4、ご褒美旅行@


 この街に最後の雪が降った翌日、あたしは2月戦のご褒美旅行に出発した。

 うちの支部からは夕波さんとあたしの二名が参加資格があったけど、夕波さんは実家の法事と被ったとかで辞退していたから、あたしは同期と待ち合わせして支社の集合場所に向かった。

「玉〜!!久しぶり〜!!」

「おおおーっ!菜々、おはよう〜!」

 支社の研修やなんかではすれ違うことはあるが、ちゃんと会うのは本当に久しぶりだ。あたし達は抱き合って喜ぶ。

 積もり積もった話がたくさんあって、行きのバスの中はノンストップで喋り捲りだった。

 前からビールだつまみだとやたらと回ってくるので、支部では普通に働く皆に心の中で頭を下げてあたしは楽しくお酒を飲む。

 ハイになって、女の子と騒いだ。

「いつの間に石原君と別れたのよ〜!!」

 菜々の追求に、5年越しの恋愛を終わらせたことを話した。光に対して怒り出した菜々は、二人でしたラブホテルでの最後の晩餐の所で瞳を潤ませる。

 最後、ちゃんと話も出来てよかったねえって。

 あたしは頷く。光は、元気かな。新しい彼女は出来たかな。幸せで居て欲しいなって、今は心底思うのだ。

「菜々はどうなの!?」

 新しいビールを開けてあたしも突っ込む。聞いて貰ったら相手の話も聞くのが礼儀だよな。彼女はうふふ〜と笑って、現在付き合っている彼氏の自慢を延々と始めた。

 出入りしている会社で捕まえた年下の彼氏なのだ。

 最初は頑張って聞いていたけど、その内あたしは触発されて瞼の裏を稲葉さんが通り過ぎるようになってしまった。

 ダメダメ!と頭をぶんぶん振る。

 隣で菜々が呆れたように言った。

「・・・一人で妄想の世界に入って壊れるの、止めてくれる?ラブラブの話を聞きたくないならそう言って」

「聞きたくない」

「くそう!・・・はい、りょーかい」

 菜々は膨れて座席にもたれたけど、その内にちらりとこっちを見て口元を上げた。

「――――――誰のこと考えてたの?」

「うん?」

 あたしは空っぽの缶を逆さにふって中身を確かめる。それを隣から奪い取って、菜々は更に聞いた。

「あたし達のラブラブ話を聞いていて、誰の事考えてトリップしてたの?」

「いや、別に」

 菜々はゴミ袋に缶を突っ込んで、チョコレートを開けながらぶつぶつ言い出した。

「・・・石原君、ではないわよね。そんな終わり迎えてあんたは吹っ切れてるみたいだし。・・・お客さんに惚れた、とか?」

「ないない。あんたと一緒にしないでよ」

 あたしは手を顔の前でぶんぶん振る。その勢いでついでに菜々の肩も殴る。

「痛いっ!何するのよ〜!客じゃないのか・・・営業はそれが多いのにな。じゃあ、じゃあ〜・・・」

 チョコレートを一欠けら口に突っ込んで、菜々は手をポンと叩いた。

「あたしって、バカ。客じゃないなら上司に決まってる。他に男いないもの。――――――稲葉支部長でしょ〜!!」

 あたしは菜々の頭をはたいた。

 ばしっと音がして、きゃあ!と彼女が悲鳴を上げる。

「玉〜!暴力反対よ!!」

 あたしは隣をぐぐっと睨みつけた。出来る限り声を小さくして言った。

「斜め前に営業部長が座ってるでしょうが!やめてよ〜、会社の人間と旅行中のバスの中で爆弾発言・・・」

「だからって殴ることないでしょ!!あんた喧嘩売ってるの!?」

 二人でひそひそと喧嘩をしていたら、また前からビールが回ってきた。

 それを額に押し付けてあたしは熱をさます。

「そうなんでしょ?玉、噂の鬼教官に惚れちゃったんでしょ〜!?」

 あたしはちらりと菜々を見た。

 菜々はゆっくり頷く。

「・・・はあはあ、やっぱり。その目は相当やばいわね。どうするの?アタック?」

 あたしはため息をついて、窓の外に顔を向ける。

「しない。玉砕は目に見えてる。自虐趣味はないの」

「・・・玉砕するかはまだ判らないじゃん。ま、いいや。それで?」

 振り返って顔を菜々に近づけて呟いた。

