1、強情っぱり。@



 そんなわけで宴会となった。

 7時丁度から始まり、最初に支社長の挨拶があって、この記念月に健闘した皆さんに感謝を、とか何とかぬかしていた。

 その頃にはお腹がすいて気絶しそうな営業職員達は、泡が消えていくビールを見詰めながら、さっさと乾杯しろよ!と呪っていた。

「乾杯!」

 盛大な声と共にグラスがあげられる。

 男性営業も半分ほどはいるので、何しか声がでかい。ほとんど雄たけびになっていて、あたし達はそれを聞いて笑った。

 上司席にいる稲葉さんは温泉にもつかったらしく浴衣姿で、あたしはそっちを見ないように全力を尽くしていた。出来るだけ、背中をむけて。意思を総動員して。

 両隣に並ぶ皆とえげつないお客さんについてで盛り上がる。たまに意識が稲葉さんに向くのを阻止するのはしんどかったけど、後はそれなりに楽しんだと言える。

 菜々が斜め前でガンガン飲むので、それをハラハラしながら見ていてたまに注意もしていた。

「ちょっと菜々!大丈夫なの、そんなに飲んで!?」

 斜め前からヘラヘラ笑って、上機嫌で菜々は手を振る。

「大丈夫よ〜!玉も飲んでる〜?」

 あたしはそんなに強くないので、と出来るだけ断ったけど、それでもいつもよりは飲んでいた。

「あたしはもういいや〜。フラフラだもん・・・。あー・・・外行こう」

 食事はあらかた平らげたし、半分くらいの職員は宴会場から出てしまっていた。もう時間は9時半過ぎだ。

 これからまたお風呂に入るベテランさんや、ゲームに白熱する人もいるんだろう。

 あたしは折角なので、この豪勢な旅館の日本庭園でも散歩に行こうかな、と思っていた。さっきトイレに行く途中で見たら、ライトアップされていて綺麗だった。

 会場を出て、暑いからと脱いでいた半天を羽織る。

 ううう〜・・・やっぱ、ちょっと飲みすぎたかも・・・。でもいい気持ち〜・・・。

 久しぶりに大いに騒げて気分は良かった。

 うふふふ〜と一人で笑いながら、庭の方へ向けて歩き出す。

 3月と言ったって雪も降るような気温なのだ。出れば頭もちょっとはハッキリするかも〜、とあたしは庭へ通じる通路へ出た。

 途端に冷たい風が顔に正面から当たり、あたしは目を細める。

「・・・うわあ〜・・・寒い・・・」

 口から吐く息は白く、真っ暗な天に昇っていく。そのまま見上げるといくつか星も見える。

 あたしは真上を向いたままで、しばらくその黒い世界に見惚れていた。

「・・・綺麗」

 それから転ばないように注意して、ゆっくりと庭への飛び石の上を歩く。

 旅館の下駄がカラコロと鳴った。

 丁寧に手入れされた植物と石で作られた広い庭を、一人で歩いた。寒くて他には誰もおらず、旅館からは笑い声が聞こえてきてはいたけど遠くてぼやけている。

 あたしは楽しい気分になって、冷たい石のベンチに座った。

 浴衣の裾から冷気が忍び込んでくる。

 オレンジの照明に照らされた日本庭園と、豪華な旅館。遠くから笑い声。ふんわりと幸せな気持ちになる。

 暗くて寒い夜、知らない場所に一人でいるのに、この世界は確かにあたしを受け入れてくれている、そんな風に思えて、何だか力が沸いてくる感じだった。

 あまり冷えて風邪を引くとあとが大変だし、と思って、5分ほど一人の世界を堪能してから腰を上げた。

 またカラコロと音を立てて旅館に戻る。

 ああ、ちょっと冷えたなあ〜でもお酒も入ってるし、大丈夫か〜、とつらつら考えながら出てきた廊下目指して歩いていると、聞き覚えのある声がいきなり近くからして飛び上がって驚いた。

「神野」

「うひゃあ!?」

 パッと横を向くと、あたしが出てきた廊下のガラス戸にもたれ掛かって、稲葉さんが立っていた。

「・・しっ・・・支部長」

 館内の照明で顔半分だけを照らして、稲葉さんは優しい笑顔だった。その長身の影を見て、あたしはほんわかと温かくなった。お酒の力を借りて、大して緊張もせずににっこりと笑う。

