番外編 「亀山陽介の本日の占い」



 亀山陽介 30歳 広告企画営業

 「run and hide」と「キウィの朝オレンジの夜」にて梅沢翔子の同僚で出没。いつでも翔子に迷惑をこうむり、尻拭いをしている。

 「キウィの朝オレンジの夜」にてヒロインの神野玉緒を後輩のセクハラから助ける結果に。

 いつでも飄然としたマイペースな男。



*********************



「かーめー!!出来た出来た!お待たせ!」

 梅沢翔子の声がキンキンとフロアーに響き渡る。

 俺はヘッドフォンをつけたままで振り返りもせずに後ろに手を伸ばす。

 手を出しているんだからそれに乗っければいいものを、わざわざ俺の頭に音を立てる勢いで叩きつけて、同期の梅沢は偉そうに言った。

「有難く頂戴しなさいよ、急いで片付けたんだから!」

 俺はうんざりしてようやく振り返る。

 頭の上に置かれた待ち望んだ書類を引っつかんで、下から睨みつけた。

「・・・何でお前、そんなに態度デカイの?人の仕事止めてたの、自分でしょ」

 転職組みで同期入社の梅沢翔子が、上からふふんとやらしく笑う。

 そして大ぶりなピアスを揺らして言った。

「だからお待たせって言ってんでしょ?音楽聴きながら仕事するのは態度がデカイとは言わないわけ?」

 俺の前に座る後輩の田島が笑いを漏らした。

 それを視界の端でキャッチして、ヘッドフォンを外して向き直る。

「・・・・んだよ、田島」

 28歳独身でうちの部ではやり手として将来有望視されている田島幸治がまだ笑いながら顔を上げて俺と梅沢を交互に見た。

「いやあ、おかしいですよね、先輩達の会話って。どっちもどっちですよ、僕から言わせたら」

 梅沢と二人でハモった。

「「一緒にするな」」

 お互いににらみ合ったあと、ふん、と鼻で笑って梅沢は自分のデスクへ戻っていく。

 俺は机の上のガムを口に放り込んで、またヘッドフォンを耳に被せた。

 前で呆れたように田島が呟く。

「・・・よく音楽聴きながらこんな面倒臭い企画書まとめられますよね。亀山さんて、ある意味凄い・・・」

 うるさい。この自由があるからこそ、ここの会社に転職したんだ。

 ずり落ちてくる眼鏡を押し上げてやっと回ってきた書類に目を通す。ヤレヤレ、ようやく俺の仕事だ。

 同期の梅沢翔子はやり手の営業だ。

 それは間違いない。

 取ってくる新規の契約数も結構なものだし、あのユニークな頭から生み出される企画は斬新で、いつでも上司を唸らせる。

 確かに腕は認めている。だけど、あの女は迷惑なヤツなのだ。

 モチベーションが気分に左右されやすい。去年は長年片思いだった男友達と離れるだ何だとうだうだ言ってモチベーションまで奈落の底へ落とし、丁度共同で進めていた案件が完全にストップしてしまってえらい迷惑だった。

