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「もういいだろ、そろそろ俺には教えろよ、お前水臭いって」

「・・・・」

「お前にもようやく思う人が出来たかって俺は安心してるんだぞ?気になってるんだろ、尾崎さんが」

 ――――――うん?

 私はぱちくりと目を瞬いた。・・・あれ?尾崎って聞こえた?いやいや、まさかね。聞き間違い聞き間違い。

 運転席から高田さんの低い声が聞こえる。

「うん」

 淡々と実にシンプルな返事をしている。

「おー!やっぱりそうか!で、それはどの程度の気になってる、なんだ?」

 興奮した平林さんが助手席から身を乗り出す。また淡々とした返事が聞こえた。

「好きだよ、尾崎さんが」

 はい?

 窓の外に目をやったままで固まった私は心の中で自分に突っ込む。・・・いやいやいや、だから、これは違う人の話でしょ。

 バンバンと自分の座るシートを手で叩きながら、興奮した平林さんが嬉しそうに笑う。

「おおお〜!よしよし。ついに言ったな〜。そうじゃないかと思ってたんだ!全く俺って敏感な男だよ!ちゃーんとお前を応援してただろ?」

 一度チラリと隣の平林さんに目をやって、高田さんは頷く。

「それは判ってた」

「礼がねえよな、お前はよ」

「助かる」

「ありがとうだろ?」

「ありがとうと言うほどのことはして貰ってない」

「何だよそれ!ちゃんと昼食にも呼んでやったし大会でも尾崎さんのところへ誘導してやっただろ!?」

 えええっ!?ちょっと待って。今なんつった!?

 私はやっと窓から目を離す。そして目を見開いて、前の席で喋る男共をガン見した。

 昼食って、11月のあのカフェか!?そして大会で誘導って、ソファーでのマニキュア攻防戦!?ってことは、やっぱりこいつらが言ってる尾崎さんって私のことですかーっ!??

 がばっと身をおこしたけれど、運転席と助手席の男二人は私には全く注意を払わずにそのままで話を続けている。

 私は混乱した。

 ・・・・あれ?やっぱり私じゃないのかな。だって本人が後ろにいるのに、それを判ってて話題にするなんて普通ないよね?

 高田さんの淡々とした返事につむじを曲げたらしい平林さんの、憮然とした声がした。

「・・・可愛くねえ野郎だよ、おめーはよ。ねえ、どう思う、尾崎さん?」

 そうしていきなりくるりと後ろを振り返る。

「はっ・・・はい!?」

 パニくってひきつった顔のままで私は叫んだ。ねえって何だよ、ねえって!どう答えろというのだ、こんな時に!

 急に話を振るのはどうぞ止めてください〜!

「えっ・・・いや、あの〜・・・。え?平林さん、さっきから話しているのはもしかして、もしかすると、ええと、私のことですか?」

 しどろもどろで言葉を返す。

 もしもし?そう言いながらまた平林さんが振り返る。呆れた顔をしていた。バックミラーで高田さんも視線を寄越したのが判った。思わず伏せた顔を私は両手で挟む。

 視線なんて合わせられない。体温上昇で死ぬかもしれない。

「勿論そうだよ、聞いてなかったの?ずっと君のこと話してたんだけど」

 ひょええええええ〜!!

 今度は私が化石化して固まっていると、相変わらず静かな高田さんの声が聞こえた。

「・・・平林、ありがとうと言って欲しけりゃ、今、消えてくれ。お前は邪魔だ」

「本当に可愛くねえ!!」

「降りろ」

 高田さんは噛みつく平林さんに静かなままで、そんなエグい事をさらりと言っている。

 平林さんはヤレヤレと呟いてため息を吐いた。

「・・・せめて駅までは行けよ。この吹雪の中どっかの駅まで歩くの嫌だぜ、俺」

「判った」

 話がまとまってしまったようだ。私は呆然と聞いていたけど、そこでやっと覚醒した。

 そして身をおこして助手席にすがりつく。

「いやいやいやいや!平林さん、降りないで〜!ってか、そうだ!私も降ります!降ろして下さい〜!」

 高田さんと二人にしないでーっ!

 必死で言った私の言葉は、振り返った平林さんがアッサリと手で払った。

「何言ってるの。君を送って行くために車出したんでしょ」

「もう結構ですから!元々電車で行くつもりでしたし!」

「尾崎さんは降りたら駄目だよ」

「何でですか〜!?」

 泣きかけで私が助手席を掴むのに、平林さんが手をヒラヒラと振って苦笑する。

「や、俺も馬に蹴られて死にたくないからさ」

「は?」

 彼は隣で平然と運転を続ける高田さんを指差した。

「馬。こいつだよ。人の恋路を邪魔するヤツはって昔から言うでしょ?」

 ・・・・馬。それは、えらく毛並みの良い馬ですね・・・・。パニックを起こしすぎて頭が上手く機能してないらしい私はそう思っただけだった。

「大丈夫だよ、尾崎さん。高田だっていきなり君を取って食いやしないから」

 カラカラと笑う平林さんの声だけが、静かな車内に響いていた。

 そして高田さんが車を寄せた最寄の駅で、本当にミスター愛嬌平林は降りてしまったのだった。

「じゃあ、尾崎さんお疲れ様〜。俺今日はこのまま帰るわ」

 後半の言葉は高田さんに向けて発したらしい。高田さんは片手をあげて了解の意を示す。

「ひっ・・・平林さ・・・」

 バタン。結構な音を響かせて車のドアは閉まり、白く濁った外の風景の中、平林さんは改札まで走って行く。

「・・・・・」

「・・・・・」

 心の中でショックの鐘を打ちまくっていると、高田さんは無言のままで車を発車させた。

 ・・・えーっと。

 ・・・・・えええーっと・・・。どうしたらいいのでしょうか、私。

 呆然と遠ざかる風景を見送る。

 やがてぼそりと低い声が聞こえた。

「―――――――すみません」

「へ?」

 前を真っ直ぐみて運転しながら話しかける高田さんに、つい上ずった返事をしてしまう。おお〜・・・やめてよ私、動揺しすぎでしょうが!

