4、花と光りと笑顔が満ちる。@



 1月7日、朝から桑谷さんが部屋に来た。

 チェーンを閉めてなかったから、鍵を二つ開ける音で目が覚める。
 
 ふわふわの羽毛布団の中で大きく伸びをしていると、寝室のドアが開いて彼の入ってくる気配がした。

「―――――おはよう」

 なんか、久しぶりに生の声を聞いた気がするなあ・・・とぼんやり考えながら、顔を半分だけ布団から出して彼を見た。

「・・・・おはよ。早いですね・・」

 ・・・まだ、9時じゃん。手元の時計で確認する。

 桑谷さんは髪を切ったようだった。前より更に短くなっていて、爽やかよりも逞しい印象が強くなっている。

 そのまま動かずにじっと私を見ているので、目を擦りながら聞いた。

「どうしたの?」

 彼は立ったままで、笑って私を見ていた。ニコニコしたままで上着を脱いで、ハンガーにかけ、近寄りながら小さく言った。

「いや、やっと君を手にいれたぞ、と思って」

 屈みこんでゆっくりと口付けをする。

「・・・結婚、白紙撤回だけは受け付けないぞ」

「大丈夫・・・。駄目だったらやり直せるって親にも言われたし」

 にやりと笑う私の上でがくっとうな垂れて、彼が情けない声を出した。

「・・・・ドライな意見だな。何か、君の親御さんって感じだ」

 私はふふふと笑った。そして布団を開けて、彼を中に入れる。

「今日は裸じゃないのか?」

 私の部屋着を見て、隣に滑り込みながら彼が言う。

「・・・脱がす楽しみを残しといてあげようと思ったの」

「それは」

 彼がにやりと笑った。一重の目には、既に欲望が炎みたいに揺れている。

「ありがとう」


 それからは、私は彼に文字通りにめちゃくちゃに乱されたので、終わったときには11時近かった。

 満足気な表情で隣に寝転がる彼を見て、前置きなく言った。

「私の父は大学教授で母は報道カメラマンなの」

「――――――え?」

 驚いて固まる彼に、更に言葉を続けて出した。私の個人情報一挙公開だ。

「私は一人っ子で、東京生まれのあちこち育ち。移動好きな両親のせいで引越ししまくっていた。勉強は父に、護身術は母に習った。大学生の時からここら辺でずっと一人暮らしをしている。1月23日生まれで、血液型はA型、女の親友は二人で弘美と愛子。男の親友は前に会った楠本。アクセサリーをつけるのは好きじゃない。化粧をするのは好き。果物はあまり食べないけど、野菜にはちょっとうるさい」