「支部移動を企んだの」

「はい!?」

 また叫んだ菜々の口を押さえる。

 後ろの席から別の支部の男性営業が顔を覗かした。

「賑やかだと思ったら職域担当のペアか。一緒にいるの久しぶりに見たな〜」

 あたしは菜々の口を押さえたままでにっこりと笑う。

「そうなんです〜。ラッキーなことにどっちも入賞できましたので〜」

「神野は今職界じゃないんだって?」

「はい、家庭の事情で移籍しました〜」

 にこやかにしばらく話して、暴れる菜々を押さえつけていた。

「やめてよ玉!化粧が崩れる!」

 ブーイング著しい菜々をやっと離して、あたしはため息をついた。

「どうせ温泉入ったら落とすんでしょ。大声やめてよ」

 手ぐしで髪を直しながら、菜々がぶつぶつ言いながらあたしを睨む。だけど好奇心は押さえられないようで、それで?とまた聞いてきた。

 あたしは菜々の膝からチョコレートを奪取して、口に放り込んだ。

 甘ったるい味が口の中を占領する。うわあ、ダークチョコだと思ったら、これミルクじゃん!

「・・・出来ないって、やっぱり。前の移籍は特例だったから、今度は無理だって。仕事してても辛いから、副支部長には話したんだけど」

「そりゃそうだよね・・・。でも何で辛いの?好きな人と働けるって最高じゃない?」

 あたしは手をヒラヒラ振る。

「それは、叶うかもしれないってどっかで思えるからでしょ?あたしは絶対無理だって判ってて、それなのに毎日顔を合わせるのよ。二人っきりにならないように活動時間帯は変えたりしてんだけど・・・どうもね・・・」

 盛大なため息がもれた。

 隣で菜々も黙ってしまう。想像したのだろう、自分のバージョンで。

 あたしは稲葉さんの性格を話した。うちの新人がアタックしてケンモホロロだったことも。

 二人で暗く黙り込む。酔いもあって、悲壮感が増したようだった。

 バスがトイレ休憩で大きなサービスエリアに入っていく。

 あたしは菜々と、とりあえずこの旅行では楽しくやろう、と誓いあって外に空気を吸いに出た。

 折角会社公認で騒げるのだ。大いに楽しまなければ。

 トイレに行き、飲み物を買って、タバコを吸う菜々に付き合って喫煙コーナーにいった。

 まだ休憩時間は数分ある。

 菜々が嬉しそうに一服していると、営業部長と他支部の支部長数人がやって来た。

「おう、神野さん」

 機嫌良さ気な営業部長があたしの肩を叩く。スーツ姿でないと、5歳は若く見えるな、この人。

 あたしは職域担当営業部時代からお世話になっている部長に微笑んだ。

「そうか、君達は同期だったっけ?神野さんがいなくなって寂しいだろう、大石さん?」

 菜々は、そりゃあもう!と大きく頷く。

「契約取れないときなんかは話し相手を渇望しますので」

 その返答にあはははと大きな声で笑ってからタバコに火をつけ、そういえば、とあたしに顔を向ける。

「神野さん、喜べ。君のとこの稲葉、この旅行に参加になったぞ」


 ――――――――はい?


 あたしは言葉を失った。

 固まるあたしを見て、菜々が急いで部長に質問する。

「ええっと!?浮田部長、何でですか?」

 営業部長は美味しそうに一服してから、にこやかに言う。

「特別参加、だな。都合でいけない職員が多かったのもあるし、君の支部の成績が一気に上がったのもある。ま、君の成果だな」

 稲葉はラッキーだ、と機嫌良く言う営業部長を呆然と見ながら、あたしは眩暈を感じていた。

 ・・・・まーじーで。彼がいないからこそ、存分に楽しむつもりだったのだ。それが、「恋を忘れよう大作戦」の結果で避けたい本人を旅行に参加させてしまうなんて〜・・・。

 あああ・・・。

 急激に暗くなったあたしに気がつかず、営業部長はべらべら喋っている。菜々がタバコをもみ消して、あたしの腕を引っ張りながら上司連中に挨拶をした。



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