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 私は一つ咳払いをして、追加の説明を述べた。

「・・・桑谷さんは私に結婚を申し込んでくれている奇特な人。楠本は、私の男の親友」

 しばらく間があったけど、その後楠本が、お前も結婚するの!?と笑って言って、その場の空気がやっと溶け出した。

「・・・・友達・・・。すみません、楽しくやってるところにいきなり飛び込んで」

 桑谷さんが、痛そうな顔をして自分の頭を叩いた。そして、ビール瓶や缶ビール、お菓子の包装紙や食べ散らかしたお皿の山などで荒れた居間を見回す。

 座りなおした楠本が、いえいえと手を振った。

「ちょっと飲みすぎてて、いい酔い覚ましになりましたから」

「――――で、騙されたって、誰に?何だっていきなり飛び込んできたの」

 ようやく落ち着いた心臓を慰めて私が聞くと、水貰うぞ、と言って彼は冷蔵庫を開けに行った。

「電話が来た」

「ん?」

「お前の部屋に男が入って、よろしくやってるらしいけどいいのかって」

「・・・はい?」

 思わず楠本と顔を見合わせた。同時に意味を考えたらしく、これまた同時に大ブーイングをかました。

「うぎゃああー!!やめてよおおおおおお〜!!有り得ない!こいつとは有り得ない!!」

「ないないないないないです。何があってもそれだけはない」

 桑谷さんは水を飲むのも忘れて、うぎゃあ〜気持ち悪い〜、だの、マジで勘弁してくれ〜だのと転がって嫌がる二人を見ていた。

「・・・・・何もないのはみて判ったけど」

「あるわけない!一体誰よ、そんなことわざわざ電話して言ったのは!?」

 桑谷さんの静かな声は、小さかったけどよく聞こえた。

「・・・細川。例の、ストーカーだ」

 ぎゃあぎゃあ騒いでた私たちが、同時に止まった。

 楠本は怪訝な顔してこっちをみている。

「ストーカー?」

 私は楠本の顔の前に手を出して、ストップ、と言った。

「説明長くなるのよ。それで――――」

 桑谷さんの方を向く。

「あなたに電話が掛かってきたの?携帯に?」

「・・・いや、百貨店だ。俺宛に。どうして判ったのか謎だ。そして、ヤツが君のことを知っていたのにぞっとした。君の携帯にかけても繋がらないし、電話の内容はともかく、もしかしたらヤツがここにきているのかと思って仕事放り出してきた」

 はあ、成る程ね。私の売り場にもかけてきたんだから、桑谷さんが鮮魚で働いてるのを知ってれば、それは可能よね。なんせ百貨店には便利な電話交換手がいるんだから。

 そして、携帯は台所の引き出しにしまったままだった事を思い出した。

 一人頷きながら、私が言った。

「別に謎じゃあないわよ。あの男、私に接触してきてるもの。手紙と、電話で」


 男二人が同時に顔を上げてこっちを見た。

 非常に真面目な顔で。


「・・・接触?ストーカーと?」

「手紙と電話って何だ?知らねえぞ」

 二人の声を聞いて、私はぐるんと目を回した。

 ・・・・ああ、しまった。大量のビールで今思考回路がめちゃくちゃなんだった・・。

 最悪のパターンでばれてしまったらしい。

 綺麗な顔ゆえ機嫌が悪くなると凄みが増す楠本と、獰猛な瞳で威圧感を出して見詰める桑谷さんを目の前に、私はため息をついた。

 ・・・・やば。どっちも、怖い顔してるわ・・。

「あ―――――・・・」

 手をヒラヒラと振って、出てこない言葉の間埋めをした。今や真剣な顔をして、男二人が私を見ている。

「そう。だから、手紙が入ってたのよ」

 私は立ち上がり、少しふらつきながら台所と居間のしきりに使っているチェストの引き出しを開け、白い封筒を二通とも取り出した。

 それを受け取って開きながら、桑谷さんが聞く。

「いつ、どこに」

「・・・・えーっと。たーしか、約1週間前と、一昨日。封筒に日付書いたから見て。うちの郵便受けに入ってた」

 眉をしかめて手紙を読む桑谷さんの様子を見ながら、今度は楠本が口を出す。

「電話は?」

「・・・一昨日。デパ地下のうちの店の電話に。小川さんいますかって」

「――――――聞いてねえな」

 ぞくりとするような桑谷さんの低い声が聞こえた。

 ハッとしたように楠本も振り返る。

 ・・・・彼がキレかけている。

 だけどここでいつもみたいに軽口や無駄口を叩けば、今度は生真面目な楠本がキレかけるに違いない。

 私はため息をついて、急に痛み出した頭を片手で抑えた。

 仕方ないからマトモに答える。

「一昨日は何度電話してもあなたの携帯には繋がらなかった。百貨店から走って帰ってきて、私は無事だった。帰ってきたらまた郵便受けに手紙が入っていて、あなたにメールしようと思ったのよ。でもこいつからも――――」

