1、「玉の部屋にて」@



 28歳のあたし、5年ぶりに、一人のクリスマスが来た。

 クリスマスだっつったって平日。だけどその平日が、一番人々の心が浮き立つ金曜日だった。

 その日は昼間の営業中でも、上手く行きそうな契約を目の前にぶら下げられて、アポをキャンセルされてしまった。

「ごめん〜神野さん!俺今日デートだからさあ、夜は諦めて」

 あたしはがっくりと肩を落とす。

 支部を移動する前からずっと自分が担当として通っている馴染みの企業にこの春に入社したばかりの張り切りボーイを、やっと契約を貰えるくらいに仲良くなったところだった。

 その詰めで、クリスマスに邪魔をされた。

「ううう〜・・・。仕方ないとは言え、もう今年の営業日も少ないから諦められない!15分でもあたしにくれませんか?」

 新人君の席の横に中腰になって懇願するも、彼は非情にも首を横に振る。

「だめです!ここ最近ずっと忙しくて、彼女とマトモなデート出来てなかったんですよ。今日遅刻なんてしたら、俺捨てられます」

 構わん、捨てられてくれ。と心の中でつい言ってしまった。もうちょっとで口に出すところだった。危ない危ない・・・。

「・・・仕方ないですね。独り身のあたしにはクリスマスなんて何ぼのもんじゃい!ですけど、ラブラブなカップルの邪魔は出来ません。今日は諦めます」

 あたしがため息をつくと、新人君はすみませんねえ〜とカラカラ笑う。

 俺の同期もフリーですけど、紹介しましょうか?などとほざく新人君をどつきたくなる。そんな気遣いはいらねーから契約をくれ。

「うちの会社28日まででちょっと今年は時間取るの難しいんで、来年一番に神野さんに時間取るって約束しますから」

 本当だな!?年末年始で心変わりなんてしないでよ、頼むから!あたしは仕方なく微笑んで、年始一番のアポを取り付け、手帳に書き込んだ。

 そして持参した来年のカレンダーをその企業を走り回って顧客の皆さんに配る。

 今年もお世話になりました!と明るい笑顔を声も共に届ける。

 営業も6年目で新人の頃から通う職域だけあって、ここの人たちとは顔なじみもいいところなので、皆親切な挨拶を返してくれる。居心地の良い会社だった。

 10日前、大きな経保を失ってから、あたしは走り回ってそこそこ大きな契約を4件頂くことに成功した。その内2件はこの会社内から頂いている。挨拶周りは丁寧にするべし。

 その4件に、新人君からの1件で今年を終えるつもりだったのだ。12月分はノルマ達成で、来年の1月分として2件入れている。この1件で、もう次の記念月、2月戦に入るつもりでいたのに〜・・・。

 そして残り少ない今年はもう幼馴染や女友達と遊んで過ごし、来年早々から気持ちも新たにまた経保を狙おうと思っていた。・・・予定は、あくまでも予定よ、ね。

 あーあ、ムカつくぜ、クリスマス。いらねーよキリストの誕生日なんて。あたしはキリスト教徒じゃねえしよ!

 去年まではしっかりイベントとして楽しんでいたくせに、彼氏のいないあたしはそんな事を思いながら曇り空を見上げる。

 個人的に一人記念月をしていたから気付かなかったけど、確かに街は彩りも鮮やかにどこもかしこもキラキラと輝いている。昼間からこれなんだから、夜はもっと煌びやかなんだろう。

 皆楽しそうな顔をして歩いているし、プレゼントらしきものを持っている人もたくさん見かけた。

 ちょっと悔しくなってあたしは唇を尖らせる。

 ちぇっ。支部の皆も今日は家族でお祝いなんだろうなあ〜・・・。事務の横田さんと二人で女子会でもするか?家に帰れば母もいるし、別に寂しいわけではないんだけれども何か予定が欲しいところだ。

 時間切れで貰えなかった契約のことを考えながら、あたしはゆっくりと支部に戻りかけて、駅前のファッションビルの前で立ち止まった。

「・・・・」

 あたし、自分にプレゼント買おうかなあ〜・・・。

 一時流行った「自分に御褒美」て言葉は好きではないが(だってそんなこと言い出したらキリがないでしょうが)、好きなものを自分で買うという行為は好きだ。

 折角働いて、自分のお金を持っているわけだし。

 クリスマスってことで通常より限定商品もたくさんあるわけだし。

「よし!」

 気分をちょっと盛り上げて、あたしはビルに入っていく。いつもの金曜日なら土日のアポや週明けの仕事に関して話し合うための夕礼があるのだが、今日は支部長会議があって夕礼はなしと聞いている。

 今が昼過ぎの1時。

 今日は新人君の為に夜は空けてあったけど、それもなくなったしあたしは自由だ!

