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 そして白い封筒を手にした。

 片手でペットボトルを傾けて直に水を飲みながら光にかざすと、紙が一枚入ってるだけらしかった。

 ・・・ダイレクトメールの新しい送り方?少し首を捻ったが、大して躊躇もせずに開けて中の紙を取り出した。

 見た目も内容もシンプル。


 目で追ったけど、最初は文字の意味が理解出来なかった。

 2回ほど読み返して、それから紙をテーブルに置く。微かに震えた指先を、もう片方の手で包んでこすった。

 罫線も入ってない白いだけの紙に、ボールペンで書かれた細い字。


 「小川まりさんていうんだね。美人だね。気に入ったよ。これから、よろしく。」



 内容にも差出人の名前はなし。

 でも判った。一瞬で理解した。これは―――――――――


 桑谷さんを追いかけている、ストーカー野郎だ。



 勿論確信はない。

 彼との件とは全く別に、町で変態に目をつけられただけかもしれない。そして後をつけられて、アパートを知られたのかもしれない。

 だけど、きっとあのストーカー野郎だろう。

 手紙の、「これから、よろしく」に悪意を感じた。

 ・・・どうして私が判ったんだろう。桑谷さんはかなり気をつけていたし、百貨店の人間も、全然知らない人に聞かれたところでアイツの彼女はあの子です、なんていうとも思えない。

 どうして、私が桑谷さんの彼女だと判ったんだろう・・・。

 確かに、最初に桑谷さんが巻き込まれてから2週間ほど経っていた。向こうが本気なら、そろそろアプローチがあっても言い頃だとは思っていた。

 そしてこれは、あからさまな宣戦布告だ。

 大体この男はストーカーなのだ。仕返しするなら自分の一番得意なことでするに決まっている。自分を警察に渡した男への復讐は、その男の大事な女を付けねらうこと、と考えるのは、ありそうな話だ。

 手紙は元通り折りたたんで、封筒に入れた。そして白い封筒に黒いペンで今日の日付を書く。

 ストーカー被害にあったらまず、いつ、どのようなことがあったかを記録しろ、は常識だ。

 ご飯を食べている間もお風呂から上がっても、これを桑谷さんに言うかで悩んだが、眠気が勝って、結局メールは打てないまま寝てしまったのだった。

 朝、テーブルに置いたままの手紙を見ながら朝食を食べた。

 ううーん・・・と悩む。

 手紙を郵便受けに入れたんだから、部屋の場所はわかっているんだろう。そして私の外見も、名前も判ってるんだろう。

 でも外見はともかく、どうして名前まで判ったんだろうか・・・。郵便受けがこじ開けられてた跡はなかった。他の郵便物の宛名を見たとか?それにしても・・・。

 ま、とにかく桑谷さんにメールだけでもしときましょうか、と思って充電していた携帯を取りに寝室へ行った。

 そしてディスプレイを見ると、新着のメールを一つ発見する。

 おおお〜!!楠本!!

 男の親友の名前を見て、その興奮と喜びに、ストーカーに見つかったなんて気持ち悪いことも吹っ飛んでしまった。

 来週の水曜日は都合良い?とのメールにオッケーと返信を送る。

 11月に入って最初の水曜日は、懐かしい友達に会える。後4日で、30歳になった楠本に会えるのだ。そう思って機嫌よく出勤準備をしていたら、桑谷さんにメールをするのを忘れていた。

