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凄い興奮状態だ。このままでは高田×尾崎説が広まるのも今日中だな。・・・それはちょっと可哀想だ。何せ尾崎さんは必死で篤志から逃げ回っているようだしな。
少し考えた。じゃ、それは影響力の強い生きた伝説に任せよう。
体の横に下ろした右手の人差し指を大嶺さんにむけて軽く振る。
―――――彼女のフォローは宜しくお願いします。
楠本さんは片手を上げた。
「おう。じゃあな、平林」
察しのいい先輩で、助かります。俺は頭を下げて一人で沈みまくっている尾崎さんを連れてエレベーターのボタンを押した。
助手席に座った彼女はずっと窓の外を見ている。俺はステアリングを握りながら、それをちらりと確認して聞いた。
「あいつに何言われたんですか?」
コホンコホンと空咳を繰り返しながら、尾崎さんは苦しそうな顔をする。あははは、おもしれー、不意打ちつくのに成功したらしい。
それにしても素直な反応だな、この人。
前に集中してなきゃならないのについ隣が気になって彼女の方を見る。
「・・・聞いてないんですか?」
おっと丁度いいところに信号だ。俺は車を停止させながら簡単に頷いた。
「あいつが無口なの、尾崎さんは知ってるでしょ。俺には話さないよ」
ただ黙って傍にいるか、口を開くと脅しやがるんだ、あいつは。
彼女は器用に片眉を上げた。
「なら私も話しません」
うそ、マジで?
「そういわずに、お願いします」
「嫌です」
うおー、何てこったい。あっちもこっちもサービス悪いな。俺が頑張って近づけてやってるんだろ・・・って、彼女はそれが嫌なのかもしれないんだよな。・・てか、嫌がってるよな。
よし、作戦変更だ。下手に出るのも営業能力。
「俺も尾崎さんから質問受け付けるよ。何でも答える」
「何でも?」
「はい、何でも」
うーん、と悩む声が隣から聞こえる。あらら、ひょっとしたら脈あり?これもあっさり退けられるかと思ってたからちょっと驚いた。
次の作戦を考えていたのに、どうやらその交換条件でいいらしい。
「・・・じゃあ、いいですか?」
「はいはい、何でも」
ワクワクと高速道路に乗り入れながら俺は言う。よっしゃ、来たまへ。多分営業方法とかそんなのだろう、と予想していた。それだったらいくらでも答えるよ。今日は出血大サービス――――――――・・・
「平林さんの離婚の原因は何ですか?」
―――――――――マジ?
うっと詰まって俺は思わず手元を滑らせた。おおっとおお〜!!高速に入っていて時速は100キロだ。大きく揺れた車体に驚いて彼女が隣で悲鳴を上げる。
「うわあ、ごめん!すみません、尾崎さん大丈夫!?」
慌てて平衡に車を戻して隣に叫ぶ。尾崎さんは小さな声で、はい、大丈夫ですと返事を寄越した。
うわー・・・今の、やばかった・・・。あぶねー。こっちも不意打ちを食らったぜ。
冷や汗を無視してスピードを落とす。
「ああ、ビックリした。まさかそうくるとは」
「・・・ダメならいいですよ」
「いやいや、何でもいいって言ったの俺ですから」
苦笑した。
だって、彼女にバツ1だよって教えたのはこの俺だ。それで彼女をつって食事を取らせたものだから、やはり気になってたんだな、と思った。
俺がどうやって立ち直ったかを聞きたいのだろう。
なんせ、彼女はまだ深く傷付いているのだ。その何年前だか判らない離婚に。よっぽど酷い別れ方をしたのか・・・それか、まだ元夫を好きか、だよな。
俺は小さく息を吐き出して話し出した。
「端的に言えば、すれ違い、かな」
「・・・すれ違い」
呟くように繰り返す。
「そう。――――――俺はワークホリックでね」
いいぜ、何でも聞いてくれ。俺は包み隠さず話す。いうなれば連れ合いを失ったお仲間だ。完全に俺に非がある離婚話が彼女の役に立つかは知らない。実際は傷を舐めあいたいのならごめんだってところだ。
だけど彼女は知りたいのだろう。だったら教えてやる。その代わりに――――――
早く、過去から解放されてくれ。
あいつの為にも、1秒でも早く。
彼女は時々口を挟んだけど、大人しく聞いていた。顔は見てないから判らないけど、口調は淡々としていた。
別に潤子に同情した感じもない。同じく俺を責める感じもなかった。他人事として、一つの離婚のケースとして聞いてるようだった。
俺が仕事中毒なのには、そのレベルにちょっと驚いていたかも。だからついでに教えることにした。
高田篤志が俺にいつでもひっついている理由を。
「監視。自分の仕事が終わったら俺に連絡をとって一緒に行動する。一緒にいるからアポを詰め込もうと客に電話をかける暇さえない。俺の仕事を監視していて、今日はもうやめとけとか、休日のアポはキャンセルさせたりするんだ」
「・・・はあ」
頬のあたりに強烈な視線を感じる。尾崎さんが俺を見詰めているのが判った。
「それで、俺が働きすぎないようにしてくれている。お陰で体も戻ったし、ちゃんと休めてる・・・感謝してるんだ、実のところ」
なんと、自分の体験を話している内に会社に戻って来てしまった。ありゃ、もう時間切れかよ。
俺は呼吸を整えて頭から潤子とその苦い思い出を振り払う。
「さて、着いた」
地下の駐車場に車を乗り入れる。陽気な声を出して、彼女に問いかけた。
「さーあ、俺は話したぞ。次は尾崎さんの番だ。あいつ、何て言ったの?」
ため息が聞こえた。そしてだらだらと彼女は答える。うーん、本当に素直だな、もうちょっと抵抗があると思ったけど。
だけど俺は驚くことに忙しくて尾崎さんがどういう人かを考える余裕がなかった。彼女が言ったのは、こんなこと。
告白。しかも改まって?
