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「本当いーい男、ですねえ、いなばしぶちょ〜。彼女いないんだったら玉なんてどうですかあ〜?支部長への恋心を忘れるために仕事に没頭しているカワイソーな女なんですう〜」


 うっぎゃああああああ〜!!!


 あたしは半泣きだ。酔っ払いにしがみついて、何とか連れて行こうと全力を出してはいるけど彼女は動かない。

 稲葉さんがどんな反応をしてるかなんて、恐ろしくて振り向けない。

 何でもいいから早く逃げたい。

 ってか、この場から消えてしまいたい。

 ああ・・・神様。

「なっ・・菜々ってばー!!」

「この子、支部の移動まで企んで・・・」

 ついにあたしは固まった。ざあーっと全身から血が抜けていくのが判った。

「―――――何?」

 稲葉さんの声が聞こえた。

 あたしは体を震わす。動悸も凄いし、震えも半端なかった。そのあたしの震えが伝わったか、それとも空気が一瞬で冷えたからか、菜々がやっと少し覚醒したらしい。

「支部の移動?移籍ってことか?」

 そろそろと口元を押さえて、あ・・・と声を零す。

「・・・いえ、あの、そうでなくて・・・」

 菜々が言い出すのに、あたしはここぞと力を込めて押した。

「菜々、部屋に戻ろう!」

「あ、うん。・・・判った、玉」

 後ろで稲葉さんが呼ぶ。

「神野?」

「あたし!」

 彼を見ないままで叫んだ。

「彼女を部屋に送っていきますから!お休みなさい、支部長!」

 そしてそのまま菜々を押してエレベーターまで突進する。ボタンを連打して扉を閉めると、そのままドアに背をつけてずるずると座り込んだ。

「――――――玉、ごめん。絶交でも仕方ないよね。受け入れるよ、あたし」

 酔いが醒めつつある菜々が同じく泣きそうな顔で言う。あたしは手を振った。

「・・・・酔っ払いは責められない」

「でも・・・マジでごめん〜!!」

 あたしは何とか笑ってみせた。

「・・・大丈夫。これで玉砕は決定だけど。何とかなるよ」

 何とか・・・・なる、んだろうか。

 そう言えば、玉砕って玉が砕けるって書くんだよね。・・・玉緒、砕ける・・・。

 自己嫌悪で泣き出した菜々を更に慰めてから、あたしは彼女を部屋に突っ込んで同室の女の子に「泣き上戸なの」と説明してあとを任せ、自分の部屋にフラフラと戻った。

 ドアを閉めてからぼんやりと考える。

 ・・・・今晩、一人部屋で良かった・・・。

 夕波さんと同室だと泣けない。

 なんて情けない、あたし。自分で告白もせずに勝手に自滅だ。

「・・・ふ・・・」

 ぼたぼたと涙が落ちだした。あたしは明りも付けずにそのままで泣く。声は出さずにしゃがみ込んで涙を落とした。

 鼻が詰まって呼吸が出来ない。ぐっと両目をきつく閉じた。

 ああ――――――――――・・・どうしたらいいんだろう、これから。

 明日の朝は?

 その次に支部で会うときは?

 何も起こらずにスルー出来るだろうか?

 そんなの無理だ。こんな状態では――――――――――

 チャイムが鳴った。


 そろそろと顔を上げる。手を伸ばして部屋の電気をつけてから、ティッシュで鼻をかんだ。

 その間にもチャイムは鳴り続けている。

 あたしはゆっくりと入口に向かう。

「・・・はい?」

「稲葉です」

 ガツンと頭に衝撃があった。また自動的に飛び出す涙をイライラと払う。ちっくしょう!泣くくらい勝手にさせてよ!

「・・・何ですか?」

「聞きたいことがたんまりとある」

「黙秘します」

 ため息がドアの外から聞こえた。そしてノックの音。

「―――――――とにかく、ここを開けてくれ」

「嫌です〜」

「・・・神野」

「もう、もう、もう10時過ぎですよ〜!消灯です〜!」

 あたしはわたわたと両手を体の前で振りまくってくるくる回る。いやだあああ〜!今日はもうキャパオーバーだってば!早くどっか行け!!

「まだ宴会場盛り上がってるぞ」

「ここは客室です〜!」

 しばらく沈黙があって、やたらと静かな稲葉さんの声が聞こえた。

「―――――確かに客室で、夜の10時18分で、静かだな。・・・暴れたら、目立つよな」

 何だと!??

「あばっ・・・!?」

「ドア蹴っ飛ばしたら、旅館の迷惑だよな?」

 やりそうだあああああ〜!!!その企んだような声にビビッて、あたしは咄嗟に鍵をあけてドアを開いてしまった。

 開いて、目の前に腕を組んで立つ稲葉さんを見てハッとした。

 ・・・・あああああ〜・・・ハメられたああ〜・・・・。

 支部長はあたしの横を通り抜けて部屋に入ってきた。腕を組んだままで見回し、聞く。

「誰と使ってるんだ?」

「・・・一人です」

 あたしはもそもそと答える。ううう・・・これから追求が始まるんだろうなあ〜・・・辛すぎる。どうしよう、今のうちに菜々の部屋に逃げるか?

 考えながらドアを振り返ると、入口まで戻ってきた稲葉さんが横から手をのばして閉めたところだった。

 ・・・・ダメだ。退路は断たれた。キッチリ鍵までかけられてしまった。

「泣いてるのか?」

 あたしは部屋に入りながら乱暴に袖で目元を拭った。

「泣いてません!」

 後ろから部屋に上がって、稲葉さんは静かな声で聞く。

「・・・・支部移動ってなんだ?」

「―――――出来ませんから、大丈夫です」

「理由を聞いている」

 あたしは俯いたままで小さく答える。

「職域営業に戻りたくなっただけです」

「どうして?」

「―――――――・・・」

 ため息が聞こえた。すぐ後ろで、稲葉さんが呟くのが聞こえた。

「本当に、強情っぱりだな・・・」

 言葉と同時にあたしの腰に手が回された。

 悲鳴も問いかけも出す暇もなく、くるりとひっくり返されてあたしは稲葉さんの腕の中。そして――――――


 口付けを、されていた。




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