4、飲んだくれの新年会



 正月が来た。

 俺は実家に戻っていて、今日は楠本さんの家へ集まる日だから久しぶりに朝から起きている。

「孝太、これもってけ」

 親父が吟醸酒を差し出したから、有難く頂く。

 普段は車での移動が多い俺たちはあまり飲まないようにしているが、施策の旅行と正月は浴びるほど飲むと決めている。

 浴びるほど飲まないと、頭の中のアポ取り作戦とか保険設計書とか苦情処理とか支部長との対話とか先月保険料が落ちてない客のフォローとかを完全に追い出せないからだ。

 地方に赴任した稲葉も休みで戻ってるから顔を見せると聞いているし、ついでにということで表彰常連メンバーで集まることにしたのだ。プライベートで集まることは滅多にない。

 女性がいなくてもやたらと華やかなのは俺以外のメンツの外見がいいからだろうなあ・・・ある意味、贅沢な環境だな、俺。

 だって自分の顔なんて視界には入らねえもんな。

 楠本さんの奥さんが子供さんを連れて実家の大阪に行っているので、家は俺だけだから遠慮するなと言われたから、本気で寛ぎにいくつもりだった。

 楠本夫婦を見ていると妬ける。

 俺には作れなかった温かい家庭ってやつが、そこにはある。

 奥さんと子供さんが転げまわってバカなことをしては笑っているのを楠本さんが目を細めて眺めている。小さな息子さんと一緒に照れ屋の奥さんをからかって遊んでいるのを見ると胸が痛くなることがあった。

 潤子も、これが欲しかったんだろうな、と思って。



 待ち合わせの場所に行くと、篤志と稲葉が立っていた。それぞれが手に紙袋を提げている。

「よお、おめでとさん」

 俺が近づいていくと二人が同時にこっちを見た。毎度おなじみ、篤志は無表情、稲葉は完璧な笑顔。・・・極端なんだよ、お前らは。

「平林、それ、酒?」

 歩き出しながら稲葉が嬉しそうに俺の持つ紙袋を覗き込む。

「おう、久保田だぞー。喜べ。親父が正月のおろしてくれたんだ」

「ラッキー!もつべきものは酒屋の知人だよ」

 稲葉がホクホクと喜ぶ。何度見ても整った顔だな。同じ整った顔でも篤志はにこりともしないから、たまに愛想の良い稲葉や楠本さんと会うとその笑顔の威力に驚くのだ。

 ・・・笑えよ、高田篤志。宝の持ち腐れだぜ、って。

 つまみを持参したらしい稲葉が久しぶりの実家の愚痴を零している。

「帰らなかったら良かった・・・。もう姉貴のとこも兄貴のとこもきてて、皆で俺を弄り倒すんだ。自分が支部長なのを忘れる・・・」

 うんざりした顔をしている。

「もう絶対、来年はホテルに泊まるぞ」

 前にも聞いたことがあるが、近所で有名らしい稲葉3兄妹の話。何でも一番上は医者で二番目は建築家で三番目の稲葉が保険会社のエリートだとか。なんつーかな家だな、しかも、全員この顔らしい。さぞかし見ごたえのある家族だろう。

 高田の家は篤志が一人っ子なので、折角の綺麗な顔もこいつだけだ。でも3人兄妹の末っ子か・・・うん、稲葉が愛想や要領がよい理由はそこにあるのかもな、俺はそんなことを考えていた。

 篤志がぼそっと呟く。

「・・・稲葉、例の教え子、どうなった?」

 俺は驚いた。実際のところ、ぎょっとした。篤志からそんなことを聞くとは!って。恋は人を変えるなあ〜・・・。

 稲葉も驚いたらしいけど、それは口に出さずにすぐに残念そうな顔に変える。

「まだ進展なしだ。気付いてないのか天然なのか、アプローチが見事に空振りだ」

 拗ねるなよ、おっさんが。そう思ってると、篤志が続けた。

「・・・そっちもか」

 え!?俺と稲葉でハモった。

 道の真ん中でつい二人で迫って叫ぶ。

 そっちも!?そっちも、だとー!??

