2、おっさんだってやることやったらキューピッド



 結局、恋愛から程遠い高田篤志が誰を見ているのか判らないままで秋がやってくる。

 今日は久しぶりに仲が良い同僚達と飲み会だ。

 ・・・いや、訂正。今度地方の小さな支部を持つことになった壇上表彰仲間の稲葉の送別会って名目だったんだっけ。

 本社の近い駅前で待ち合わせをする。

 一番かと思ったら、既に楠本さんとその後輩の青山が来ていた。

「お疲れさまです」

 会釈をして近づいていく。

 おう、と片手を上げて、先輩であり、うちの会社を代表するといってもいいくらいの元スーパー営業、楠本さんが微笑む。

 久しぶりに見ると、その度に男度が上がる面白い人だ。この人は遺伝子レベルで優秀なんじゃないだろうか。

 男から見てもいい男っているもんだな。でもこの人の一番の魅力は、実はやんちゃな俺様気質だ。自分の思い通りに会話を操り、相手をパニくらせたり楽しませて喜ぶ。だけど楠本さんがそれを思う存分みせるのは、最愛の奥さんだけ。

 しげしげと見ていたら、ぱっと手を振られた。

「何だよ平林。男に見詰められても嬉しくねえぞ」

「あ、すんません」

 別に女に見つめられたって喜ばないくせに。それは心の中で呟く。

 今日集まるメンバーはちょっと恐ろしい。楠本さんも今晩主役の稲葉もうちの高田もやたらと美形なのだ。3人そろうと迫力が半端ない。後輩の青山だって爽やかスポーツマンタイプの可愛い顔をしているし、女性だけでなく男性まで振り返る団体となる。

 普通の顔をしてるのは俺だけだ。・・・別に僻んじゃいねーけど。

 全員が揃ってからぞろぞろと移動する。

 店を決めてなくてもどこでも歓迎される便利な奴らと一緒なので、俺は青山をからかいながら後についていった。

 オーラが半端ない楠本さんは宣伝の為に窓際へ。スルースキルの発達した無愛想な高田を通路側へ。オーダー担当の青山も通路側へ押しやると、いつもの宴会が始まる。

 半分ほど食べたところで、楠本さんが稲葉を見て口を開いた。

「お前・・・あんまり乗り気じゃなかったよな、確か」

 稲葉が箸を止めてはい?と聞く。きょとんとしていた。すると俺の隣に座って黙々と食べていた高田が珍しく口を挟む。

「そうだ。最初は面倒臭いとは言ってた、確かに・・・」

 ああ、確かに。俺も頷く。

 稲葉は今度の移動を嫌がっていたはずだ。転勤も面倒臭いのだろうが、稲葉があとを継ぐことになった前任者が結構有名な女性支部長で、それ故の上司からの期待も鬱陶しく感じていたようだった。

 ヤツなら十分出来ると思うが、最初から過多なプレッシャーは確かに鬱陶しいよな。

 楠本さんがまた言った。

「その割に、今では楽しみにしてないか?」

 皆でじっと稲葉を見る。ヤツの隣で一人、箸も止めずにガツガツ食っていた青山が口を挟んだ。

「前任者とは打ち合わせしたんですか?それでテンションアップになったとか?」

 稲葉の瞳が揺れた。

 おお、動揺している。珍しいな。俺はつい口元を緩める。

 稲葉は俺たちの中でも一番頭の回転が速い。いつでも垂れ目の綺麗な目を細めて愛嬌溢れる笑顔を振りまき、腹の中では淡々と自分を有利にもっていく作戦を考えているような男だ。

