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 ゴールデンウィークのなんちゃって繁忙期を過ぎて、売り場も少し落ち着いた5月の2週目、私はデパ地下で買った大量の茶菓子と、同じくそのまま百貨店のグリーンショップで買った花束を抱えて、彼の実家へ遊びに行った。

 一応彼も誘ったけど、日にちを聞いて、俺その日仕事、と即行で断りがきた。顔が嬉しそうだったのは見逃さなかった。本当に仕事かどうか怪しいところだ。

 だけど爽やかな5月の風の中、私は足取りも軽く彼の実家へ向かう。

 桑谷家の母は、隣町で毛糸屋さんを営んでいる。

 小さな黄色の壁をした一軒家で、それはそれはカラフルな毛糸や小物に囲まれて、義理の母親はお目目をいつでもキラキラさせて、色の洪水の中でもシャンと存在している。

「こんにちわ〜!」

 ドアのベルを高らかに鳴らし、私はいつものように弾んで店の中に踏み込んだ。

 お母さんはパッと顔を上げて、にっこりと微笑んだ。

「まりさん、こんにちわ」

 お母さん元気〜?と明るくいいながら、手の中に一杯の花束を手渡す。お母さんが好きだと知っていたデイジーとカスミソウの花束を可愛く作って貰ったのだ。

「あら、まあ・・・。どうしたの、これ?」

 困惑しながらも、既に嬉しそうに頬を染めたお母さんを見て笑った。

「母の日、ですよー!いつもありがとう!」

 あらまあ・・・とまた呟いて、更にお目目をキラキラさせる小さな女性を見詰める。

 ・・・可愛い・・本当に喜んでる。きっと私と一緒で、桑谷さんも母の日とかしたことないに違いない。だって正月だって帰らないとか言う男だからな。あれには、本気でビックリしたぜ。

 自分の実家にも初めて母の日のプレゼントなるものを送っておいた。ちゃんと竹中さんのアドバイスに従って、彼の名前で。それが大事らしい。

 だけど目の前でこんな風に喜ばれると、やっぱり嬉しい。うーん、いいことをした!私はテンションがアップして、更に大きく笑った。

「お茶しましょう。お菓子もあるんですよ」

 うふふと頷いて、お母さんは花束を大事そうに抱え、店のドアのプレートを『休憩中』に変えた。

 そして奥の小部屋に入る。

 お母さんは一軒家の一階を改造してお店と休憩室にし、二階で生活をしている。

 二人できゃあきゃあいいながら数ある紅茶から選んで本日のブレンドティーを作り、楽しく飲んだ。

 最近起こったこと、桑谷さんの移動話、新しい制服であるジャージやポロシャツがやたらと似合うこと、自分の店の話、お母さんの友達や仕事の話などを笑いながら話す。

 この義理の母とのお茶の機会は、普段自分の両親とも離れている私にとっても大事な時間だった。

 やっぱり、親は親だ、と強く思うのだ。

 言葉の節々に息子である彰人の心配をする気配や愛情が感じられる。うちの両親もきっとこんな風に私のことを人に話すのだろうな、と思う。

 お母さんは興奮して上気した顔で、それで、と続けた。

「まりさんは元気なのね?新しい家でのストレスや疲れはない?」

 私はお茶を一口飲んで、チョコレートを口に入れる。

「・・・うーん。新しい家は本当に気に入ってます。だけど、ストレスだか疲れだか、最近は頭痛が酷くて」

 私の言葉に表情を曇らせて、お母さんは言った。

「まあ・・・シックハウスとか、そういうのかしら」

「それは大丈夫だと思う。古い家で、風通しは抜群なので。そうだ、そろそろお母さんもちゃんと招待しなきゃね」

 私は手をのばしてお母さんの手を握った。そして続ける。

「実は私、元々偏頭痛持ちですけど、ここ何年もなかったのに、何故か最近またぶり返してきたんです」

 もう〜、何でだろ〜・・と手を引っ込めて頭を押さえる私を見て、お母さんが少し止まった。

「ん?」

「・・・まりさん、ずっと無かった持病が出てきたってこと?」

「はい、そうですね」

「それって・・・」

 お母さんは両手を固く握り締めて、彼に良く似た形の瞳を見開いている。

「はい?何ですか?」

 しばらく言い出せずに止まったままだったけど、お母さんは小さな声でやっと言った。

「・・・それ、妊娠かもしれないわよ」


 ―――――――へ?