 と、楠本を指差す。

「メールが来てて、今日の楽しい計画を立ててる間に後回しになっちゃってたの」

 1週間前にきていた手紙については黙殺した。連絡を取ろうとしなかったことが今ばれると更に面倒臭いことになる。これ以上はごめんだ。

「後回しにするようなことじゃねーぞ、まりっぺ」

 不機嫌そうに言った楠本を見て、桑谷さんがありがとうと言うように頭を下げた。

 そして私をじっと見詰めた。

「・・・つまり、俺と君が百貨店で働いているのもバレてるし、君が俺の彼女なのも、ここに住んでるのも、名前も店も全部あいつは知ってるって事なんだな?」

 彼の言った言葉を反芻して、頷いた。

「そうね」

 盛大なため息が聞こえた。

 一度強く頭を振ってから、桑谷さんは私を指差して言った。

「部屋からは出ないでくれ。俺は一度百貨店に戻る。次戻ってきたら、初めから全部話して貰う」

 私は頷いて、右手を高くあげてはーい、と返事をした。

「バタバタと本当にすみません。せっかく気持ちよく飲んでいたところに割り込んで」

 楠本の方を向いて謝る。

「大丈夫です。イマイチ、何がどうなってるのかが判りませんが。・・・こいつは何か危ないことになってるんですか?」

 楠本がチラリと私の方をみる。

 桑谷さんが苦しげな表情をした。

「・・・まだ、何とも。でも彼女に降りかからないように最大限の努力をします。これは全部俺のせいなので」

 とにかく一度失礼します、と会釈をして、来た時と同じように一瞬で桑谷さんの姿は消えた。

 しばらく二人で呆然としていた。

「――――――水、くれよ」

 楠本のハスキーな声が耳を打ってビクッとした。

 切れ長の瞳を細めて、彼が見下ろしている。酔いは完全にさめたようだった。

「そして、俺にも説明してくれ」

 声には決意が感じられた。話を全部聞いて納得するまでは帰らないつもりだと判った。

 床に転がっている空き瓶を足で蹴って、私は長い長いため息をついた。


 あーあ、宴会は終わりだ。


 そして、コーヒーを淹れるために立ち上がった。



 この春からのことを話すのは面倒臭いので斎の話は端折って、ストーカーが出所したところから話をした。

 楠本はじっと聞いていて、一度も口を挟まなかった。

 肌で感じられるくらいの集中力だった。何と言うか、さすがエリートの元スーパー営業だ。

 「・・・・俺の家に来ないか?」

 最後まで話したあと、私がとりあえずこんなとこと言うと、楠本が低い声で言った。

 私は即答する。

「やだ」

「俺は彼女の部屋にうつってもいい。とりあえずここから離れたらどうだ?」

 首を振った。

「アイツはストーカーなのよ。またつけられて結局居場所がばれて、次にあんたや彼女まで標的になったらそれこそ悪夢だもの」

 虚をつかれたような顔になった。そして、そうか、職場がばれてるんなら同じってことか、と納得したようだった。

「大丈夫よ。桑谷さんは、今日の事で間違いなく怒った。彼は元プロでそんなことばかりしてたわけだし、ラッキーなことに職場も一緒。離れないようにするから」

 笑顔で言ったが、まだ微妙な顔をしたままで楠本は私を見ていた。

「警察にいけよ。今から、俺がついていくから」

「嫌よ。これだけじゃあ警察は何も出来ない。せいぜいここら辺のパトロールを増やしてくれるぐらいで」

「・・・・俺達の結婚式で、お前の訃報を聞くのは嫌だぞ」

「勝手に殺すなっつーの」

「マジで心配だ」

「おや、それはありがとう」

 舌打ちをした。眉間に皺をよせて、楠本が睨んだ。

「お前が無鉄砲なのを知ってるから言ってんだ。頼むから、一人で対処しようなんて思わないでくれ」

 ・・・何でバレたんだろう。一人で何とかしようと思ってたの。ううーん、さすが、長年の友達は違うぜ。これで斎の話なんかしたら長い説教くらうに決まっている。絶対、こいつには内緒にしておかなきゃ。

 私が一人で決心していると、コーヒーを飲み干して楠本が立ち上がった。

「悪い、千尋と約束してるから帰る。もうすぐ彼は戻るのか?」

 時計を見た。夜の9時。楠本を振り向いて頷いた。

「彼氏と是非今度一緒に飲みたいと伝えてくれ。くれぐれもお前のことを頼まないと」

 そう言って、楠本はにやりと笑った。

「頼もしそうだし、いい男じゃないか。離すんじゃねーぞ」

 私は無言で構えていきなり拳をふるった。間一髪でそれを避けて、あぶねーと文句を垂れる友達を眺める。

「やかましい。あんたも折角捕まえたマトモな女、大事にしなさいよ」

 また、にやりと笑った。そんな姿さえも格好のいい男だった。

 玄関先で手を振って別れる。

「じゃあね、来てくれてありがとう。途中までは、本当に楽しかった」

「おう、久しぶりだったな。気をつけてくれ」

 私のおでこのラインにある彼の肩を叩いて送り出した。

「トマトちゃんに宜しく〜」

 楠本は大きく笑って階段を降りて行った。

 それを見送って、周囲を見渡す。

 この暗い街角の片隅に、今も潜んでこちらを見ている男がいるかもしれないのだ。

 私は少し微笑した。

 大丈夫だ、負けやしない。


 そしてドアを閉め、ちゃんと鍵も二つかけた。






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