 そしてその後は無事に友達から彼氏へと昇格したらしいそいつと喧嘩しただデートに遅れただとぎゃあぎゃあ一人でパニくって、その度に業務を止めやがる。

 アイツとは二度と組みませんと課長に直訴したにも関わらず、何故かいつもペアを組まされるのだ。

 ・・・・新手のいじめか?そうなのか?くそう・・・自由な社風で気楽な格好で出勤できるし、俺はこの外資系広告会社が気に入っている。

 だけど同期の梅沢のおもりには正直うんざりだ。

 あいつは台風みたいに周りを巻き込んでぐちゃぐちゃにしてしまう癖があるに違いない。もしくは、趣味か。



 この間だって――――――――


 つい、思い出して手を止めてしまってたら、昼のチャイムが鳴った。

 うちの営業課は休み時間なんてあってないようなものだけど、ランチタイムだけは確実に決められている。

 つまり、社内にいるなら食いっぱぐれは阻止される。

 パソコンから繋いでいた音楽を消して書類を引き出しに仕舞い、社員カードだけ持って立ち上がった。

 これで社食ではお金を使わずに食べられる。月末に給料から一気に引き落とされる仕組みだった。

 お気に入りの月刊雑誌を手にし、立ち上がってブースを出たところでまた梅沢と遭遇した。

「今日は何にする?」

 当然のように一緒に歩き出す梅沢をちらりと見た。

 ・・・面倒臭い。だけど同席を断る理由もない。よって、毎日これは繰り返される。

「・・・日替わりかな。あ、それか丼」

「うーん、私はとんかつ定食にしよっかな〜・・・」

 エレベーターホールに向かうと、元気な声が聞こえてきた。

「あ、そうか、今日は月曜日」

 隣で梅沢が小さく呟く。ほどなく、エレベーターを待つ社員達にお疲れ様ですとチラシを配る生命保険の女性営業の姿が見えた。

 ・・・・これだ、この間、梅沢が俺を巻き込んだ元凶。

「あ、梅沢さんお疲れ様です!亀山さん、こんにちは〜」

 今日も元気満開の笑顔で保険会社の営業職員、神野さんが頭を下げる。

 声も溌剌、大きな笑顔。くるくると変わる表情。ついこっちまで笑ってしまうような明るさだった。

「こんにちは〜!神野さんもお疲れ様!」

「・・・お疲れさんです」

 梅沢がチラシを貰い、今日の占いをチェックしている。え、てんびん座最下位じゃなーい!などと隣でぶーたれる。

「はい、亀山さんもどうぞ。お昼のお供に」

 にっこりと笑って、神野さんがチラシを手渡す。人懐っこい笑顔についそれを受け取って、俺は頷いた。

「ども」

 エレベーターの口が開き、じゃあね〜と梅沢が軽やかに手を振って、神野さんと別れた。

 彼女はああやって昼休みの間エレベーターホールで保険の募集をする。

 頑張り屋で、明るい、真面目な子だと思った。

 その彼女に先日、絡みついたバカがいる。

 食堂に入って真っ先に目があった、あの後輩―――――――バカ男の信田だ。

「あ、信田」

 梅沢も気がついたらしく、声が不機嫌になる。

 俺はお盆を彼女に押し付けて、ホラ進め、と列に背中を押して促す。

 ここで喧嘩は止めてくれ。もう止めるのが面倒臭い。

 信田もバッチリ気付いたようで、決まり悪そうな顔をしてさっさと席を立った。

 よしよし、いいぞ、頼むから鉢合わせは勘弁だ。

 前で唸る梅沢を見下ろす。つい、ため息が出た。


 先日、あの保険営業の神野さんに、あのバカ後輩の信田がセクハラをしたのだ。

 エレベーター前の立ち募集をしていた彼女に近づき、仮にも初対面の女性に、「枕営業してるんだろ?契約やってもいいよ」などとぬかしやがった。

 それをたまたま、エレベーターに向かっていた俺達、俺と梅沢は聞いてしまった。

 神野さんは笑顔を消して淡々とまともに対応をしていたが、信田はしつこかった。

 女性で枕営業してないのに、主任になんかなれるはずがない、という台詞を聞いた時、やばい、とは思ったのだ。

 でも、あ、と思って隣を見たときにはすでに梅沢の姿はなくて、俺が手に持っていたはずの雑誌もなくなっていた。

 そして俺が梅沢!と叫んだと同時くらいに、信田が神野さんの前から吹っ飛んだ。

 漫画みたいだった。

 般若みたいな顔をして、怒れる梅沢翔子は後輩をぶっ飛ばしていた後だったのだ。

 非常にうんざりした。

 だけど仕方ないから仲裁に入り、信田に頭を下げさせ、梅沢を引き離して、神野さんに謝った。

 あー、思い出しても頭痛がするぜ。

 それ以来信田をみるたびに短気な同期が喧嘩を吹っかけるのを止めるハメになっている俺だ。

 ・・・・可哀想だぞ、俺。


 ご飯の後は、梅沢は喫煙室に直行する。

 あの女はヘビースモーカーの上にドランカーなのだ。それであの無茶苦茶な思考回路の説明がつくってもんだ。要するに、いつでもラリってるに違いない。

 常に、あの口にはタバコかアルコールのグラスが引っ付いている。

 打ち上げなんかに参加しようものならあいつの隣は煙たくって仕方がない。いつもそれで文句を言うのだが、鼻で嗤って返される。

「亀、酒も飲めないでよく営業してられるわね」

「お前そんなにタバコ臭くって、よく男に振られないな」

 俺は梅沢の口からタバコをひったくって目の前で折ってやる。

 ぎゃあああ〜!何するのよ!!タバコ高いんだからね!と横で苦情を垂れ流しにしていた。

 食堂で別れてから、俺はコーヒーを買いに自販機へ進む。

 するとそこで信田にばったり会った。

「・・・あ、亀山さん」

「信田」

 何か言いたそうな顔を見て取って、面倒臭いから横をすり抜けた。

 社員カードを押し付けてブラックの缶コーヒーを買っていると、信田がまだ居て、何やら決心したような顔をしている。

