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「うるさいわね。野郎が細かいこと気にするんじゃないの。それよりご飯!ご飯!」

 最後には彼を苦笑とため息で諦めさせて、私は素敵で大量の朝食をゲットすることに成功した。

 二人でガツガツ食べる。6日間の家出と昨日の激しい仲直りで、更に絆が深まったかどうかは知らない。だけど間違いなく、私達は恋人で、夫婦で、パートナーで、戦友に戻った。

 ご飯を食べながら彼に私の家出中に何を考えていたのかを聞いたのだ。すると、二人は同じ目的に向かったことが判ったのだった。

 つまり、私への嫌がらせの犯人を突き止めること。

 前提が、玉置桜子(っていうんだって、下の名前)が犯人だ、ということで。

 私はフォークを顔の前で振り回して聞く。

「一体何があって、あなたはあの女を庇うわけ?」

 桑谷さんはコーヒーを飲み干して、椅子にもたれかかった。彼が壊した一客の椅子はやつの個人資金から買い換えることで許した私だ。

「――――――・・・出来るだけ、玉置を君から遠ざけておきたかったんだ」

「はい?」

「結構やっかいな女なんだ、彼女は」

 そんなこと判ってるわよ。心の中で突っ込む。やっかいな上にバカな女だってことは、何回も何回も確認したことだ。

「前の百貨店で何があったの?ねえ、それに知ってる?彼女はロッカーで、桑谷君はキスが上手よね、て私に言ったのよ」

 彼は口をあけて固まった。

 そういえば、彼女に売られた喧嘩の内容を彼には言ってなかった。

「・・・何てことを。君が怒ったのも無理ないな」

「いえ、それには私もちゃんと言い返したから全然いいんだけど。それより――――」

「何て返したんだ?」

「あ?」

 彼が遮った。嫌そうな顔で私を見ている。

「恐ろしいけど聞いとこう。その時、玉置に君は何て返したんだ?」

 私は手をヒラヒラと振った。

「・・・ああ。えーっと、彼が上手なのは、キスよりもその後の方、て言ったと思う」

 彼はまた口を開けて固まる。

「そしてその後、現在男日照りかもしれない人に夜の生活の自慢してすみませんって見下ろして笑ってやったの」

「―――――――」

 私はおーいと手を伸ばして彼の肩を叩く。目を見開いて固まっていた夫は、そこでやっと呼吸を開始した。

「・・・・何てこと言うんだ、君は」

「褒められると照れるんだけど」

「褒めてねえだろ!」

 彼は大声で私に叫んでから、長いため息をついて額を片手で叩いた。

「・・・そりゃ、その嫌がらせが玉置だと思うわけだよな・・・。喧嘩の売り買いの内容聞けば、ハッキリわかる事だ。どうしてそう面倒なことに自分から首を突っ込むんだ、君は!」

 あーあ・・・と言って、彼はがっくり肩を落としている。

 私は前に座って、ぺこちゃんのような無邪気な笑顔で答える。

「売られた喧嘩は買うでしょ。そして、倍にして返すべし」

「・・・頼むから、その個人的規則は捨ててくれ」

 私はむう〜っとむくれた。でもその個人的規則がなかったら、そもそも私達は出会わなかったわけだし、と呟く。男に仕返しをしたくて入った百貨店で、桑谷さんに出会ったのだぞ。

「だから、彼女と何があったのよ?」

「・・・それ、重要か?」

「彼女の話が本当かどうか知りたいだけ。キスしたの?」

 彼は嫌そうに顔をしかめたまま言った。

「・・・した」

「その後最後まで?」

「そこは重要じゃねえだろ?」

 私はニヤニヤしてフォークをぶらぶらさせる。私はこんなことでヤキモチなんか焼かない。現在の彼が私に一筋なのがハッキリしているからだ。

 ただ、楽しくて問い詰めていた。

「うん、重要じゃないけど知りたいだけ」

「・・・面白がってるだろ。言わない。食べたなら、片付けるぞ!」

 親指を下に向けて散々ブーイングしたけど、彼はさっさと立ち上がって食器を片付けだした。

 私は追及を諦めて、久しぶりにお気に入りの庭が見える廊下に出る。そしてあぐらをかいて座って、緑が揺れるのを眺めていた。

 心が落ち着いていた。

 彼が玉置を犯人であると認めた形になったので、安心していた。

 これで、確実にこちらが有利になる。

 日差しは暑かったけど、私は幸せでそこにしばらく座っていた。

 夕方近くなって、彼がそういえば皆に連絡はしたのか、と聞いたので、やっとそれに気付いて各所に連絡を入れたのだ。

 弘美と実家と楠本と。

 やっぱり楠本は弘美に電話を入れていて、弘美に『人のことに口突っ込むんじゃないわよ!』と怒鳴られたらしい。私はそれを聞いて弘美と爆笑した。後ろで桑谷さんが同情に耐えない顔でため息をついているのを知っていた。

