1、鳥かごの中の私。



 11月に入って、桑谷さんは私の部屋に完全に移住してきた。

 そして出来る限りシフトをあわせ、行き帰りの時間もあわせるようにした。

 楠本が帰った後、10分くらいで戻ってきた桑谷さんは、楠本が帰ったと聞くと、真剣な顔して私に言った。

「凄く綺麗な顔してたなー。失礼だとは思ったけど、俺ついまじまじと見てしまった。あんな格好いい男と友達で見慣れてるなら、守口といても平然と出来るわけだよなって納得した」

「・・・斎とはタイプが違うイケメンだけどね」

「モデルか何か?でもスーツ着てたな」

「サラリーマンよ。保険会社に勤務してる」

 へえ、何か勿体無いような気がするな・・・と呟いて、しかも、と続ける。

「俺より背が高かった」

 ちょっと悔しそうだったのが笑える。

「あー・・・186センチだったかな、アイツは」

 私が言うと、それで更に小顔だなんて怖いものなしだな、なんて変なコメントをしていた。

 そんなことを私が彼の晩ご飯を作っている間に話し(楠本は結婚式の招待状を持ってきたんだよと教えると、彼がホッとした顔をしたのを見逃さなかった)、食べた後、今までの説明をして、これからの対応を話し合ったんだった。

 そこで、桑谷さんが言ったのだ。

「今日から俺もここに住む」

 予想していた言葉だったので、仕方ないから私は頷いた。あーあ、身軽で気軽な独身生活よ、さようなら。

 そして、このアパートの郵便受けが見える辺りにカメラを設置すること(無許可だから違法だ)、細川の情報を警察に流すこと(生田刑事だと思う)、私の個人行動の禁止(ムカついた)、護身術の習得(面倒くせー)を宣言していた。

 出来るだけ気にせずに普段の生活をするしかない。

 でも四六時中彼と一緒にいなきゃと思うと、本気でうんざりした。

 ・・・結婚したってこんなにいつも一緒にいないでしょ・・・。

 ムカつきは日々溜まっていき、毎日のように郵便受けに入ってる白い封筒の数が増えていくのを見ていたら、発狂するかと思った。

 手紙は少しずつ、日記みたいになっていった。


「まりさん。

 今日の服装は気に入ったな。

 彼氏と住むことにしたんだね。

 君は彼の過去を知ってるの?」


「まりさん。

 今日は美味しい蕎麦の店を見つけた。

 今度一緒に行かない?

 誘いにいくから頷いてくれ」


「まりさん。

 そろそろ僕を受け入れてくれた?

 声をかけようかどうかで悩んでるんだ。

 かけたら、笑顔をみせてくれるよね。

 君は冷たい女じゃないだろう?」


「まりさん。

 今日も君を眺めていたよ。

 せっかく美人なのに、イライラした顔しちゃ台無しだよ。

 僕がそばにいたら笑わせてあげるのに」


 郵便受けは桑谷さんが開ける。ストーカーからの手紙は私が不安になるからと見せてくれなかったけど、彼がお風呂に入ってる間に偶然見つけて読んだ。いや、訂正。正直にいうと、私は探し出したのだ。だって敵を知らずにどうやって攻撃に備えるの?