 腹黒で、策略家。

 油断もないし、自分にも厳しい。

 そんな稲葉が動揺?ちょっとこれは面白いことになってるぞ。

 俺たちの視線を一身に受け、諦めたようなため息をついてヤツは箸を置いた。

「・・・そんなに違いますか?」

 皆で頷く。

 楠本さんが切れ長の瞳を細めてじーっとヤツを見ている。あの視線に耐えれたら、それだけで壇上表彰ものだな。まさに光線、目からビームだ。

 しぶしぶと言った感じで稲葉が口を開いた。

「実は、赴任先の支部に教え子がいるのが判りまして」

 ・・・へえ。楠本さんと高田と俺の声がはもる。青山だけが判ってないようだったから、簡単に説明してやった。

 何年か前、会社がやった女性営業の育成研修で稲葉は教官をしたことがあるのだ。

 あの育成は失敗だった。会社はそれに懲りたらしく、確か2年しかやらずに研修そのものを打ち切ったんだった。

 その教え子が、赴任先の支部に?そりゃあ相手は大いに嫌がるだろう、可哀想に。女性職員に同情した。

 稲葉は優しい教官ではないはずだ。こいつは仕事に誇りを持っているし、何より元々性格が悪魔のようだしな。本人は自覚なく生徒達を苛めて喜んだだろうと思う。

 話を聞いてうぎゃあ〜と嫌そうに叫んだ青山を稲葉がどついている。それも、拳骨で。・・・本気だな、稲葉。

 自動的にうんざりした声が出た。

「野郎同士でいじりあいするなよ。別に目の保養にもならん」

 むしろ鬱陶しい、俺がそういうと奴らは暴れるのをやめた。子供かっつーんだよ。

 何かを考え込んでいた楠本さんが、あ、と声を上げた。

「―――――――思い出した。面白い子がいるんですってお前が気に入ってた子だろ」

 稲葉が驚いて垂れ目を見開く。

「よく覚えてますね」

 どうやら楠本さんは知っているらしい。

 稲葉と青山がまたじゃれだしたのを無視して、楠本さんにそのことを聞いた。

「知ってるんですか?」

「うん、稲葉が特定の女の子について話すなんて珍しいからな」

 酒でほんのり赤らんだやたらと色気のある微笑を浮かべて楠本さんが言う。

 楠本さんは営業職だった頃、徹底的に女性を避けていたのを知っているが(というか、上手にあしらっていたが)、稲葉はそうでもない。

 色んな女と付き合っていたのをしっている。ただ、どれも長続きしなかった。その稲葉が担当していた女性営業の一人についてよく話していたらしい。

 ・・・・何だ、馬鹿らしい。

 俺は心の中でそう言って、口に出してはこう言った。

「何だ、お前その教え子が好きなのか」

 は?そう言って稲葉が顔を上げる。楠本さんと、珍しく高田までが同意する中、当の本人だけはぽかんとした顔をしていた。

 ・・・マジで。気付いてないとか、面白すぎるだろ。

 どう考えたって稲葉はその子が好きなはずだろ。少なくとも気にはなっていたんだから話に上がったんだろうし。現に、それで今回の赴任のテンションが上がったなら確実だろう。

「おいおい、しっかりしろよ色男〜」

 俺はケラケラと笑って箸置きを稲葉に投げつける。

 墓穴を掘って絶句する稲葉に高田までもが笑う。俺はそれを見て驚いた。

 ・・・篤志が恋愛ネタで笑ってる・・・。どうしたんだ、今日は珍しい風景にやたらとあえるな!篤志はいつでも興味なさそうな顔で聞いてるだけだったのに。

 やっぱり、誰かを気にしてるんだ。

 俺はこっそりと決心した。



 探り当てて見せるぜ、篤志の惚れた女―――――――――



 11月戦もようやく終わって一息ついていた12月入りたての朝。

 今朝は隣の第1営業部から広瀬営業部長の怒鳴り声が響いてくる。

「あーあ、可哀想に・・・」

「そんな怒鳴らなくてもな」

「成績欲しいのは本人だろうに・・・」

 うちのエリート達が叱れているのであろう女性職員に同情してそんなことを小声で言っていた。

 今日、反省会か。

 俺は興味なくパソコンで遊ぶ。

 だって成績入れてなんぼの営業が、成績が振るわずに上司に叱責されることなんか当たり前だ。

 必死なのは皆同じ。そこでどう努力するかで会社の待遇が変わるのは仕方がないことだ。心の中でそう呟く。うーん、それにしても今朝の広瀬部長はかなり激しいな・・・プライベートで何かあったか?

 あーあ、ヤダヤダ・・・。

 野郎の怒鳴り声なんぞ聞きたくなくて、俺はパソコンを閉じ、外出を告げてジャケットを羽織る。

 今日は中途半端な時間にアポだ。それまで公園でもいっとくか、そう思ったんだった。

 出たついでにと切れ掛かっていた名刺の注文をし、本屋を2店回った。ここに出入りできないだろうかと以前から目をつけていたのだ。

 見る限り、いつでも若い店員しかいない・・・店長はどれだ?

