さんと呼ぶ。本人は嫌がるが、それが若干楽しいのもある。

 くふふと笑いながら売り場へ戻った。


 いつの間にか、頭痛は消えていた。



 そろそろ子供の日の商品が売れ出す4月も中旬、私が休憩でバックヤードを歩いていると、ねえ、あなた、と呼びかけられた。

 振り向くと、スーツ姿の女性が立っている。つけている名札には2本のラインが入っているから、百貨店側の社員さんだろう。

 私と同じくらいの背で、茶色の髪にパーマをあててふわふわにしていた。切れ長の瞳にアイラインを入れて更にのばし、色っぽい瞳にしている。頬紅の入れ方も上手で、グロスをつけた唇は輝き、私は心の中で、わお、別嬪さん!と賞賛の声を上げた。

「はい?」

 体を彼女の方へ向けると、彼女はニコニコしながら更に近づいて、言った。

「あなたが桑谷君の奥さん?ずっと噂ばかりで本人に会えなかったのよ」

 近寄るといい匂いがした。見たこともないし、この香りではデパ地下ではないだろう。食品では香りはご法度だ。

「・・・はい。私がそうです」

 接客用の笑顔で応える。

 何なんだ。私は見世物じゃないっつーの。

 彼女が手を出してきたからつい握る。柔らかい女性の手だった。

「私は玉置といいます。桑谷君とは前の店で一緒だったの。この異動で久しぶりに会ったらいい男になっててビックリしたわ。まあ、元からいい男ではあったんだけど・・・」

 話ながら私の手をぎゅうと握る。案外力があって驚いた。私はするりと彼女の手を離し、そうですか、と返す。

 彼女が、前に彼が言ってた同僚さんか、と思って改めて観察する。・・・・別嬪じゃん。何か、おもしろくない。彼女はニコニコと柔らかい笑みのままで続ける。

「いつの間に結婚したのよ、って驚いたの。そしたら奥さんがここの地下で働いてるって他の人から聞いたものだから・・・」

「そうなんですね」

 頷きながら私は微かに首を傾げる。・・・他の人から聞いた?うん?彼ではなく?

 桑谷さんは私のことをどこでも話題にして自慢しまくっている。それが、彼からではなく他の人から聞いた、ということに違和感を覚えた。

 そしてその感覚に、ハッとした。

 この違和感、前にも感じた・・・・。どこでだっけ・・・。

 私をじっくり眺めて切れ長の瞳をさらに細めて、玉置さんはゆっくりと言った。

「・・・綺麗な人。うまくやったのね、あなた。どうやって彼を捕まえたの?」

 私は笑顔を固定したままで目の前の美人をじっと見詰めた。

 ―――――――・・・ん?トゲを感じたぞ、今。




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