 私は目を丸くする。

 お母さんはキラキラの瞳で両手を握り合わせて私を見ている。


「・・・悪阻ってことですか?だって、あれって気持ち悪くなったりするんでは?」

 お母さんは首を振る。

「一般的にそういわれているけど、人によるのよ。大体はその人の弱いところに現れるわ。ずっと無かった持病が復活するのは、妊娠初期にはよくあることよ」

 ・・・マジで!?

 私は一瞬パニくった。

 えええー!??・・・だって、だって、妊娠って・・・。いや、そりゃあ身に覚えは山ほどあるけれど、あれかなこれかなと選べるほどには沢山あるんだけれど、でも!ちょっと待って最後の生理っていつだっけ?

 目の前でいきなりバタバタと右往左往しだした私を見て、お母さんが落ち着いた声で、まあまあ、と手を振る。

「生理は来てるの?」

「いや・・・えーっと・・・ええ!?」

「はい、まりさん落ち着いて。でもそれだけ慌てるってことは、絶対ないとは言えないわけよね」

 お母さん!冷静に分析してる場合じゃないっすよ!!しかも若干恥ずかしいお言葉です!!

 私はお茶を一気飲みした。

 そして深呼吸をした後、ゆっくりと口に出す。

「・・・私は元々生理も不順なんです。来たり来なかったりだし、生理痛もないから来るまで支度も出来なくて、ナプキンを買いに走るとか普通です」

 お母さんは静かに頷いた。

「あまり期待するなってことなのね。判りました、もう口には出さないわ」

 この理解力と先読みの深さ。彼はきっとお母さん似だろうと思う。先に若くして自殺してしまったお父さんがどんな方かは一生わからないだろうけど。

 でも・・・。

 彼は34歳で、お母さんもそれなりのお歳。音信不通な息子が呪いの33歳を越えて、やっと未来に希望が沸いたところ。そしたらある日嫁を連れてきた。

 嬉しかったというあの言葉に嘘はないだろうけど、それでも複雑だったことには違いない。もっと息子と一緒にいたかったとも思っていただろう。やっと顔を見せた息子は嫁にかかりっきりで。

 きっと、ずっと、寂しかったんだろう。

 黙って何かを考えているらしいお母さんを見て、私はつい言ってしまった。

「もし・・・」

 私は一度唇を湿らせて、再び口を開いた。

「・・・もし、妊娠であれば、一番先にお知らせします」

 お母さんはじっと私を見て、それから見たこともない優しい瞳で微笑んだ。

「本当にありがとう、まりさん。まさか、孫を期待出来る日がくるなんて、この人生ではないと思っていたの」

 ありがとう、ともう一度言って、お母さんは私の手を握った。


 私はパニくっていた。

 現実的に対処出来る自信がなかった。

 だから、不覚にも、感動して泣いてしまった。

 この、私が。


 帰り道、無意識にお腹をさすってしまう自分に気付いた。

 最後の生理は4月に確かに来た。だけど、それから生理不順の私には「生理来てないじゃん!」などとは叫べないくらい普通の日数しか経っていない。

 ゆっくりと深呼吸する。彼がいなくて良かった。一体どういう顔したらいいのか判らない。

「とりあえず・・・」

 声に出して確認する。6月が来たら―――――・・・・

 6月が来て、まだ生理がなかったら。

 検査薬を買うべきだろう。自分でそう考えて、頷いた。そしてハッとした。

 やだ、私―――――――


 ・・・禁酒すべき??





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