3、難攻不落の彼女@



 もう今年も指で折って数えられるくらいになった先週、発展があった。

 我が幼馴染君の恋の話だ。

 都会には珍しいほどの大雪が降ったあの日、俺たちは流石にアポもキャンセルして第2営業部で暇を持て余していた。

 あまりに凄い吹雪になっていて、前のビルなんか影すら見えない。まるで異世界に来たかのような現像的な光景になっていた。

「・・・やっぱりキャンセルしなきゃよかった・・・」

 ただぼーっとするってことが出来ない俺が椅子にだらーっともたれかけながら言うと、俺が支部にいるからだと思うが同じように予定をなくした篤志が前の席で呟いた。

「・・・腹減った」

 俺はチラリとヤツを見る。・・・マジかよ。さっき一緒に食堂で馬みたいに食ったばっかだろ。

 普段は間断なく入っているアポの合間を縫って移動しながらの食事となるけど、今日みたいな時間がある日は動かない座席で食べる。するとお前はまだ成長期かって突っ込みたくなるほどの量の飯を黙々と目の前で食べるのだ。

 味には頑固なこの高田篤志という男は、例えばケチャップがない店に行っても自分が欲しいと思ったらケチャップを要求するやつだ。しかも外見がいいので、大体その望みは速やかに叶えられる。俺はそれがちょっと面白くない。

 でも暇だしな〜・・・。

 正直このクソ寒い中を出て行くのはうんざりだ。前も見えない雪の中、なんだって野郎とデートなんぞしなけりゃならないのだ、俺はそう思っていた。

 だけど結局有り余った時間に先に音を上げたのは俺で、もう今日は帰ることにして飲みに行こうと決まった。

 そしたら、尾崎さんがエレベーターに乗るのが見えた。

「あ〜!待って待って」

 俺はエレベーターに向かってダッシュする。尾崎さんだ!彼女を捕まえないと、そう思って。

 走ったんだぜ、いいやつだよ俺は。篤志は後ろから他人事みたいにのんびり歩いてきたっていうのに、まったく。

 ドアが閉まる寸前に片手を突っ込んだら、ガッカリした正直な表情の彼女が後ろに下がったのが見えた。

 ・・・・絶対、「閉」のボタン押したな、この人・・・。

 高田を嫌ってるのだろうかと思うくらいにハッキリと避ける彼女に、俺も興味が沸いてきていた。ちょっと珍しい。逃げれると思ってるのだろうか、高田篤志という男から。

 俺はにっこりと微笑んで、肩を落とす彼女を見た。

 お手並み、拝見。


 その日は結局車に彼女を乗せて3人で雪の中を彼女のお客さんのところまでドライブとなって、車内で高田に尾崎さんが好きだと言わせたけど、その後俺は外に放り出された。

 高田の「好きだよ、尾崎さんが」の言葉を聞いて呆然と固まった彼女を後部座席に乗せて、あの可愛くない野郎は俺に「降りろ」と言いやがったのだ。

 ・・・薄情者め。

 誰のお陰で彼女が後ろに乗ってると思ってるんだよ!一番面白い場面でドラマを消された気分だぜ。

 俺はぶーぶー言ったけど、結局降りた。所詮邪魔者だ。人の恋路は邪魔してはいけない。馬に蹴られたら恐らく死ぬしな。尾崎さんは大いに邪魔してほしそうだったけど、俺としては篤志を敵に回すのは嫌だ。