 ぐるぐると回ってタイミングをはかってみたけどいつまでもレジが客で混んでいるので、諦めて公園に向かう。

 まだ風は気持ちよくて、木漏れ日の下、大きく体を伸ばした。

「・・・おおー、極楽・・・」

 アポ前に何か腹に入れておきたい・・・そう思いながら前方に目をやると、見たことのある女性がベンチでダレきっていた。

「・・・おや」

 小声で呟く。あれは、尾崎さん?・・・へえ、えらく解放された感じだな。俺に見られているとは気付いてないようで、いつもの壁が見えない。ぐぐーっと体を伸ばしてふんわりと脱力している。

 あんな表情もするのか。ついしみじみと観察してしまった。

 ――――――――あ、思いついた。

 俺はにやりと笑って彼女に近づく。篤志が見ていたのは彼女ではないかと思っていたのだ。いいチャンス、是非この機会を利用しよう。

 彼女をランチに誘うべく、ベンチに近づいて行った。



 成功した。

 諦めてうんざりした表情の尾崎さんをカフェの椅子に残して、俺は篤志の携帯に電話をかける。

 コール3回でヤツが出た。

『・・・はい?』

 全く愛想のねえ野郎だぜ、本当に。それでも俺はこみ上げてくる笑いを押し殺しながら言った。

「職域終わったら、3丁目の角のカフェに食べに来いよ」

『・・・・』

 電話でも相手が俺だと判るといきなり話さなくなる。いつものことだからヤツの沈黙には付き合わないで俺はそのままべらべら話した。

「会わせたい人がいるんだ、顔見せろ。いいな?」

 電話の向こうではため息。俺がどういうつもりか判らなくて考えているのだろう。だけどヤツは来るはずだ。だって、俺の見張り役なんだから。

 暫く間を空けて、でもその内に、ぼそっと低い声が聞こえた。

『・・・1時には行く』

「おう」

 よし。ニヤニヤと笑った。

 電話終了。あいつが営業している時は何度も見てはいるが、それでも未だに不思議だ。どうしてあんなに話さないのに営業が勤まるんだ?俺が喋りすぎ?

 電話を仕舞いながら店に戻り、途中の店員さんを捕まえて適当に注文する。あ、そうだ。

「生中も二つ、宜しくね」

 にっこりと営業スマイル。これは職業病だから仕方がない。店員のお姉さんもにっこりと返してくれた。優しいサービス業だ。

 椅子に座る痩せた後ろ姿を見る。彼女はもうちょっと食べなきゃダメだ。あのままではいつか倒れる。

 彼女がビールを飲むかは知らないけど、もし飲むならビールは最適だ。カロリーが高い。油物も注文しといたから、そのコンビを食わせてやらなきゃ。

 自分がそうだったから、今ではよく判る。

 きっと尾崎さんは―――――――――離婚か何かで、傷心中だ。


 店に入ってきた篤志は彼女を見てちょっと驚いたようだったけど、嫌がらなかった。チラリと一度俺を見た。

 野郎に愛想笑いなんかしない。だから篤志の肩を叩いて言った。

「お前、この人に飯食わせてくれ。金は後で払うから。頼むな」

 微かに篤志は頷いた。俺はそれをちゃんと見た。

 ―――――――――ビンゴ。

 椅子から立ち上がりかけた微妙な格好のままで固まってどうやら一人でパニくってるらしい尾崎さんを残して、俺はさっさと店を出る。

 無口の壁のような男と二人きりにされた尾崎さんに頑張れ〜と心の中で声援を送った。

 口元がにやついた。

 決まりだ。高田篤志は―――――――――俺の無愛想な幼馴染は、尾崎美香に、惚れている。


 思い出しても笑いが止まらない。

 普段なら絶対に「俺も帰る」と言うはずだ。それが無言だったとはいえ、頷いて彼女の相手をすることを了承した!

「たまんね〜」

 つい声になって漏れる。いかんいかん、これじゃあただの変なオッサンだ。

 俺は上機嫌でその後のアポへ向かった。勿論契約も手にいれた。そりゃあそうだろ。細部まで考えつくした素晴らしい設計だ。あれで頷かなきゃあの客はおろかだ。

 機嫌が良かったためにいつもより笑顔に迫力があったらしいとは俺は気付かなかった。

 帰社したエレベーターで支部長と会い、それを指摘されるまでは。



 別に、篤志に頼まれたわけじゃあない。

 だけど俺は高田篤志の恋のキューピッドになると決めたのだ。

 俺のことばかりに気を配っているあいつを、そろそろ解放してやらなにゃ。

 擦り寄ってくる女達を押し付けるわけじゃあない。あいつが気になってる女なら、無口なあいつの代わりに罠をあちこちに仕掛けてやる。

 部屋の壁に貼った潤子の写真を寝転んだままで見上げる。

 捨てられないその写真の中で、潤子は今日も笑顔だった。

 俺の罪は忘れてない。

 ダークスーツを着た身長180センチのバツ1オッサン。背中に羽をつけて頭の上に輪っかをのっけた愛の使いになってみせるぜ。

 勝手だとは理解してる。

 だけど、それが俺なりの贖罪だ。

 そしてそれは――――――――尾崎美香、あの、まだ深く傷付いているままで凍りついた彼女を、溶かす助けにだってなるはずだ。



 瞼を閉じて、潤子の笑顔を閉じ込めた。





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