 でも一体何を謝ったのだろう、この人。

 疑問が勝ってつい鏡越しに高田さんと目をあわせてしまった。慌ててそらす。

「・・・平林、うるさくて」

 ・・・確かに彼はお喋りだけど、でも無言よりは助かります。胸の中ではそう言ったけど、実際には、いえ、と答えるだけにしておく。

 沈黙。

 ・・・・ああ、どうしたらいいのだ、私は。もう早く早く会社に着け。着いてくださいお願いしますから。全身で祈っていた。表面は頑張って無表情を装っていたけど、頭の中ではまるで3000人の聴衆の前で演説する直前のような緊張感でのた打ち回っていた。

 彼からはいい訳もなし。さっきのは冗談ですよ、と言って欲しい。そうでなければ私はこれまた別の悩みが出来てしまうことになる。

 まさかね。冗談だよね。まーさか支社を代表するイケメンの優績者が、底辺をウロウロする成績の、地味なバツ1女である私を気にいるはずがない。

 接点だってなかったんだし、壇上表彰の常連だとか凄い別嬪だとか、特に気に入られる理由がないではないか!

 そうだそうだ、これは何かの性質の悪い冗談に決まってる。

 あとはその断定を貰うだけだ!そうして私は日常に戻ろう。

 ここまで頭の中で一人もんもんと考えた後、私は咳払いをしてゆっくりと口を開いた。

 声が震えないように気をつけて。

「あのー、た、高田さん。・・・冗談ですよね?私を、す、好きだっていうの」

 鏡越しではなく、高田さんは一度くるりと振り返って、直接私を見た。

「好きですよ、尾崎さんのこと」

 ぎゃあ。

「まっ・・・前!前を見てください!前〜!!それでもってからかうのはもう止めて下さい!」

 私は前方を指差しながら、わたわたと叫ぶ。

 すると高田さんはハンドルを切ってブレーキを踏み、車を路肩に停めてしまった。

「――――――」

 緊張で黙る私。運転席に座る緊張の元凶は、体ごと振り返って、私を真っ直ぐに見た。綺麗な真顔が私を見ている。頭がくらくらした。今きっと、酸欠状態・・・。

「からかってなんていません。プロポーズしたら信じてくれますか?」

「は!?」

 プ、プロ・・・何だって?!ザアッと血の気が引いたのが判った。

「何言ってるか判ってるんですか!?」

 今度は真っ青になった私を相変わらずじっと見詰めながら、無口の美形は頷く。

「わっ・・・わ、わ、私は、バツ1なんですよ。平林さんから聞いてないですか?」

「知ってますよ」

「とととと年上だし!」

「一つだけね」

「営業としても女としてもパッとしないし!」

「・・・そして自信もない、ですね」

 ぐっと詰まった。ああそうだよ!って平手打ちをしてやったらあの表情の変わらない綺麗な顔は、変化を見せるだろうか。

 自信なんてあるわけないではないか。夫にも会社にも捨てられた女。もう32歳の、証券会社での営業経験しかない女。一体どうやって自信など持てというのだろう。

 そこまで考えて、自分でズーンと落ち込んだ。・・・・ああ、思い出して凹む。

 ふう、と小さくため息が聞こえて、高田さんは前を向き、車のキーを捻ってエンジンを入れる。

「とにかく送ります。アポに遅れちゃ大変でしょう」

 そしてまた黙って運転を始めた。

 後ろの席で固まったまま、私は一人で落ち込むばかり。まだ一応疑っているけど、どうやら私はこの美形に告白されたらしい。そんなことが起こるとは夢にも思わないから、何のガードもしてなかった。

 無防備だった心に痛い一撃。呼吸だけはちゃんとしなくちゃ。

 かなり近くまできていたらしく、それから10分も経たない内に通っている職域の会社が入ったビルに到着した。

 見覚えのあるビルの入口を窓の外に見て、私はコートを着て鞄を持った。

 ノロノロと支度をして、ドアを開けてくれた高田さんに会釈をする。

「・・・ありがとうございました、送って下さって」

 そして外に出た。振り返れない、と思って歩いていたのに、尾崎さん、と呼びかける低い声に思わず足が止まってしまう。

 ドクン、と心臓が鳴った。


 雪交じりの冷たい風が吹きぬけていって、思わず目を閉じる。凍えるようなビル風に吹かれて髪の毛が舞い上がる。

 その間を縫って、また彼の声が聞こえた。

「尾崎さん」

 振り返ったらダメだ。ダメ――――――――・・・・・


 ゆっくりと、上半身を彼と車に向けた。

 同じように雪を全身に纏わせながら、高田さんが言った。

「本気ですよ」

 私もじっと彼を見る。

 白い雪が舞い散っている。その白い玉が高田さんの黒髪を滑っていく。

 強い風に髪を揺らして両目を細め、こちらを見る彼は本当に美しかった。私はそれをただ見ている。

 彼と車の後ろでは白と灰色に濁った街。人々が傘を差して、身を縮こまらせて通り過ぎて行く。

「俺、本気です」

 白い息を吐いてもう一度そう言うと、高田さんは車に乗り込んだ。そして滑るように雪の中へ消えて行った。

 私は風と雪に凍えながら、しばらくそのままで立ちすくんでいた。

 動けなかった。

 胸のところが、ちりちりと音をたてて痛みだす。



 ・・・振り返ったら、いけなかったのに―――――――――







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