3、指が絡まる日常へ。@
「玉!た〜ま〜!!起きて、着いたよ〜!」
菜々が耳元で叫ぶ。
あたしは身じろぎをして、更に帽子を深く被る。
「・・・やかましい・・・。もうちょっと寝かせて」
「バスの運転手さんが可哀想でしょうが!早く起きなさい、バカ言ってないで!」
体をゆすられて、やっと頭が起きた。
がばっと身を起こしてみると、もう既にバスの中にはあたし達だけだった。
菜々が呆れた声で言いながらあたしをせかす。
「爆睡通り越して昏睡だったよ、あんた。早く降りなきゃ。もう自然解散で、皆ほとんど居ないんだよ〜!」
「うわあごめん!」
あたしは垂らしてたらしい涎のあとを急いでぬぐって、立ち上がった。
荷物を持ってバスを出る。運ちゃんにもちゃんと頭を下げておいた。
夕方の太陽がビル群の間から光りを放っている。それに目を細めて周囲を見回すと、確かにもうほとんど誰もいなかった。
バスから離れながら菜々が言う。
「玉これからどうするの?お茶して帰らない?また明日からお仕事だし―――――」
「神野は俺に貸してくれないか、大石さん」
どこからか声が飛んできて、二人で驚いて見回す。
ビルの入口近くに真っ直ぐ立って、稲葉さんがこっちを見ているのに気付いた。
――――――わお。夢の王子様、発見。
あたしは無意識に口元を撫でる。・・・涎のあと、ちゃんと消えてるよね?
菜々は急いで首を縦に振り出した。
「稲葉支部長!!あ、はいはい、勿論です。あたしのものじゃないし、もう返却しなくていいですから」
いいながらあたしの背中をぐいぐいと稲葉さんのほうへ押す。
「いたっ・・・こら、菜々!」
「じゃ、あたし帰る。また優績者研修でね、玉!」
そしてあたしの耳に口を近づけて、ぼそっと言った。
「何が起こったかは全部教えてね!」
あたしが呆れて彼女をみると、お持ち帰りじゃん、あんた!と小声で言って楽しそうに笑った。ばいばい、と大きな声で言って後ろに下がる。
あたしは、もう!と手を振って彼女を追い払い、緊張して稲葉さんを振り返った。
稲葉さんはあたしを柔らかく見下ろし、綺麗な笑顔で言った。
「大石さんは、正しい」
「は?」
一歩であたしに近づいて、瞳を煌かせて言う。
「お前は俺にお持ち帰り、されるんだ」
・・・・聞こえてたのか!恐るべき地獄耳だ。
こいよ、と促されて、まだ寝起きのあたしはふらふらと彼についていく。
支社の駐車場に停めていたらしく、稲葉さんのシルバーの車に乗せられて街を走った。
繁華街を抜けてすぐスピードが落ちたから、え?と思っていると、車はそのままホテルに突っ込んだ。
「支部長?」
ミラーを見ながら一度でバック駐車を決め、稲葉さんがため息をついてから呟く。
「・・・だから、プライベートでは・・・」
・・ああ、はいはい。
「稲葉さん。えーっと・・・帰るのでは?」
エンジンを切ってドアを開け、横目であたしを見た。
「家はダメ、集中したいから」
――――――――はい?何言ってるのか判らない。送ってくれるんじゃないの?
あたしは荷物を抱えたままぼーっと考える。
だけど急かされて、あたしはとりあえず車を出る。ぐいぐいと背中を押されて部屋を選び、エレベーターに乗ったところでいきなり気付いた。
ってここ、シティホテルやビジネスホテルじゃなくてラブホじゃん!!今あたし部屋選んだ!?そういえば!!
隣に立つ稲葉さんは全くの普通の顔で、じっとエレベーターの表示を眺めている。
集中って・・・!あたしは突如真っ赤になる。きゃああああ〜!待って待って、もうなんでこんな急な・・・。
しかし、時すでに遅し。
バスで昏睡していてちゃんと覚醒してなかったあたしは気付いたらもう部屋の中にいて、その入口で、稲葉さんの熱いキスを受けていた。
抱きしめられていて、二人の荷物は足元に散らばっている。
舌で口内をかき回されて呼吸が出来ない。
「・・・っ・・・」
「・・・美味い」
にやりと笑って目を細め、稲葉さんはまた顔を近づける。
キスは激しかった。あたしはくらくらと意識が崩れ、立っていられない。
そのままベッドまで押していかれ、キスをしたままなだれ込む。少しだけ顔を離して稲葉さんがため息をついた後、低い声で言う。
「・・・一晩のお預け、死ぬかと思った」
その言葉に震える。・・・良かった、寝不足になったのあたしだけじゃなかったんだ。
「今日は無視されてばかりだったし。あれ凹んだ〜。ガツガツしたくないけど、もう我慢の限界」
「しっ・・じゃなくて、稲葉さん!シャ、シャワー浴び・・・」
「必要ない。これ以上待つの無理」
稲葉さんは一度起き上がってパッパとシャツを脱ぐ。あたしは、彼の顔と同じく整った素敵な上半身をガン見してしまった。無駄のない肉つき、滑らかな肌。意外にある胸筋に見惚れる。
「俺に見惚れてないで、神野も脱いで。――――――いや、いいや、剥きながら抱こう」
言うや否やあたしに覆いかぶさり、手際よくあたしの服を脱がせる。
「きゃあ〜!い、い、稲葉さーん!」
「乱暴したくないんだ。協力して」
あっという間に服も下着もどこかへ飛ばされて、あたしは熱い体を受け止める。
両手を使ってあたしの全身を触る。その心地よさに恥かしさも消える。
稲葉さんは本当にガツガツとあたしをむさぼった。
声は喘ぎにしかならず、あたしは上に下に転がされて、彼の好きなように操られ、ただ気持ちよさに溺れていた。
男の人とこんなことをするのが久しぶりなのに、あたしは初めから妖婦のように反応をしてしまう。
彼の指が触ったあとが焼けどのように燃え上がる。焦らされたわけでもないのに涙を落として懇願する。
目を開けると霞む視界の中で稲葉さんが切ない瞳であたしを見ている。それだけで、達するかと思った。
「・・・神野」
キスの合間に彼が言う。
「・・・そんなに締め付けたら、もたない」
彼の顔が苦しげに歪む。それがあたしに喜びを与える。もっと気持ちよくなって欲しい、そう強烈に思った。
「・・・いいの。何度でも――――――抱いて下さい・・・」
彼が微笑む。そして頷く。動きが激しくなった。汗ばむ胸元にあたしは手を伸ばす。
あたしの体で、稲葉さん。気持ちよくなって――――――――
そんなこと、今まで男に抱かれている時に思ったことなんてなかった。
焦るような、震えるような、心底から感じる渇望なんて感じたことなかった。
好きなんだ、この人が。あたしはこんなにも好きなんだ。
心の堤防はすでに形もない。あたしはただ感情に任せて彼に甘える。望むなら、何でもあげる。全部全部、あたしをあげる。
だからもっと、もっと強く抱きしめて―――――――
[ 29/35 ]
←|→
[目次へ]
[しおりを挟む]