「お前、アプローチしてたのか!」

「そっちもってことはお前も!?一体誰と!?」

 俺と稲葉の興奮に微かに眉間に皺をよせて、篤志が唸る。

「・・・うるさい」

 すっかり興奮した稲葉が篤志に向き直った。

「いやいやいや、教えろよ高田!まさかお前好きな女出来たの?営業?事務か?もしかして、客??」

 ・・・稲葉、嬉しそうだな。まあ判るけど。稲葉の興奮を見てちょっと現実に戻れた俺はそれを注視する。どう答える、篤志?

 道で止まったままだったデカイ男3人に通行人が怪訝な顔を向けている。篤志は一人で歩き出しながら静かな声で言った。

「―――――営業」

 稲葉が付いて行きながら声を弾ませる。

「おお!」

「・・・年上」

「おおーっ!?」

「・・・バツ1」

「・・・・おお?」

 え?と真顔になった稲葉が篤志を追いかけながら言葉を連発していた。

「誰誰誰?」

 俺は二人の後をのんびりついていきながらそれを見ていた。

 もう答えないのか、篤志。稲葉が悶え苦しんでるぞ〜、質問に答えてやれよ。俺も知りたいし。稲葉がうるさいから黙らせるためにも。

 どうせ聞いてもお前は知らない、とか、そんなこと言わずに、とか、前からは攻防戦が聞こえていて笑える。

 すぐ目の前に楠本さんの家が見えていた。

 イケメン二人がそれに向かって突進している。無言の篤志とそれに追いすがって叫ぶ稲葉が。

 俺はつい声に出して笑ってしまった。

 ・・・楽しそうだな、お前ら。

 正月の晴れてぴーんとはった空気を吸い込む。


 恋愛、か。




 短時間で、見事に酔っ払いの一団となった。

 4人の中で一番酒に弱いのは実は、酒屋の息子である俺だ。

 そんなこと言っても普通に飲んだら記憶が飛ぶなんて経験はないから、俺が特別弱いんじゃなくて後の奴らがざるってだけだけど。

 底なしだ。おかしいぞ、こいつらの体。

 畳にごろんと寝転がって、俺は唸る。

 うううー・・・・何でまだ平気な顔して飲んでるんだよ、こいつら・・・。肝臓異常なんじゃねーのか?

 男4人がいる和室の8畳は障子が開け放たれているので、昼間の太陽の光がさんさんと差し込んでいる。

 その中で、極上の美形と謳われる男が3人も揃って手酌で酒を飲んで笑っていた。

 俺は一人で寝転んでそれをぼーっと眺める。

 この写真撮ったら売れそうだ・・・・。金に困ったらこいつらの盗撮写真を売って生活するか?

 元々整った顔をした奴らが酒が入ってほんのりと赤らんだ顔をしている。野郎に興味のない俺でも見惚れる色っぽさ。うーん。

 今は完全に稲葉が攻撃対象になっていて、やつが惚れてる神野さんという女性営業の攻略法を展開しろと楠本さんに突っつかれていた。

 床に転がったビール瓶と本酒の数を眺める。

 ・・・・4人で、これ?俺今日死んでもおかしくねえな・・・。

「・・・上司って立場でそう簡単に手出し出来ないでしょ」

 稲葉が残念そうに言った。

 篤志が前髪を手で払って言う。アルコールが入っていつもよりはお喋りになっているみたいだった。

「お前がそんなこと気にするのか」

「どういう意味だよ、高田。・・・支部の雰囲気もあるだろうが。他の営業の手前、あからさまなことは出来ねえしな」

 楠本さんが楽しそうに口を挟んだ。

「あからさまに弄ってるんだろう?ノルマ加算とか、やめてやれよ。一般支部で職界なみに仕事増やしてやるなよ」

 稲葉がにやりと笑う。

「だって噛み付いてくるんですよ、あの子。それが可愛くて」

「鬼だ」

「鬼だな」

 篤志と楠本さんが口々に言う。俺は寝転んだままで参戦した。

「サド加減が増してるな、お前。稲葉は仕事優先だったのにな。今の優先順位はどっちなんだ?」

 支部長職か、惚れた女か?