しかもしかも、篤志が、告白した上に、何だって??
「―――――――本気です?あいつが、そう言ったの?」
彼女は無表情で頷いた。
ほおおおおお〜!!ちょっと興奮するぜ、それ、今年最後のビッグニュースだよ。
「へえええ〜・・・これは、いよいよマジな話なんだな」
まさかまさか、篤志くん!そこまで尾崎さんのことが真剣だったとは、俺も思ってなかった。いやあ〜、驚きだ!
俺がホクホクと手を擦り合わせるのを見て、何故か尾崎さんはうんざりしたようだった。
「・・・知りませんよ、本気かどうかは」
尾崎さんの声が聞こえて、俺は彼女を真っ直ぐに見る。知らないんだよな、当たり前だけど。
これは、是非伝えてやらなきゃ。
ふいに俺は話し出す。
「あいつ、何でも出来るんです」
「はい?」
彼女は目を瞬いた。
「実家が近くて幼少時からお互いを知っている。小さい頃からあいつは何でも出来たんです。そんなに乗り気じゃなくても平均より上手くこなす。真剣になる必要なんてなく、何でも出来る子供だった」
そう、本当に、何でも出来るやつだった。興味のないことでも平均以上に、興味のあることは誰よりも上手に。
尾崎さんが顔を顰めたのはちゃんと視界の隅に入っていた。だけどもまあ当然の態度だと思ってスルーする。
「それが、本気ですってか・・・。うわ〜、面白い!やっとだよ、うーん、感激だ」
全く、手を叩いて喜びたいぞ。この興奮をどうやって言ったら伝わるだろうか。
とにかく、確実なのは――――――――・・・
「篤志が本気になることは滅多にない、と言っておきますよ、尾崎さん。もう逃げられませんよ」
抑え切れない笑みが顔中に広がる。そうだ、あいつからは逃げられない。本気だなんて、そんなこと言ったなんて楽しすぎるじゃないか。
俺としては楔を打ち込んだつもりだったのだ。
だけど何と、この女性は。
無視した。
そして更に更に、唖然とさせたのだ、この俺を!なんとも初歩的な質問によって。
しれっとした顔で彼女は言った。
「あつしって誰ですか?」
―――――――――はい?
俺は思わず真顔になる。
「――――――――高田です。高田篤志、あいつの名前です」
「へえ」
「・・・・」
「何ですか?」
「・・・尾崎さんくらいだと思いますよ、あいつの名前知らないのって」
嘘でしょ、本気で言ってんの、この人。あんなに目立つ男のフルネームを、それも自分に告白してきた男の名前を、知らないってか?
俺が思わず無言になるって凄いことなんですけど。
彼女はこれまた簡単に肩をすくめた。
「まあ、無駄に目立ちますからね、あなた達。すみません、興味がないもので」
「・・・無駄って・・・」
若干傷付いた俺だった。・・・・かーなり、大変かもな、この人振り向かせるの。
俺は胸の中で篤志にエールを送る。
ちょっと難攻不落かもだぜ、この女性営業は。
するとヤツはいないのに篤志の笑い声が聞こえた気がした。
・・・まあな。俺も肩をすくめた。
お前なら、負けないだろうけどよ。
車を降りて前を歩く尾崎さんを見た。
不器用な大人だ、皆、ここにいるのはそこが同じ。
さて・・・どうするのかな、篤志君は。
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