1、懺悔と護身術。


 二人でバカみたいに笑いながら、砂だらけでホテルに戻った。

 そしてシャワーを浴びて支度をし、外の海岸沿いのカフェでブランチをした。

 午後になってから下道で、運転を交代しながらのんびりと私の部屋まで帰った。

 心も洗われて、彼も明るい顔をしていた。

 だから、私は懺悔することにしたのだ。


「話さなきゃいけないことがあるの」


 部屋に着いて荷物を解き、彼がカーペットの上に座って落ち着いたと同時に切り出した。

 ゆっくりとこちらに顔をむけた彼は、あからさまに緊張していた。

「・・・・」

「・・・・」

 私も彼の前に座って向かい合う。桑谷さんの緊張が波のように襲ってきた。

「・・・えーっと、そんなにガチガチにならないで」

 私が言うと、苦しそうに彼が言った。

「頼むから、実は結婚してました、とか、離れて暮らす子供がいるんです、とか、元々男でした、とか言わないでくれ」

 ・・・・例が多いな。ってか、私は一体何なのよ!?憮然とする。私がしそうな告白って、そんなのばっかかい!!元々男でした、なんて本当笑えないっつーの。

 ムカついたから、ムカついた顔のままいきなり言ってやった。

「ストーカー野郎から電話が来て、会話をした挙句、挑発してバカにしたの」

 唖然とした顔で今度は固まった彼を眺めた。

「・・・・・・な・・・」

「な?」

「何してんだー!!」

 怒鳴りながらがばっと身を起こした桑谷さんに揺さぶられる。

「・・・・ええーっと・・・はい、すみません・・・」
 
 がくがく視界が揺れてたけど、私は我慢して一応謝った。一応ね、一応。

「いつ」

「・・・昨日」

「電話があった?」

「はい」

「細川から?」

「そう」

「・・・・・何で言わねーんだ」

 あ、怒っちゃった・・・・。私はため息をつきながら肩をすくめる。あーあ、やっぱり怒ったか・・・。

 ま、予想通りと言えばそうなんだけど。

 今や不機嫌極まりない顔をして私を見下ろす桑谷さんを見て、もう一度ため息をついた。

 そして、仕方ないから説明することにする。

「もううんざりだったから、自分で突破口を開こうと思って」

「あん?」

「・・・・挑発にのってくれたら、一気にかたがつくかなって」

 瞳を細めて、怒気を発していた。その彼が低い声で言った。

「・・・・細川が挑発に乗って、君を襲ったらどうするんだ?」

 私は無邪気な顔を作って答えた。

「勿論、逃げるのよ」

 すると彼は口を歪めて、皮肉に笑った。そして吐き捨てるように言ったのだ。

「・・・・逃げる?気が狂った男から逃げる?―――――――やってみろよ」

 そして次の瞬間、いきなり私を押し倒した。

 凄い勢いで拘束され、私の両手は頭の上で彼の片手に結ばれる。体重をかけて乗られて身動きが叶わなかった。

 倒れこんだ私の顔の間近に自分の顔を寄せて、眉間に皺をよせた彼が口元だけで嗤った。

「・・・襲われるっていうのは、こういうこともあり得る。さあ、どうやって逃げんだ?」

 私は手首の痛みに顔を顰めながら、不機嫌で凶暴化した彼を見上げて言う。

「・・・・可愛い子ぶったらいいの?」

 彼は目を細めたままで、しばらく止まった。そして怪訝な顔で聞く。

「どういう意味だ?」

 私は両腕に力を入れたり体を捻ったりしてから、無理、駄目、などと言って、それから彼を見上げた。

「―――――――・・・今のが可愛い子ぶる?」

「そう」

 彼は首を少し傾げて言った。

「・・・・ってことは、本来の君なら?」

「やってもいいの?」

「勿論」

 私はにっこり微笑んだ。

「じゃあ、あなたも本気を出して襲ってみて」

 彼は眉をひそめてしばらく私を見下ろしていたけど、いきなり私の両手首を押さえつける片手の力を強くした。

 そして空いているもう一方の片手で私の体中を触りだした。

 体重をかけて乗り、私の首筋を舐める。

 襲われるってシチュエーションだけあって力づくの無理やりで、不快感で全身が総毛だった。

 でも、どんな時でも一番大事なのは平常心で目的を達すること。

 私は歯を食いしばって意識から彼の手の動きを遮断し、集中した。

 そして、ガッチリ捕まれている両手首を、気合と共に力をいれて反対に回した。

 くるんと手首が回って、彼の片手では掴んでおけなくなった。

 ハッとして、私の首筋に埋めていた顔を上げた桑谷さんに、思いっきり頭突きをかます。

 それは顎に命中し、くぐもった声を上げて彼がのけぞる。

 そのまま今度は自由なった両手を体の横まで下げて、肩を突き上げた。体の関節は非常に武器になる。

 これは桑谷さんの左頬に命中。

 ついに上半身を起こした彼の頭めがけて渾身の力で右の拳をふるった。

 ガキッといい音がして、ついに彼が私の上から落ち、顔を両手で抑えたまま横に転がって呻いた。私はさっと立ち上がって左手をだらりと下ろしたまま腰を屈めて構えた。