「この寒いのに散歩か?風邪ひくぞ」

 あたしは足を前に出す。右、左、右、左・・・。体の奥底から湧き上がってくる喜びに頬が緩んでしまう。夜空と星の影響か、いつになく感情に素直な自分がいた。

 何とか館内にたどり着いて、温かい空気の中に飛び込む。

 ・・・あったか〜い・・・。

 あたしが入ってからガラス戸を閉めた稲葉さんを見上げる。

「・・・支部長、ここで何してるんですか?」

 うん?とあたしを見下ろして、稲葉さんは目元を擦る。

「ちょっと逃げてきた。長嶺が絡むし、色んなところから来るお誘いとやっかみが鬱陶しくて・・・」

 卓球を皆見ていたので、また試合しますから来てください、とか、カラオケしましょう、とか、誘われたらしい。そして酔っ払ったオジサン連中にやっかみ半分のからかいを受けた模様だ。

 どこに居ても注目の的、だもんね・・・。

 あたしはちょっと面白くなくて、ぶーたれて言う。

「モテモテですね、支部長」

 稲葉さんは目元を擦っていた手でそのまま前髪をかき上げて、目を細めて笑った。

「色物なんだよな、俺は。酒のアテだ、言ってみれば」

 ―――――・・・・ううう・・・ちょっと酔っているらしい稲葉さんは、いつもより色気まで出ている。目の保養どころか・・・目の毒だ。違う意味で。

「中身が鬼だとは、皆知らない・・」

 あたしの呟きに声を出して笑う。そして、そうだ、と続けた。

「前、楠本さんとお茶したんだって?楠本さんが電話くれたんだ。キウィとオレンジの謎が解けたぞって言うから、何事かと思った」

 ・・・謎?そんな大げさな。

 あたしは頬をかく。

「いきなり目の前に美形が現れたんで、茫然自失しまして。無意識にオレンジジュースを注文してたんです。それで理由を聞かれまして」

 あはははと稲葉さんは面白そうに笑った。

「うん、言ってた。ちょっと面白い子だなって言ってたぞ」

 楠本FPが?やった、それって自慢になるかもしれないぞ。あたしはついにやりと笑う。

「本当ですか?同期に自慢しよ〜っと」

 どの辺が自慢になるんだ?って稲葉さんが言ってる最中に、今度は菜々が乱入してきた。――――――泥酔して。

「た〜ま〜!ここにいた、ん、だああ〜」

 顔を赤くして、足元も覚束ない状態でフラフラとやってくる。あたしは驚いて駆け寄り、菜々の体を掴んだ。

「ちょっと!?飲みすぎだよ、菜々!」

 稲葉さんも笑顔を消して近づく。心配しているようだった。

「・・・明らかに飲みすぎだな。職界の子だよな、部屋まで帰れるか?」

 うへへへ〜と気持ち悪い笑い声を上げて、菜々はトロンとした目で稲葉さんを見上げる。

「大石菜々でーす、玉とは同期なんです〜宜しくお願いし、ま〜す」

 あたしにほぼ抱きついた格好で、菜々はだるそうに喋った。

「あれえ〜・・・いなばしぶ、ちょ〜・・・。何だ、玉と一緒にいたんですかあ〜・・・」

 突然嫌な予感が津波になって襲ってきた。お酒はがっつりと飛んでしまい、あたしは一人で慌てる。

「な・・・菜々!部屋に戻ろう、あたし送って行く――――――」

 あたしに抱きついたままで、へらへらと菜々は笑う。そして稲葉さんを指差して、べらべらと喋りだした。

「怒らないでよ、玉〜!あんたの大好きな支部長とったりしないんだからあ〜」

 ――――――いやあああああ〜!!

 あたしは唇をかみ締める。突発的に真っ赤になったけど、菜々を支えているので稲葉さんには背中を見せた状態なのだ。それは救いだった。

「菜々ってば!しっかりしてよーっ」

 彼女にしがみつきながら必死で叫ぶも、泥酔した菜々には届かないらしい。にこにこと笑って菜々はあたしの足元を簡単に崩していく。



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