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 その時、隣で勝手に話を聞いていたその先輩営業が、私に向かって言った。

「尾崎さんは、媚ませんね」

「はい?」

 私は書類を鞄に仕舞いながら聞き返す。媚びる?何のことだ?

 すると先輩営業は苦笑しながら言ったのだ。

「前に一度ここに出入りしていた保険屋さんの女の人は、やたらと露出した格好で来て、やたら滅多ら体に触って来たり、飲みに行きましょうって誘う人だったんです。それで俺たちの仕事に支障が出るし、お客さんの目もあるからって店長が出入り禁止にしたことがあって」

 ・・・あらまあ。私は目を丸くする。でもまあ、確かに女であることを前面に押し出して営業活動の手段とする人はいる。

「・・そういう人も、いるでしょうねえ」

 無難にそう答えておいた。下手なことはいえないし、その人と私は違うってだけだ。

 先輩営業は続けた。

「尾崎さんは外見も堅そうだから店長もオッケー出したんだと思うけど、説明聞いててもデメリットもちゃんと言ってましたね。それが珍しいなあと思って」

 私も苦笑した。

「元々証券会社で投資信託を扱ってましたから、その癖が抜けてないんです。上司にはあまりデメリットばかりを言うなと叱られますけどね」

「俺はそれでいいと思いますけどね」

 それからは営業同士でこんなやり方があるとか、こんな面倒臭い営業がいた、などの話で盛り上がった。前で新人君は興味深げに聞いていたし、その内他の営業さん達も会話に入ってきて更に話が盛り上がった。

 楽しかった。

 納得して契約も貰えたし、異種業間の交流までしてしまった。

 でも保険屋さんとの合コンがしたいですというお願いは丁重にお断りした。こんな軽い奴らをうちの事務所のラブリーな女の子達と引き合わせられない。

 それでもし、私が紹介した中村さんや弓座さんが恋愛に嵌って仕事への興味を失ってしまったら、私が副支部長に殺される。それは確実だ。

 私はそんな話を皆としないんです〜、と言って、キッパリと断るとちょっと残念そうだった。

 うーん、若いぜ、君達。まだまだ遊びたい年齢なのね。


 12月の中旬、私は気分もよく冬の街を歩く。

 街路樹には電灯が飾り付けられ、店のディスプレイも派手になってきていた。

 もう、クリスマスなんだな。

 そういえば去年のクリスマスは、夫がいない寂しさに号泣して、女友達に慰めてもらったんだった。寂しさに耐え切れずに電話すると、友達は自分のダンナをほったらかしで駆けつけてくれて、抱きしめて慰めてくれた。お陰で私はクリスマスに発狂せずに済んだのだ。

 有難かった女友達の存在。

 親には見せられない姿をいつでも見せてきた親友に抱きついて過ごしたんだった。

 後で私は彼女とその理解あるダンナさんに、せめてのお返しにと、遅れたけれどクリスマスプレゼントを奮発した。

 ・・・また一年が経ったんだな、と思った。

 今年は泣かずに済みそうだ。仕事が楽しくなってきてそれどころじゃないし、それにそれに―――――――


 彼等から必死に逃げているから。

 脳裏に浮かぶのは、うちの会社名物の優績者とその相棒の美形。

 大会以来避け続けているけど、タイミング悪くエレベーターホールや食堂で一緒になることがあった。

 その時、平林さんは必ず何か企んだ笑顔で、高田さんは相変わらず無表情で、こちらに真っ直ぐに向かって来る。

 気付いた時にはすでに遅く、私は背の高い彼等に包囲されて縮こまるのだ。

 主に話すのは平林さんだけど、その間無口で無愛想なイケメンも席を立つこともなく一緒に座っている。

 たまに私をじっと見る。それが苦しい私だ。

 支部でも一度、尾崎さん最近平林さんと高田さんと仲がいいんですね〜と事務員さんに言われて倒れるかと思った。

 いつ見てたの!?もしかして、噂になってる!?とショックを受けて。

 ぎょっとして振り返った私に、事務員の小原さんがお目目をキラキラとさせて覗き込んできたのだ。

「前も一緒に食堂にいましたよね?ナンパしたんですか〜?」

 私が声かけたことになってるし〜!!

「いいいいいえ、違います!全然仲良くないんです」

 必死でいい訳をする私を見てケラケラと笑い、彼女は、羨ましいですよ、平林さんと高田さんとお昼なんて、と言う。

 ・・・望んだことじゃないんです、と心の中で呟いて、からかわれてるだけです!と答えてダッシュで逃げた。

 目立ってる!目立ってるから、私!!

