1、女友達と男友達。



 結構な寝不足で出勤した。

 あまりにも腹が立ったので、今日はこちらからはコンタクトを取る努力はしないことに決定した。つまり、平たく言うと、無視することにした。

 仕事は行くけど時間は取れないってことは、あっちもそのつもりなんだろう。・・・なぜだかは判らないが。

 売り場から斜め真っ直ぐこっちもあっちも見えるけど、鋼の意思で一度も目をやらなかった。

 休憩も、色んな人の目を気にしてわざわざ外で食べた。

 でも、全く影響はなかったかもしれない。私の携帯が着信の知らせで鳴ることは一度もなく、バックヤードで彼とすれ違うこともなかったので、実は、本当に彼が出勤したかどうかも知らない。

 イライラしたまま更に一日を終える。

 昼間、敏感な同僚の竹中さんがにやりと笑って、言った。

「彼氏と喧嘩ですか〜?」

 私はむっつりと応えた。

「婚約破談の勢いよ」

 ひょええ〜っと派手に驚いて、暇な竹中さんは根掘り葉掘り情報を得ようとしたけど、私はさらさらとかわした。

 そしてため息が増える。

 あーあ、あの甘い日々よ・・・一体いずこへ?ってか、まだちゃんと付き合いだして2ヶ月なのに、早くない?彼氏に放っとかれるの。

 そして、連絡のないまま夜が明け、本日は私は休日。彼との約束は勿論ないし、別に友達とも約束してない。

 だけど家にいてもイライラするだけだしと久しぶりに女友達に電話した。家で仕事をしている彼女なら、相手してくれるかもって思って。

『ハロー、まりっぺ。珍しいじゃん、どうしたの?』

 ハイテンションで電話に出た彼女の声にほっとする。

 大学の時の同級生で、海外旅行にもよく一緒に行った彼女の名前は高木弘美。独身、私以上に毒舌、家で雑誌の記事を書いて生計を立てている、ライターだ。

「婚約者とすれ違ってイライラしてるの。助けて」

 端的に述べると、あはははと明るい笑い声が響いた。

『あんたが生意気にも婚約者なんか作るからでしょうが!さっさと結婚しないからこうなるのよ。今頃彼は他の女と宜しくやってるに決まってる』

 ・・・・・生意気。そうなのね、やっぱり私が婚約者なんて作ると友達はそう思うのね・・・としみじみ感じた。しかしどうなの、このセリフ。一応あんた友達でしょ?私は苦笑して額を掻く。