 百貨店の北階段を降りながら思い出したけど、また夜に会えるからと結局メールはしなかったのだ。

 確かに、それは私の不注意だった。



 月曜日、お昼の休憩で店長が売り場を出た後、珍しく売り場の電話が鳴った。

 ギフトセンターからの注文や、自社の営業さん、他の百貨店のうちの店からの商品の借り出しなどでこの電話は使うが、たまにお客様からの電話もある。

 閑散期に鳴るのは珍しいから、てっきり営業さんからだと思って電話を取ると、交換手がお客様からです、と告げたから、少し緊張した。

 ・・・・なんだろ。クレーム?配送の訂正?電話での注文?呼び出しを待つ3秒くらいの間にだだーっと色々考えた。

 どうぞ、と交換手の声がしたので、笑顔を作って受話器に話す。

「お待たせいたしました、〇〇百貨店、桃源堂です」

「・・・えーっと・・・小川さんて販売員の方、いますか?」

 男性、結構高い、でも知らない声、と頭で考えた。自動的に返す。

「はい、小川は私でございます」

 すると相手は黙った。

 私は首を傾げて受話器を持ち直す。

「もしもし?」

 沈黙の向こうで、微かな気配がした。笑った、と思った。すると小さな声が聞こえてきた。

『・・・・小川、まり、さん?今日は出勤なんだね。僕は細川と言います』

 頭の中で、何かが掠った。

 正体の判らないその情報を、もどかしく思いながら、私は普通の声で応答する。

「細川様。私が小川ですが、何か御用でしょうか?」

『別に用はないんだ』

 私は眉間に皺を寄せた。

 ――――――まさか、この男。

「・・・失礼ですが、どこかでお会いしましたでしょうか?」

 つい、慎重な声になった。それでもまだ、お客様である可能性があるから下手な応答は出来ない。無意識に受話器をきつく握り締めていた。

『・・・覚えてないんだね。細川政也って名前なんだけど。―――――そう言えば――――』

 一度言葉を切って、更に小さくなった声で、こう言った。

『・・・・手紙、読んでくれた?』

 プツっ――――――――・・・・


 私はじっと突然切れた電話を見詰める。受話器をそろそろと耳から離して、ゆっくりと電話に戻した。

 ・・・間違いない。

 鮮魚売り場の方へ視線をめぐらす。そこに、今日が休みの桑谷さんの姿はない。

 ・・・・こいつ、あの、ストーカーだ。



 自分の休憩時間になると、バックヤードに入るや否や桑谷さんに電話をかけた。

 しかし間の悪い時というのはあるもので、彼の携帯からの応答は「現在電波の届かない場所にいるか、電源が入ってません」というアナウンスだった。

 もしかしたら、彼はストーカー野郎について調べたりで動いてるのかもしれない。

「あ」

 そういえば、あの手紙の事をまだ言ってなかった、とその時に気付いた。2日間もあったのにいいいいいい〜!ハリセンがあれば、自分の頭を殴りたい。

 ・・・・・今朝だったら、きっとメールも通じたんだろう・・・。あああああ・・・前振りだけでも、しとくべきだったわ、バカな私。言うだけでも言っていたら、彼は私から離れたりしなかっただろうし、携帯もすぐに通じたはず。

 この夏は4回も死に掛けたのに、やはりバカはバカのままなのね。そして私はバカなのね。凹んで、店員食堂のテーブルに突っ伏す。

 気持ちの悪い電話・・・。でも、何かがあった。私あの時、何かを感じた。

 ちりちりと音を立てて、自分の記憶が何か言っていた。

 ううーん・・・と考え込んだけど、一体何に反応したのかが判らない。

 ため息をついて、とりあえずとお弁当を開いたけど、食欲はなくなってしまっていた。

 職場に電話まで・・・。部屋はもうバレてるわけだし、今日は遅番で、帰りは暗い。

 昨日から11月に入って、風もいきなり冷たくなったし、帰りは勿論真っ暗だ。

「・・・・どうするべ」

 頭を抱えた。うーん・・・帰りまでには桑谷さんに電話も通じるとは思うけど・・・。相手には知られているのに、こっちは相手の顔も知らない。これでは気をつけようがない。

 ・・・・畜生。まだ見ぬストーカーを口汚く胸の中で罵って、携帯を閉じた。

 でももう仕方がない。既に部屋は知られている。今日いきなり接触してきたわけは判らないけど、これで私も警戒すると考えるのが普通だ。一般的な女性なら、気持ち悪い手紙を貰ったあとに気持ち悪い電話を貰ったならば、警察に届け出るだろうし。まあ私はしないんだけど。とにかく、桑谷さんと話すまでは行動が出来ない。

 桑谷さんに電話はするけど、普通に帰る、と決めた。いつもより気を配って、百貨店を出てからは部屋までダッシュしてもいい。

 どんどんムカついてきて、私は音を立てて弁当箱を閉めた。

 ストーカーのバカ野郎!来るなら今晩来てみろ――――――――――八つ裂きにしてやる。


 ところが、何と言うことか、夜になっても桑谷さんの携帯には通じなかった。

 普段こんなにマメに連絡することがないから、普通がどうなのか判らない。だけど、今日は真面目に困った。

「・・・・うーん・・・」

 ロッカーで着替えて、そのまま座り込む。

 どうしようかなあ〜・・・。やっぱり、家まで走る?元々単身者が多いアパートで、皆帰りの時間も違うみたいだし、他の住人と共に帰宅ってわけには行かない。

 ・・・・面倒臭い。

 しばらく考えたけど名案は浮かばない。もういいや、と膝を叩いて立ち上がった。

 私の貴重な時間をどこの誰とも判らないバカ野郎に潰されてなるものか。

 証明書を出して通用口を通る。しばらくは明るい道だし、怖くもなんともない。

 後ろからいきなりナイフで刺されるとかでなければ、どうにでも出来るだろう。

 ・・・ナイフ・・・から連想して、斎のバカに神社でナイフを突きつけられたことを思い出した。畜生、あのバカ男。記憶からは中々消えてくれそうにない。

 イライラしながら早足で歩いていたら、すぐにアパートについてしまった。

 周囲を確認してから郵便受けを見ずに開けて、中のものを取り出し、ダッシュで自分の部屋に入った。

 鍵を二個かけてチェーンもかけて、やっと一息つく。

「・・・はあ。無事、到着」

 まったく・・・と思いながら、居間に行く。いつものように郵便物をテーブルに投げて・・・そこで、気がついた。

 また、夕刊の間に白い封筒を見つけた。


 「小川まりさん。

 今日は電話で話せてよかった。

 君は美人だけど、声もいいんだね。

 好きになってしまいそうだよ。

      細川」


 前回と同じ罫線のない白い紙に、ただ、書いてあった。ただし、今度は名前入り。

 これと前のヤツを警察に持っていっても、何の罪にもならないことは判ってる。

 斎の事件でお世話になった生田刑事にでも相談だけしてみる?と考えて、それよりも何よりも、桑谷さんだわ、と思ってもう一度携帯にかけてみた。

 次は電波は通じたけど、いつまで経っても応答はなかった。

 クッションに携帯を投げて膨れる。

 ・・・・必要な時にいてくれなきゃ意味ないじゃん。





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