「ま――――・・・待て!・・・ちょっと、タイム!」

 両手で顔を押さえたまま彼が切れ切れに叫んだ。

 私は少し上がった息を整えていた。

 左手首が激しく痛い。急がなければ。私はテーブルに近寄り、テーブルに左手を置くと気合と共に力を入れて強く押した。

「うっ・・・!!」

 鈍い痛みが手首から肩までを這い上がった。全身から汗が出るのを感じる。ああ・・・痛い。

 うわあ〜・・・と言いながら床に転がっていた彼がヨロヨロと起き上がって頭を振った。そして私のすることをじっとみていた。

 私は顔をしかめながらゆっくりと左手首を回す。

 ・・・・・大丈夫、ちゃんと入ったみたい。

「・・・何してんだ?手首、痛めたのか?」

 私は呼吸を戻して答えた。

「外した関節を入れたの。もう大丈夫」

 目を見開いて、彼が固まった。

「・・・関節、外したのか」

「そうすれば手が自由になる。大丈夫、ちゃんと右手は守った」

 普通に話す私を呆れたように見て、いや、そうじゃなくて・・・と呟く彼に近づいた。

 顎と顔の左側が腫れている。

「ごめんね、痛かったでしょう」

 謝ると、彼はひらりと片手を振った。

「・・・・大丈夫だ。驚いたけど、今考えたら君が手加減してくれたのがわかったし」

 そして自分の鼻を指で弾いた。

「本当は、ここを狙うんだろう?」

 私はひょいと肩をすくめた。

「あなたは警備会社にもいたのよね、お見通しか」

 人間の弱点の一つである、鼻。ここを潰すと簡単には血は止まらない。しかも、激痛を伴う。

 彼は苦笑して、両手を開いて後ろに倒れこんだ。

「・・・だが、このザマだ。おめでとう、君は無事に逃げ切れた」

「女相手で油断したんでしょう?男相手なら、あんなことにはならないと思う」

 すると桑谷さんは顔だけを起こして首を振った。

「相手を見くびってちゃんと備えてないのが一番駄目なんだ。それに、俺は別に手加減してない」

 褒め言葉として受け取っておくことにした。

「・・それは、どうも」

「参考までに聞くが、あの後どうするつもりだったんだ?俺がギブアップしなければ」

 私は彼の股の間を指差した。

「潰れるまで踏みつける」

 彼は痛そうに顔を歪めて、小さく悲鳴を上げた。そして守るようにうつ伏せに転がる。

「・・・あぶねー」

 私は鼻で嗤って言ってやった。

「女を襲おうとかする男にはそれ位しないと。神社で斎に襲われた時も、チャンスがあればそうしようと考えてたのよ」

 桑谷さんが脱力した。

「・・・そこを、俺が邪魔したんだな」

「助けて貰ったと思ってるわよ」

「・・・どうも」

 拗ねたようだ。まったく、男は面倒臭い。

 斎のバカはただ単に私を襲ったわけではない。殺そうと思っていて凶器まで持っていたんだから、あの時桑谷さんが来てくれたのは本当に有難かったのに。

 でも一々説明するのが面倒だった。

 私は左手をぶらぶら振って痛みがないのを確かめながら言った。

「ストーカー野郎に無駄口叩いたのは謝ります。でももう我慢の限界だったのよ」

 出来れば、一対一で対峙したかった。そしてさっさとケリをつけて、彼を取り戻したかったのだ。

 うつ伏せのまま肩ごしにちらりと彼がこちらを見た。

 そして、長いこと目を伏せて考え込んでから、おもむろに立ち上がった。

「・・・確かに俺もうんざりだ。これから繁忙期が始まるのに、狂人に構ってる暇はない」

 桑谷さんは台所に行って氷水をビニール袋に入れ、腫れたところに当てる。そしてそのまま話していた。

「詳しい作戦を立ててくるよ。実はもう、種蒔きは終わってるんだ。あとは、開始するだけ」

 え?と私は彼を見詰めた。

 種蒔きって、どういうこと?一体何が始まってるって?

 クエスチョンマークを頭の上に打ち上げた私を見て、桑谷さんは軽く笑った。

「俺と昔のパートナーが、この1ヶ月何もしてなかったわけじゃない」

 ・・・・何だって??と思って私は目を開けた。ニヤニヤしている彼に向かって言った。

「次はちゃんと私もいれて頂戴。でないと・・・勝手に動くわよ」

 彼は頷いた。想定内の事なんだろう。

「判ってる。勿論そのつもりだ。君を放っておくと危なっかしくて仕方がないからな」

 氷嚢を持ったまま私の前に来て、改めて向かい合った。

「じゃあ、話すよ。質問は最後にまとめてにしてくれ」

 私は頷いた。若干緊張していた。

 私の拳も氷で冷やしながらじっとして話を聞く。

 話は夜の11時までかかり、後は桑谷さんが出かけてしまって私は眠った。

 彼がいつ帰ってきたかは知らない。

 でも、朝起きたらちゃんと横で寝ていた。


 私は守られているんだ、と心の底から思った。






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