 可哀想だけど生贄に捧げる。

 そして一人でそのまま帰ってやった。会社にはよらずに。


 それからは何があったのか知らない。なんせ無口な幼馴染は教えてくれないのだ。だから尾崎さんを捕まえようと思ったけど、彼女はすばしっこく俺から逃げていた。

 ちぇっ。


 だけどチャンスはやってきたのだ。

 それは思いも寄らない場所、何と、本社でだった。

 今日は優績者の研修が本社であり、FPの楠本さんも参加していて俺は久しぶりに先輩である彼と一緒に午前中を過ごしていたのだ。

「あれ、尾崎さん?」

 廊下の端で立ち話をする女性二人の姿を認めて俺はつい叫ぶ。

 隣で楠本さんが、驚いて俺を見る気配がした。

 ・・・あ、しまった。先輩を無視してしまうとは、俺ってば。

 だけど仕方ないんですよ、と言い訳したい。彼女と話たかったんです。その理由は後で説明しますって。


「――――――平林、さん。・・・お疲れ様です」

 また嫌そうに言う。

 俺は彼女の隣に立つ事務の大嶺さんを見た。彼女は既に楠本さんの姿を見て嬉しそうに顔を上気させている。

 確か、彼女は楠本さんの奥さんの事務仲間だったはず。

 尾崎さんは―――――――と思って視線を転がすと、さすがの彼女でも目を見開いて楠本さんを見ていた。

 ・・・うん、まあ仕方ないよな。何せ楠本さんだしな。俺は一人で頷く。

 楠本さんと大嶺さんが楠本さんの奥さんについて楽しく話始めるのを、何となく俺と尾崎さんは黙ってみていた。

 すぐに大嶺さんの隣に引っ込んで控えめに視線を床に落とした尾崎さんを興味深く観察する。

 地味〜に生きようとしてるんだよな、多分・・・・。地味〜に、ね。ううーん、でも高田に好かれてる時点でそれは無理だよ、君、諦めたまへ。

「疲れてるの、尾崎さん?どうして支社に?」

 俺が声をかけるとハッとしたように俺を見た。

 ・・・おっとお・・・マジで、忘れられてるらしいぜ、俺。ちょっとショックなんですけど。

 ショックでクラクラと眩暈を感じていたら、彼女の小さな声が聞こえた。

「研修です。2年目の職員の」

「ああ、そんなのあったんだ。この年末に・・・お疲れ様」

「いえ、疲れるようなことは何も」

 研修・・・この人、まだ新人と呼ばれる時期なのか。何か慣れてる感じだから驚きだな、そう思って楠本さんを見ると、大嶺さんと話ながらも俺を見ているのが判った。

 紹介しろよ、そう言ってるんだよな、きっと。

 この紹介、楠本さんは気に入るぜ。俺はにやりと笑って尾崎さんを示す。

「楠本さん、この人ですよ、高田のお気に入りって」

 途端に尾崎さんがよろけて壁に背中をつけ、大嶺さんが絶叫した。その甲高い声は廊下に反射して響く。

 おお〜・・さすがミーハーな大嶺さん。でも叫びすぎでしょ。

 彼女が尾崎さんに、本当なのおおお〜!?と詰め寄っている間に俺は楠本さんを監視した。

 美しく整った綺麗な顔に好奇心と少しばかりの驚きを浮かべて、楠本さんは目を細めて尾崎さんを見ている。

 そしてゆっくりと微笑むと、彼女に近づいた。

「初めまして、本社でFPをしている楠本です」

「・・・こんにちは。第1営業部所属の尾崎です」

 ぶっすーとしたって表現がぴったりくる顔で、尾崎さんは淡々と自己紹介をする。大嶺さんは驚き、俺と楠本さんは思わず笑った。

 本当に正直な人だなー。でも凄いかも、楠本さんが笑顔で挨拶してるのに不機嫌に対応する女性は初めて見た。

 おもしれー。

 楠本さんは気に入ったようだった。大体あの高田が興味を持っているって時点で、彼女は新たな興味対象になるはずだ。

 さっきまでの研修に一緒に参加する前に、赴任した稲葉が例の教え子にまだ手を出してないんだぞ、と楽しそうに話していた。

 稲葉とは思えない慎重さだろ?って。よっぽど惚れてるんだぜ、あれは、って。

 教え子の女性営業にも会ったらしい。余計な発破かけなかったでしょうね、と俺が言うと、さも嬉しそうに「俺がそんなことするかよ」と笑っていた。

 絶対何かしそう・・・もしくは、言いそうな顔だった。


 3人の注目を浴びたのが嫌だったらしく、尾崎さんはパッと会釈をして言う。

「私は失礼しますね、お疲れ様でした―――――」

 いやいや、一人で帰すかよ。俺は当然のように声を遮る。

「あ、俺も帰るから、一緒に」

 ちーん。と聞こえそうな沈痛な顔で、尾崎さんが低い声で言う。

「・・・平林さん、別々に帰りましょう。私は電車で」

「交通費勿体ないよ。送るからさ」

「いえ、交通費は会社に請求出来ますから」

「どうせ同じビルに戻るんでしょ」

「結構です!電車で帰りたいんです〜!」

「あははは、尾崎さんが怒った〜」

 一瞬殺気だった目で彼女は俺を見た。うひょ、こっええええ〜!中身は結構激しい女性なのかも、この人。

 ケラケラと笑う俺の援護に、楽しそうな本社のFPと無責任な支社の事務員がまわる。

 可哀想なくらいの暗い顔で、重い重いため息を全身で吐いたあと、尾崎さんは負けを認めた。

 俺は心の中でガッツポーズ。よっしゃ、これでチャンス到来。あの日篤志がどうしたのかは、必ず聞きだしてみせるぜ。

 楠本さんの楽しそうな瞳がきらりと光る。

 ほどほどにな、そう言ってるんだろうと解釈して、俺は興奮する大嶺さんに視線をずらした。




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