 そして実家にも、家に帰ったよ〜と電話を入れて、楠本と話すのは鬱陶しいので、ヤツの嫁さんの千尋ちゃんに電話して伝言を頼んだ。

「家に戻った、と伝えてくれる?それで判るから」

『はい、判りました』

 彼女の春風のような優しい声に安心する。この子があいつの妻でよかった。可愛い上に、まとも。それが大事。

「その後で絶対ぐちぐち言うと思うけど、それは無視してね。聞かなくていいからね、千尋ちゃん」

 彼女が電話の向こうでケラケラと笑う。

『大丈夫です。嫌な時は方言でベラベラ喋ると、判らないらしくて無口になりますから、彼』

 あははは〜、賢い!私はじゃあね、と電話を切る。千尋ちゃんは大阪出身、しかも出が南の方らしく、その気になれば河内弁を操って楠本を煙に巻いているらしい。あはははは、もっとやれ。


 晩ご飯を終えてのんびりしていると、そういえば、と言って桑谷さんが笑い出した。

「どうしたの?」

 こんな楽しげな笑顔を見たのは久しぶりだ。何があったんだ、彼に。

 私のところまで歩いてきて、ビールを開けながら彼が言った。

「滝本に電話したんだ、君を探していたとき」

「はい」

 目がキラキラしている。彼は何かを思い出して、また笑い出す。

「何なのよ」

「中々電話に出なくてイラついてたら、やっと出た電話は女性の声だったんだ」

 私は目を瞬く。

 ・・・え?滝本さんて、あの、調査会社の滝本さんよね?長身で眼鏡の紳士的な男。物腰も雰囲気も柔らかいが、何を考えているかが読めない瞳といつでも微笑んでいる口元が、私の警戒心を引き起こす男。

 出来たらあまり係わりたくないタイプの人間であると確信したあの人の部屋に女性が!?

「え?本当に?・・・それって、彼女?」

 私もつい身を乗り出す。

 彼はビール缶を顔に引っ付けて笑いを止めようとしている。

 目を細めて言った。

「そうだろう。朝の8時にヤツの部屋に女がいるなんて、長い付き合いで初めてだ。アイツはホモなんじゃねーかと疑ったこともあるくらいに、ヤツは女の影がないんだ」

「へえ〜・・・意外、かも。でも、彼女が出来たのならいいよね、やっぱり人を好きになるんだ」

 そしてその時その女性を通じてやった悪戯を話してくれて、私達はお腹を抱えて笑った。

 その時の滝本の顔が見たかった〜!!とお互いに叫びあう。

 しばらく笑ったあと、私が彼に、何で滝本さんに電話したのと聞くと、彼も笑うのを止めて言った。

「・・・もしかしたら、あっちに行ってるのかも、と思ったんだ。君の実家に電話したら笑われて、楠本さんは家出そのものを知らなかった。君が隠れるところはどこだろうと考えて、一応あいつにも聞いておこうかと思って」

「・・・はあ」

「そしたらあいつは何て言ったと思う?知るかそんなこと、て言い放ったあとに、もし君から連絡があれば、俺なんか捨ててやれと忠告するとかほざいた」

 あははははは!それって滝本さんっぽい。

 私が笑うと、彼はふん、と不機嫌そうに唸った。

 この二人の男の関係は複雑だ。元パートナーで、一緒に会社をやるくらいなんだから仲がいいのかと思えば、お互いに相手を罵りまくっている。まあだけど、一番信頼しているのは確かだろう。まだ連絡を保っていることを考えても。

 しかもこの前、滝本さんが経営する調査事務所は新聞や週刊誌やテレビで名前が沢山出たのだ。大物の不倫騒動か何かの調査を請負、それが成功したとかで。

 その忙しい最中に電話したから、余計に冷たかったに違いない、と桑谷さんは言っていたけど、私は滝本さんはいつもあんなんだと思う。


 私たちは平和的に一緒に眠った。

 怪我してるっぽいから、当分アレはお預けね、と言うと、彼は情けない顔で、はい、と頷いた。

「・・・明日出勤か?」

「そう。早番で」

「俺も。嫌がらせの犯人を探らなきゃならない。明日は総務に行って何か判るかやってみるよ。そして、出来るだけ玉置から目を離さないようにする」

 私はにっこり微笑んだ。

「期待してます、宜しく」

 これで、もう大丈夫。体の奥から、力が沸いてくるのを感じながら、眠りについた。






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