「あの、亀山さん、今いいっすか?」

「―――――ダメ」

 また横を通り抜けようとすると慌てて後ろをついてきやがった。

「頼みますよ、助けて下さいよ!」

「あん?俺が、何で?」

 振り返りもせずに言うと、後ろで泣き声のような気持ち悪い声を出した。

「亀山さーん!」

 うんざりして振り返る。またずれてきた眼鏡を押し上げて睨んだ。

「・・・んだよ、鬱陶しいな、お前」

 信田は本当に泣きそうな顔をして、すいません、と頭を中途半端に下げた。・・・それくらいならいっそ土下座しろ、と言いたかった。

「何」

「梅沢さんです」

「うん?」

 泣きそうな後輩はやっぱり泣きそうなままその場でキョロキョロと人が居ないのを確認して、話だした。

「あれ以来どこで会ってもセクハラ野郎って呼んでくるんですよ〜。何とかしてください。部の課長にまで何したんだって聞かれるし・・・」

 ・・・・梅沢。喧嘩の売り方にもほどがあるだろ。軽く頭痛を感じて俺は目を閉じる。

 ああ・・・自席に戻ってノルウェーのコンピレーションアルバムに戻りたい。このバカの相手じゃなく。もちろん、あの台風女の尻拭いでもなく。

「・・・お前が悪いんだから、我慢すれば?」

「俺は謝ったじゃないですかあ!本人だって気にしてないのにどうして梅沢さんがー!」

 俺は缶コーヒーを信田の頭に打ちつけた。コーンといい音がする。

「痛っ!」

 信田が驚いた顔をパッと上げる。

「お前ね、あの営業さんが気にしてないなんてどうして言えるわけ?」

「え?」

 本当にバカだな、こいつは。呆れた顔をして後輩を見る。既に憮然としている。全く人の気持ちに疎い男だ。

「ただ自分の仕事をしているだけなのにいきなり侮辱されて、それがしかも自分と寝ろよってな台詞だったんだぞ。よっぽど鈍くない限りは未来永劫気にするし、あの子は多分、鈍くない」

「・・・」

「お前が言ったこと考えたら梅沢にセクハラ野郎って言われるくらい何ぼのもんじゃと思うけどな」

 俯いて、顔を真っ赤にしている。ヤレヤレ・・・。

「・・・まあ、梅沢にもいい加減にしとけって言っておくわ。それでいいだろ?」

 これで話は終了だと歩き出すと、信田が後ろから亀山さん、と呼んだ。

 うん?まだ何か?と振り返ると、俯いていた信田がぶーたれたままの顔で言った。

「・・・亀山さんと梅沢さんて、デキてるって本当ですか?」


 ――――――――あん?


 俺はつい口を開けて廊下に突っ立つ後輩を見詰める。

 ・・・何か、今、ノイズが聞こえたような?気のせいか?やっぱり音楽聴きすぎかな?若干難聴気味なのか、俺は?

 耳をトントンと叩いてみる。だけどまともにそれは振動して聞こえた。

 ってことは、聞き間違いじゃ、ない。


「・・・信田、それ本気で言ってる?」

「はい」

「・・・どっから出たの、その仰天の話」

「いや、だって・・・」

 信田はまだぶー垂れたままでのろのろと話す。

「亀山さんがいつも梅沢さんを庇うから・・・あの人、無茶苦茶ですよ!なのにいつでもフォローしてるでしょ?だから―――――」

 俺は乱雑に手をぱっぱと振った。

「ああ、もういいもういい」

 全く、頭痛がするぜ。

 はあー、と盛大なため息を吐く。これからまだ膨大な仕事が待ってるっていうのに、何で休み時間にこんなハメに・・・俺、本当に可哀想だぜ・・・。

 とにかく、このバカだけは何とかしておこう。

「信田・・・」

 またずり落ちる眼鏡を押し上げて、俺は言った。

「梅沢は確かに無茶苦茶だが、優れた営業だ。お前も少しは見習え。俺がフォローするのは、そうしないと仕事が前に進まないからだ。お前も邪魔するのやめてくれ。俺が梅沢を庇うのは、そうしないと社内にどんどんあいつの敵が出来て―――――――」

 両手をパッと広げた。

「面倒臭くなった梅沢は転職してしまう。それはうちの部にとって損失だ。傍迷惑な女だろうが、あいつはキチンと会社の役に立ってる。大事なのはそれでしょ。・・・因みに俺にも好みがあって、それは梅沢みたいなバリキャリの女じゃない。以上」

 後は一度も振り返らないでエレベーターまで突進した。

 ああ・・・無駄な時間を過ごしてしまった。一人でエレベーターに乗りながら、壁に頭を打ち付ける。

 自分の部のフロアーではまだ神野さんが居て、通りすぎる社員に笑顔を配っていた。

「亀山さん!お昼、終わりですか?」

 にっこりと明るく微笑む。俺は少し慰められる。

「うん、そっちはお昼どうするの?いつも、この後?」

 俺の質問に、いえいえ、と手を振った。そしてスーツのポケットから栄養スナックの箱を出して見せる。

「今日はこれから支社で研修なので、昼はこれです。移動しながら口に突っ込みます」

 あはははと笑う。・・・本当に明るいな。

 俺はちょっと優しい気持ちになって、手に持っていた缶コーヒーを彼女に差し出す。

「ブラックでよければ、お供に、どうぞ」

 明るさを貰ったお礼だ。

 彼女はビックリした顔をして、それからまたパッと笑顔になり、勢いよく頭を下げた。

「ありがとうございます!」

 そしてわーい、と言いながらコーヒーを受け取る。そしてにこにこして言った。

「亀山さんは星座なんですか?今日の運勢みました?」

 ・・・見てない。俺は昼食前に貰ったチラシをポケットから出す。

 そして自分の星座の所に目を走らせた。


 ―――――――牡羊座。星☆。お昼休みがアンラッキー。気を遣うことが多いでしょう。


 つい、苦笑した。



番外編 終わり。

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