 ヤツは垂れ目の瞳をするりと細めて俺に空き缶を投げつける。

「仕事も好きな女も一緒だ。一回結婚してたヤツが何いってんだよ」

 カンと音を立てて俺の額にクリーンヒットした。・・・・いて。もうぐでんぐでんで投げ返す元気もねえぞ。

 俺が黙ったままで沈んでると、3人が揃って覗き込んだ。

「おーい、平林?・・・死んだか?」

「いや、目開いてますよ。ただの酔っ払いだ」

「情けねえぞ、もうギブかよ。お前働きすぎでまた倒れるんじゃねーか?」

 最後の稲葉の言葉に辛うじて俺は手をヒラヒラ振る。

「・・・大丈夫。高田が見張ってて働かせてくれねえんだ」

「あ、生きてた」

 楠本さんが新しく酒を注ぎながら篤志を振り返る。

「高田、まだやってるのか。平林の監視」

 篤志は頷く。稲葉が呆れた声を出した。

「もうさすがに大丈夫だろ?何年前だよ、こいつが倒れたの」

 俺は寝転んだままで指を3本立ててやった。

 しばらく和室には飲食の音だけが響いていた。皆それぞれが頭の中で何やら考えているらしかった。

 その内楠本さんの平林と呼ぶ声が聞こえた。

 俺はのっそりと上半身を起こして返事をする。

「・・・はい?」

 切れ長の瞳を細めて彼は言う。

「まだ忘れてないのか、奥さんのこと」

 ――――――――おお、相変わらず直球だぜ、この人。

 ふにゃりと笑った。酔っ払ってるからこれが限界だ。

「・・・忘れるのは無理っすよ」

 篤志が横目で俺を見る。・・・何だ?何か言いたそうな顔してやがる。

 じっと見返したら、ゆっくりと口を開いた。

「・・・まだ持ってるのか、潤さんの手紙」

 何で知ってるんだ、それ。そう思ったけど、楠本さんも稲葉も黙って成り行きを見ているのが気になって考えられなかった。

「・・・悪いか?」

 篤志は視線をそらして首を振る。

 手紙。捨てられないあの手紙は――――――――・・・


 俺はまた寝転がって近くの座布団を引っ張って枕にする。そしてだらだらと話した。

「・・・潤子は筆まめな女だった・・・」

 相槌なし。皆黙って酒を飲んでいた。

 何通も手紙をくれた。付き合っている時も、結婚してからも。俺の帰りが遅いから、帰るといつも手紙が置いてあった。

 今日あったこと、嬉しかったこと、晩ご飯の指示も挨拶も。

 お帰り、から始まる手紙が、いつもテーブルに。

 俺はそれを読むことで一日を締めていた。

「だけど、出て行くときの最後の手紙が一番・・・」

 言いよどんだ。何て言ったらいいか・・・・あの別れの手紙、捨てられないあれが、あれが一番・・・・・。

「一番、何?」

 辛抱ならない稲葉が俺を見る。楠本さんも篤志も黙って続きを待つ。

 俺は言葉を捜してうーんと唸った。

 何て言えば表せるかな・・・あれは―――――――――そう、そうだ。


「・・・恋文」


「うん?」

 稲葉が目を瞬いた。篤志は俺をじっとみている。楠本さんは柔らかい表情をしていた。おお〜・・・・かっけー、この人。

 寝転んだままでダラダラと俺は答える。

「あれが・・・最後のあれが、一番ラブレターっぽかったんだ、多分」

「だって別れの手紙だろ?」

 怪訝な稲葉の声。俺はふっと笑う。

「そうだよ」

 別れの手紙だった。もう一緒にはいれないってハッキリ書いてあった。たまにインクの滲んだ文字。長い長い離別の理由がかいてある。私はあなたに必要ないわね―――――――――

 ちょっと酔いの冷めた俺はケラケラと笑いながら、さっき稲葉に投げつけられた空き缶を篤志めがけて投げる。

 するとヤツは器用に避けやがった。・・・・可愛くねえぞ。

「篤志、俺のことよりてめえの心配しろよ。尾崎さんは難攻不落だぜ、あんなになびかない女も珍しいだろ」

「・・・確かに」

 篤志の返答に楠本さんも稲葉も笑う。そして篤志が何も言わないうちに作戦会議を始めた。

 俺は開きあがって近くにあったポテトチップスの袋を開ける。それを食べながら作戦会議に加わることにした。

 尾崎さんを一番知ってるのはきっと俺だもんな。

 そうやって正月の一日を過ごした。

 結局夜になるまで野郎4人で飲んだくれて、帰りは歩けずにタクシーでの帰宅となった。

 翌日、強烈な二日酔いに苦しめられたのは、やつらには内緒だ。

 恥かしいから。




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