「・・・・慰めの言葉、ありがとう」

 他の女と宜しく・・・つい、こっちも笑ってしまった。

『いいわよ、可哀想なあんたに付き合ってあげる。ご飯行こうよ、ここ最近まともなご飯食べてないのよ』

 さらりと心配になる言葉を返してきてぎょっとしたけど、取り合えずとランチの約束をした。

 女の子と出かけるのは久しぶりだ。ささっと、だけど手抜きではないメイクをして、少し明るくなった気分で出かけた。

「あらまあ、ちょっと見ない内にあんた色っぽくなって〜」

 黄色い声を上げて手を振る弘美を見つけて駆け寄る。

「色っぽくなった?そお?」

 抱きついたあと思わず聞くと、うんうんと頷いた。

「セックスライフが充実してるのね。前の、美形の彼氏ではないんでしょう、今の婚約者は?」

 弘美は、斎が捕まったのを知らないらしい。ご飯を食べていないだけではなく、テレビも観てないようだ。積もる話の量が膨大だわ、こりゃ。

 新しく出来たイタ飯屋さんで、その積もり積もった話を全部話すのに3時間かかった。

 自営業故かの弘美はヘビースモーカーなので、聞いている間にタバコを2箱あけ、私にもすっかり匂いがついてしまって閉口する。

「・・・・知らなかった。あの美形は悪魔だったのね」

 弘美は、もうあたしのキャパから溢れてるわ〜と漏らしながら瞼を押さえた。

「しかし、普通は仕返しなんて企まないよね。どうしてあたしに連絡くれなかったのよ?大金は無理だけど、暫く暮らすくらいのお金は出したじゃん」

 有難いお言葉だ。友達って、いい。私は彼女にグラスを上げてみせて、感謝を示す。

「困窮してたわけじゃあないからね。とにかくムカついて」

 その返事にあはははと笑った。そのお陰で泣かされる女性は減ったんだよね、よくやった、と褒めてくれて、再度水で乾杯した。

 弘美はちろりとこっちを見て、くくくと笑う。

「でも、今の婚約者はいい男らしいじゃない。掘り出し物だね」

 話で乾いた喉を水で潤して、私はため息をつく。

「・・・だからさ、すれ違いなのよ。一体どこで何をしているのやら」

「聞けばいいじゃない」

「教えてくれないもの」

 肩をすくめた私に、片眉を上げて聞いた。

「聞いたわけ?」

 弘美はまた新しいタバコをくわえた。

「・・・・まあ、一応」

 あん?と彼女は眉をしかめる。

「一応って何よ?気に入らないことなら自分で解消したらいいでしょうが」

 私は黙る。・・・・だってプライドの問題だもん、と心の中で呟いた。

 弘美は嫌そうに手を振って、ばっさりと切った。

「ばっかばかしい、さっさと問い詰めなさいよ。妻になる予定の人に言えないような事をしている男だったら、結婚も何もないじゃないのよ」

 ・・・確かに。思わず、頷いた。

「たしかあーに。うまい事言うね、さすが弘美」

「じゃあ、その話題はそれで終わりね。事の次第がどうなったかは、またメールで教えて頂戴。それよりさ―――――」

 強制的に終了となった。

 若干唖然としたけれど、それから弘美が目を輝かせて話したのは大学時代の皆の話題で面白かった。

 男共も身を固め始めたらしく、何人かは結婚しているらしい。

「あ〜、やっぱり30歳よね。急にバタバタと招待状が舞い込んできたもの」

 私はそういうと、弘美が前でパンと手を打つ。

「そうだ、楠本、覚えてるでしょ?まりっぺはかーなり仲良かったよね」

 大学時代、一番仲のよかった男友達の名前が出てビックリした。

「おおー!楠本が、何何!?アイツもついに結婚とか!?」

 私の男友達に楠本孝明というかなりのイケメンがいる。

 ヤツが大学卒業後に保険会社に就職して営業をしているまでは知っていたが、ここ5年ほどは全く交流がなかった。

 斎とはまた違った外見の良さで、斎が可愛い洋風系の美形なら、楠本は端正な和風系の美形だ。

 切れ長の目に形のいい鼻と口元を持っていた。笑うと印象が変わってやんちゃな顔になるところも魅力だった。

 頭脳明晰で九州男児のような男気があって背も高く、しかもえらく顔もいいので、いつでも大変な人気ぶりだった。あいつと一緒にいるだけで嫉妬の嵐に巻き込まれたりした迷惑な記憶もあるし、行く先々でサービスが良くなったりの数々の恩恵に浴した事もある。

 本人は目立つ整いすぎた外見を嫌がってるところがあったのが、斎とはまた違うところか。斎は、いつでもそれを利用したものだが。

「2年付き合ってる年下の彼女と、ついに結婚するって聞いたよ〜」

 弘美がニヤニヤしながら言う。同窓会の幹事なんかをよくやっていた弘美は、友達の現在の情報をよく知っている。

「・・・へえ、ついに。でもアイツがいい女と出会えてよかった」

 しみじみと本心から言った。

 端整な外見が災いして、昔から厄介ごとに巻き込まれることの多い男だったのを知っている。女達からのアプローチから逃げる為に、私が仕方なく彼女役をしたこともある。

 ところがいつでも一緒に居た私との間に恋愛感情は一切わかず、それはそれでお互いに苦笑したものだった。

「お前に恋愛感情を持てたら、きっと一番楽なのにな」

 って、ヤツも言っていたくらいだ。

 よく二人でオールナイトで飲み、バッティングセンターやゲームセンターをはしごしたものだ。

「あんたにも案内状が行くと思うよ。ちょっと前に電話がきて、あんたの住所聞いてきたから」

「楠本が?」

 弘美がにっこりと笑った。私も嬉しい気持ちになる。やつの新妻をぜひ見にいかなくちゃ、と二人で盛り上がった。

 そして、次は夜のみに行こうと約束して、午後4時に、ようやく忙しい彼女を解放した。


 夜、相変わらず連絡のない携帯を見詰めて、一人で頷いた。

 弘美のいう事は正しい。

 私はちゃんと問いただすべきなんだろう。何も教えてくれないからと、ここで彼を見捨てないで。

 彼と直で話さなくて、既に5日が経っていた。

 もう十分だ。

 明日、彼が出勤かどうか知らない。でも居たら。売り場に、あの人を見つけたら。

 何としてでも捕まえてみせる。

 あのヤロー、私をなめんなよ。私はなんせ、しつこい女なんだぞ。

 こぶしを固めて半月の月を睨んだ。

 そして玄関の鍵2個を施錠を確認し、チェーンも閉めて寝る支度をした。 


 翌日。

 私は早番で9時に出勤だったけど、彼も同じく早番だったらしく、店員口横の名札は私がひっくり返す時には既に彼の分は出勤となっていた。

 鮮魚や惣菜は出勤が早い。

 開店準備に時間がかかるので、早番でも出勤時間は1時間半は違ってくる。

 私は名札を見て、今日こそはと決心を固めた。

 いざ、出陣、の思いで売り場に向かう。

 メーカーの制服を着ると気持ちも引き締まった。




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