 彼は呆然としているようだった。

 頭を枕に沈めて、しばらく両目を閉じていた。じっとしている。

「他に、何か質問ある?」

 私の問いかけに、ちょっと待ってと手の平を見せた。

「・・・・・秘密の女神が、いきなり現実の女に変身した」

 声に笑いがこもっていた。

「秘密にしといたほうが良かった?」

「・・・いいや」

 やっと目を開けて私の方を見た。大きな笑顔で、瞳はキラキラと輝いていた。

「君の事を知るのは嬉しい」

 ゴロンと仰向けになった。

「いくらか謎が解けたしな。やたら強いのとか、その独立心のわけやイントネーションになまりがないのも」

「なまり、ない?」

「ねえな。どこ出身か判らなくて、実家が沖縄って聞いた時は本気で驚いた。沖縄の人特有の顔もしてないし」

 ・・・ふーん。そんなこと思ってたのか。

 しばらく二人で時計の秒針の立てる音を聞いていた。

「―――――俺も、兄弟はいない」

「え?」

 私は隣の彼を見る。桑谷さんは天井を見詰めたままで、呟くように話し出した。

「両親は結婚が遅かった。兄弟を作る前に親父は死んだ。俺が男の子で、母は怯えていたと思う」

 まだ見ない彼のお母さんに深く同情した。何て寂しさだろうか。

「・・・4日、ちゃんと会いに行ってきたよ。6年ぶりだったけど、元気にしてた」

 私はにっこりした。ちゃんと、行ってくれたんだ。

「どこにいらっしゃるの?私、挨拶しに行きたいわ」

「近いぞ」

 彼が告げたのは何と隣町。ビックリした。電車で1時間もかからない。

「え!?その距離で、6年ぶり!?」

「そう」

 ・・・・男って、そんなものなのかしら。そして突然、私は決心した。

「今日、連れてって」

「・・・・うん?」

 パッと布団の上に起き上がって、彼の手を引っ張る。

「結婚の挨拶に行きましょう!電話して、電話!!」

「え」

 だれて嫌がる彼を脅して起き上がらせ、沖縄にいる私の両親はともかく、近場のあなたのお母さんに挨拶もなしでは結婚しないと言い放つと、ため息をついて電話をかけていた。

 たまにしか着ないワンピースに着替えて控えめな化粧をする。口も乱暴で足癖も悪くても、一応初対面では猫を被らねば。

「・・・何か、どこかのお嬢様みたいだな」

「どういう意味よ」

 漫才みたいな応答をしながら電車で向かった。どんどん口数の少なくなる彼が緊張しているのが判った。

 窓の外を見ていた。真剣で静かな目をしていたから、私もあまり話しかけずにいた。彼は、過去と対峙しているもかもしれない。

 天気もよく、張り詰めた冷たい空気が気持ちいい冬の日だった。

 まだ松の内も過ぎてなくて、街に本当の活気が戻るのは先に思える、そんな日。

 静かな住宅街を抜けて辿り着いたのは、小さな毛糸屋さんだった。

「ここ」

 小さく、彼が呟く。

 ・・・・・毛糸屋さん?これまた、意外な。

 冬の光りの中、黄色と白のペンキで塗られた小さくて可愛いお店には、お客さんは誰もいなかった。

 狭い店の中は全ての壁が棚になっていて、そこに色とりどりの毛糸がまきつけられている。

 色の洪水だった。

 鮮やかな夢に迷い込んだかのようなその小さな店の真ん中にあるカウンターで、一人の女性が編み物をしていた。

 白髪で、白い肌にピンク色の頬、70代くらいに見えた。

 ドアが開くチリンという音で、彼女は顔を上げる。

 そして彼を見て、その次に私に視線をうつし、可愛らしく微笑んだ。


「・・・・ついに、会えたのね」


 よく通る声だった。その発声の仕方に、彼がだぶる。

「こんにちは。小川まりと申します。突然、すみません。どうしてもお会いしたかったんです」

 私が近寄って挨拶すると、すっと立ち上がって手を差し出した。私はそれを両手で包む。

 眉と口元が桑谷さんと同じだった。キラキラさせた瞳を三日月型に細めて嬉しそうに笑う。何でも見通せるような深い色をした瞳で、それは、たくさんの悲しみを経たからだと判っていた。

「あなたが息子に笑顔をくれたのね。本当にありがとう」

 桑谷さんは入口のところで立ったまま、一言も話さずに二人のやり取りを聞いていた。彼のお母さんは息子に一度目をやると、改めて私に微笑みかける。

「桑谷時江と言います。突然彰人が帰ってきたから、驚いたの。でもすぐに判ったわ。大切なひとが出来たんだって」

 そしてまっすぐに私の目を見て言った。

「・・・あなたに惹かれたのが、よく判るわ。なんて強い瞳でしょう」

 私はケラケラと笑った。この親子に必要なのは、無防備な笑顔だと知っていた。

 そして彼女の手をそっと包んだまま、少し腰を落として目線を合わせる。

「私たちの結婚を許して下さいますか?」

 小さな声で、それだけを聞いた。

 その小さな可愛らしい婦人はハッキリと頷いて、深深と頭を下げた。

「まりさん、こちらこそ、宜しくお願いいたします」





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