 ・・・・・不快だ。イライラさせてんのはあんただっつーの。てめえがそばに来たらぶちのめしてやるってーの。笑顔なんか、お前に見せるか、バーカ。

 もし目の前に来たら、ピンヒールで急所を踏みつけて4発以上は殴ってやる。私が鳥かごの中の鳥状態なのは全部このくそ野郎のせいだ。

「それ、握りつぶすのやめてくれ」

 いきなり後ろから声がして、飛び上がった。

 振り返ると、上半身裸でタオルを首からかけた桑谷さんが、居間の入口からこちらを見ていた。

 驚いてドキドキする胸を押さえて固まってたらやってきて、私の閉じた手の中から手紙を抜き出した。

「証拠だ」

 そして、引き出しにしまった。

「・・・・私、イライラしてるの」

 彼は冷蔵庫から水を出してラッパ飲みする。

 そして振り返り、頷いた。

「判ってる」

「何とかならないの?自分の時間が全くない。もう、キレて暴れだしそう」

 唸りたい気分だ。それか、食器を全部床に叩きつけるか。とりあえず、側にあったゴミ箱を蹴っ飛ばした。

  桑谷さんは黙ってしばらく見詰めた後、呟くように言った。

「・・・風呂でも入ってリラックスしてみたらどうだ?」

「やかましい」

 私の返答にため息をついて、彼は自分の鞄から何かを出した。

「これ」

「何?」

 あまり鮮明ではない画像の写真だった。うつってるのは、うちのアパートの1階郵便受けだ。

 防犯カメラの映像か、と判った。

 男が一人うつっているのが、違う角度で3枚あった。

 目を細めてじっと見る。

 ・・・・・どこかで、この顔・・・・。

 写真から顔を上げて目を閉じる。私、この人知っている。

「まり?」

 問いかける彼に、待ってと手の平を見せて集中する。

 思い出した。そうだ、あの日は暇で、売り上げもなくて、田中さんと話していて―――――竹中さんが、変な客がいるって言った時だ。

 ・・・・私を、探していたのか。だから売り場をうろうろしていて、目立ったのだ。

 そして、見つけた。

 3000円のお菓子を買った。・・・・配送で。

「ああ、成る程」

 呟いた声は聞き逃してなかったらしい。私から視線を外さないで桑谷さんが指を振って促した。

「配送だったのよ、この男。私が接客した。配送伝票には、売り場の名前も電話番号も入ってる。販売員の名前もね」

 彼も頷いた。これで私の名前を知っているわけが判った。

「それに、熨斗をつけた。上書きはなんだったか忘れたけど、紅白の熨斗。下に名前をいれてって言った。だから名前を確認して―――――」

 その時に、フルネームを見たんだった。

 細川政也って、確かに書いた、私。

「電話の時、何かが引っかかったのは、名前だったんだ・・・。覚えがある名前だったのか・・」

「・・・どこへの配送だったんだ?」

「そんなこと覚えてるわけないでしょ。半月も前の客の配送」

 桑谷さんは肩をすくめた。

 ま、それは明日売り場で控え伝票で確認すれば済む話だ。

 とりあえず、相手の顔が判った。これで近寄る人近寄る人全てに疑いを持つ必要がなくなった。あの、若く見えた声の小さな男を警戒すればいいのだから。

 ようし、思い出したぞ、お前!

 私が口元を緩めたのも、しっかり見ていたらしい。

「こら」

 と、彼が私の頭に手を置いた。

「・・・何かよからぬことを考えただろう、今」

「ん?」

 既に目を細めて不機嫌な顔をしている彼を見上げた。

「・・・私が笑うのは何かを企んでる時なわけ?」

「今の顔は、そう」

 するどい。ってか、よく見てる。・・・・とりあえず、逃げよう。

「さ、気分を変えてお風呂入ってこようっと」

 パチンと手を打って、くるりと体を回転させて風呂場へ向かう。

 だけど一瞬早く、桑谷さんが私の腕を掴んで引き止めた。

「・・・今まで君にヤツの写真を見せなかった理由を汲んでくれ。一人で何かしそうだったから見せなかったんだぞ」

 背中から斜めに彼を見上げて、平坦な声で言った。

「凄い信用ね、私」

「日ごろの行いだ」

 何だそれ。ムカつくぞ。むすっとして不機嫌な声で返す。

「じゃあどうして見せたの」

「ストレスで爆発されてまた姿をくらまされたら、余計に事が複雑になる」

 彼は低い声で付け加えた。

「・・・俺の身ももたない」

 まあ、その点に関しては私は前科があるわけだし。そう思って肩をすくめる。でもあれは、この男を手に入れたかったからで、ストレスで爆発しかけていたからではない。

 捕まれた腕を振り払って、体を向けた。

「もうあなたの前から消えたりしない」

 じっと見ていた。いつもの冷静な瞳だった。暫くしてから、やっと頷いた。

「・・・オーケー」

 ポン、と彼の裸の胸を叩いて、気軽に言った。

「じゃ、お風呂入ってきます。服着ないと風邪引くわよ、責任者」


 風呂の中で、一人作戦会議だ。


 着替えを取りに寝室に行く私を、まだ不安そうに彼が見ているのが判っていた。






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