2、バカ野郎と対峙。@
12月が直前に迫った百貨店は、活気に満ちていた。
クリスマス商品の展開も始まっているし、売り場は既に真冬モードだ。ただし、店内は暑いので販売員は半袖だったりするんだけれど。
福田店長に12月のシフトについて相談を受けたので、ストーカーはそろそろケリがつきますし、気にせずにそちらの都合でお仕事ください、と答えた。
「そろそろ終わる?どういうこと?」
福田店長は体ごとこっちへと向けて首を傾げる。
「前科がある人間だと判ったんです。警察からも警告を受けたようですし、パトロールも増やしてくれてます」
嘘ではない。ただし、だからストーカーを止めると約束したらしい、というのは嘘だ。警察はそこまではしてくれない。
福田店長は安心したように微笑んだ。
「良かったわ、本当に。年末年始も入るから、桑谷さんと合わせられるか判らなくてどうしようかと思ってたの」
申し訳ない。頭を下げた。
「年末年始、勿論入れますから」
店長の表情が明るくなったのを確認して、休憩に行った。
店員食堂のレンジでお弁当を温めてから、携帯を開く。メールが3件。おや珍しい、と思って読むと、その後ストーカーはどうなったのか、という楠本からのメールと、興奮した弘美からのメールだった。
『楠本に聞いたよ!!あんたストーカーにつけられてるんだって?うちにおいで!!』
・・・・・・楠本め。弘美にちくったな。
「・・・・くそう。よりによって、一番の心配性に・・・」
呟いて、メールを返す。
『大丈夫、もう片付いた。婚約者とも仲直りしたし。弘美の仕事の調子はどお?ちゃんと食べてるんでしょうね?』
そして楠本にも返信。
『こら、てめえ!弘美に言ったでしょ!?あの子が一番心配性なの判ってるんでしょうが!ストーカーはもうすぐ片付ける。あんたはこっちに構わず仕事と彼女の事だけ考えてなさい』
まったく・・・と思ってもう一通をあけると、桑谷さんからで、お茶を噴出すかと思った。
『俺の部屋が火事らしい。呼び出しがあったから仕事は抜ける。いつまでかかるか判らない。また連絡する』
――――――――火事!?
・・・・あの、ほぼコンクリート一色といっていい火の気のない部屋が?
前の席に座った社員さんが固まったままの私を怪訝そうに見たのが判ったので、とにかく、とお弁当を食べ始めた。
でも味がわからなかった。
・・・・火事??
呆然としたまま何とかお弁当は食べ終わる。そこで、ハッと気付いた。
・・・・桑谷さんは帰った。私は、今夜、一人で帰るんだ。
早番だったから、6時には売り場を出た。
店員通用門で、うーん、と悩む。
まだ桑谷さんからの連絡はないけど・・・いつまでもここに居ても仕方ないしな・・・。風も冷たい。・・・うううーん・・・。
よし、と息をついた。帰ろう。そして、彼からのメールを待とう。
決めて、歩き出す。
6時過ぎだというのにすでに真っ暗だった。トレンチコートを合わせてマフラーをしっかりとまく。
寒い・・・。でもあと5分くらいで、私の部屋―――――――
その時、足音に気がついた。
ハッとして立ち止まる。
前方から響いて近づいてくる足音が、街灯の下まで来てから止まった。
「・・・小川さん、お疲れ様」
私は目を細めて、街灯に照らし出された顔を見詰める。
同じくらいの背の男が柔らかく微笑んで立っていた。
「・・・・・細川」
私の呟きに、ふふふと笑った。
「いきなり呼び捨てとは失礼だな。一応、君より年上なんだけどね」
・・・・え、マジで。と思ったけど、そんな反応をしている場合じゃない。
やっぱり見たことがあった。あの配送客の男だった。柔らかい表情で立っているけど、目が笑ってない。その目の感じにぞっとした。
「・・・今日は彼氏もいないみたいだから、出てきてみたんだ。一緒にきてほしいんだ、君に」
なんてこと。こんな時に。
そして、気付いた。
こんなタイミングがあるわけ、ない。桑谷さんの部屋の火事は――――――――――
「・・・冗談は顔だけにしてよ」
私が低く言った言葉に、男は顔をしかめる。
「・・・・本当に失礼な女だな。その顔で。一種の詐欺じゃないか?」
そして一度舌打ちをしてから、顎を上げて傲慢な顔で笑った。
「――――君の店の店長、福田さんって言うんだね」
私は表情を消した。
・・・・・何を言っている、この男・・・。
前でニヤニヤ薄笑いを浮かべたまま、男は小さな声で続ける。
「可愛い娘さんがいるんだ。小川さん知ってる?今年の新入社員で、〇〇会社に勤めている」
相変わらず小さな声でストーカー野郎は続けた。
「・・・君が来ないなら、彼女に乗り換えるよ」
有効的な脅しだ。
私はじっくりと目の前の男を睨んだ。
お得意の行動を福田店長にもしたんだろう。そして家まで着いていき、娘さんの存在を知った。多分、そんなとこ。
・・・・なんてこと。私のせいで、店長にまで。
店長の笑顔が瞼の裏に浮かんだ。
「どうする?一緒にくる、それともやめる?」
体から緊張を抜くために、そっと息を吐き出した。
「行くわ」
私の答えに頷いて、細川が近寄ってきた。
そして私に手を出して、軽く振った。
「携帯、預からせてもらうよ。犬に連絡されちゃ迷惑なんでね」
薄笑いを浮かべていた。犬・・・・桑谷さんのことか。そこで、ううーん、まあ、確かに犬っぽい、とか考えてしまった私は罰辺りなんだろう。
鞄から携帯を出してバカ野郎に渡す。
それを自分のポケットに入れると、ストーカー野郎は後ろも振り返らず歩いていく。私もほどほどの距離をあけて歩き出した。
自分のアパートを通り過ぎて、その先の今は使われていない無人の小さな倉庫へ入っていく。建築会社の倉庫だったようだけれど、会社がつぶれてからはそのままで放置してある、町の懸念案件の場所だ。
どうやって鍵をあけたのだろう。歩いていくやつの背中を睨みながら、じっと考えた。
ガランとした倉庫内を真ん中の辺りまで進んで、細川が向き直った。
「・・・君に紹介したい人がいるんだ」
小さな声ががらんどうの倉庫に響く。
隙間風が入っているのかえらく寒くて、私は少し身震いした。肩にかけたショルダーバックを握り締める。
暗がりから、男が一人出てきた。
無表情でこっちを見詰めながら近づいてくる。中肉中背で、少し長めの髪をしていて上から下まで真っ黒な服装をしていた。
特に捉え所のない特徴のない顔だった。すぐ忘れそうな。
細川が楽しそうに言った。
「こちら、ストーカーさん」
「――――――は?」
思わず出た私の声も、高い天井に反射して響いた。
細川はケラケラと笑って、ぐるんと目を回して見せた。
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