 で、必死で避けてるってわけ。まだ確実には彼等が私のどこに興味を持ったのか判らない。たーぶん、面白がってからかってるだけだとは思うけど・・・。

 御多忙のはずなんだから、遠慮せずにどうぞお仕事に行ってください、と心の中で願うばかりだ。

 まだ救いなのは、二人が一緒にくること。そのどちらか一人だけだとすぐに行き着くところまでいっちゃった噂になるに違いない。二人だから、まだ、尾崎さんがからかわれてる〜ってレベルで済んでるのだ。

 どうぞそのままでお願いします!クリスマスの神様にもお願いしとかなきゃ。

 私はため息をついて、曇り空を見上げる。

 雪になりそうな気温だった。



 やっぱり、その夜から雪が降ってきた。

 テレビのニュースではいつもより早い初雪に警戒を呼びかけていたし、小さな安物アパートの私の部屋はシンシンと冷えまくっている。

「うううううう〜・・・寒い寒すぎる〜」

 去年はどうやって過ごしていたのだ、私!そう思うほど、この部屋には暖房器具がなかった。もう何もする気が起こらず、羽毛布団に毛布ものせて包まって寝てしまった。

 というわけで、翌日の日曜日、朝から買い物に出かけることにした。

 部屋に元々ついていたエアコンはもう古くて全然意味がなさげ。だけどエアコンを取り替えるのには金も時間もかかるし、と電気ストーブとホットカーペットを買い込んだ。

 7畳間の小さな部屋だ。ホットカーペットを敷き詰めておけば、足元の冷えがなくなるだけでも大いに違うに決まっている。

 こういう時は駅前で助かった。

 いそいそと部屋に戻り、カーペットを敷くには邪魔になる家具をアパートの廊下にまで出しての大改造をした。

 部屋中にホットカーペットを敷き詰め、気に入った柄のカバーを上から被せる。それだけでも部屋の中の高感度は一気にアップした。

 単純〜。でも視界の威力というのは凄いものがあるんだな。

 一人で頷いて、部屋の改造に戻る。

 ついでに古いエアコンも掃除して、もうこうなったら年末の大掃除だ!と端から端まで掃除しまくった。

 引越ししてから段ボールから出してなかったものはもう要らないものだと中身を見ずにそのまま捨てて、一つだけの箪笥の中身も整理して、そこに入らないものは全部捨てると決めた。

 全く装飾をしてなかった壁にも好きな写真やオブジェを飾り、部屋の電気も明るいものに変えた。

 一人で真冬に汗をかきながら、部屋の大掃除と大改造をしていた。

 その内楽しくなってきて、笑いながらやっていた。アルコールも飲んでないのに酔っ払ってるみたいだった。

 そして外も暗くなる夕方5時。

 私は今日一日かけて改造した、住みだして1年半の部屋を見回して大いに満足する。

 床一面にホットカーペット、その上には淡い黄色のカバー。壁の白色に映えて部屋が一気に明るくなった。

 電気も白からオレンジにかえて雰囲気が柔らかくなったし、大量にものを捨てたお陰で狭かった部屋が広く使え、段ボールが消えたことで殺風景でなくなった。

 壁や箪笥の上に飾った好きな小物。離婚してから少し前までは、部屋を装飾しようなんて全然思わなかったな。

 そんな余裕なんて全然なかった。食べることさえようやく満足に出来るようになったのだから。

 しんみりとしてしまったけど、くしゃみが出て我に返る。

 やだやだ、体が冷えて来ちゃったわ。

 外に出していた家具も運び入れて何度も確かめながら配置し、掃除の為開け放していた窓をやっとしめて、エアコンのスイッチを入れる。

 エアコンもいつも通りの大きい音はしていたけど、掃除のお陰で綺麗な空気が出ているようだった。よしよし。そしてホットカーペット!これの威力は凄いな。部屋全体が簡単に温まってしまった。

「・・・もっと早くやればよかった」

 一人の部屋で呟く。

 これからは電気代がかかるんだろうな。でも、この明るい気持ちを手に入れられたから、いいや。

 そう思って笑った。

 いいや、頑張って働こうって。

 夜の7時には、外はまた雪が降りだしていた。

 だけど私は温かい自分の部屋で一人鍋をして、ビールを飲んでいた。

 離婚して実家を出て、こんなに一人で寛いだのは初めてだった。目に入るもの全部が愛おしくて、ちょっとハイだったのだろう。

 やっと自分の部屋になった気がしたのだ。

 ここは、今日でやっと私の居場所になったんだって。






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