 冬のボーナスも何にも使ってないし、必要があったけど買い物に行く時間がなかった物全部、今買っちゃおう!

 いきなりやる気が出てきた。

 重たい営業鞄を持ったまま、上機嫌で色んな店を回った。

 ボロボロになってきていた営業鞄、それとパンプス、カシミアのマフラーも奮発して買った。新年に備えて新しい下着セット。いつもはシンプルな飾り気のないブラジャーを選ぶのだが、弾んだ気持ちに引き摺られて明るいオレンジ色のレースのついたものを買ってみた。お揃いのショーツにも顔がにやける。

 そして化粧品。睫毛が3倍に伸びるらしいマスカラ(本当だったら凄い)と、クリスマス限定の可愛いアイパレットに一目ぼれした。

「めちゃ可愛い・・・」

 手に取って思わず呟くと、販売員が近寄ってきて、試されますか?と聞く。今なら何でもオッケーを出しそうなあたしは笑顔で頷いた。そして美しい美容部員のお姉さんにそれを使って化粧をして貰う。

 鏡の中のあたしは、いつもと違っていた。

 いつもは営業職故、「賢そう」で、イメージアップの為に「柔らかそう」に見えるように意識してメイクをするのだが、鏡の中のあたしは「ミステリアスで、色っぽい」女になっていた。

 瞼の上の紫とピンクの微妙なグラデーションが美しい。頬紅で頬骨が高く見えて顔つきもシャープに見えた。

「おおお〜」

 お姉さんも自分の腕前を自画自賛していたけど、それは実際素晴らしい出来栄えだった。

 そんなわけで、それも購入。

 新しいスーツも欲しかったけど、それは諦めて変わりにガウンのようなコートを買った。

 前でクロスして着るタイプのコートで、鎖骨のラインが綺麗に少しだけ見えるところが気に入った。


 ほぼ全ての気に入ったものを買い込んだ上にマッサージまでして貰ってから、あたしは支部に帰った。

 この自由行動が出来るから、営業職は素敵だ。結果さえ残せばそれ以外は厳しく問われないというのは、他の職種ではあまりないだろうと思う。

 買い物によるストレス発散と、来年一発目の契約の確約、それとマッサージによる肩こりのほぐれで、あたしはやたらとキラキラオーラを放っていたらしい。

 支部長達が会議から帰ってくる前に会社を出ようとバタバタ支度をしている支部のメンバーに、口々に褒められた。

「どうしたのよ玉ちゃん!いいことでもあった?ってか、出て行った時とメイク変わってない?」

「あらまあ、たくさん買い物したのねえ!ちょっとは発散できた?」

「いいじゃん、似合うよ〜そのメイク!街で誰かいい男をナンパしに行くの?」

 方々から声が飛ぶ。あたしはあはははと笑ってすいすいと交わして自席に行った。

「貰うはずだった契約は流れたんですけど、帰りに久しぶりに買い物でも、と思ったらこんなことになっちゃいまして」

 大久保さんがニコニコしながら近づいてきて言った。

「よく似合ってるわ、そのメイク。いつもより大人っぽい感じよ」

 ありがとうございます〜!と機嫌よく返す。ここ最近でこんなに褒められることなかったぞ。嬉しいぜ。やっぱり人間はいくつになっても褒められたい生き物なんだな。

 じゃあお先にね〜と次々帰っていき、5時過ぎたからと事務員さんも帰ってしまった。

 繭ちゃんも、お先ですとさっき出て行ったところだった。新人の繭ちゃんは結局、あの抱きつき事件のあとに、稲葉さんに告白したと聞いていた。

 それを宮田副支部長に聞いて、あたしは感心したんだった。

 ・・・すげー。勇気ある!って。

 あたしと一緒にその場面を見てしまった副支部長に背中を押されたらしい。

 職場でいきなり抱きつくのはどうかと思う、それだったらちゃんと気持ちを伝えて恋人になりなさい、このままじゃ、周りもどうしていいか判らないでしょう、って。

 保険会社では支部長と事務さんとか、支部長と営業とか、営業同士とか、カップル誕生は実によくある話なのだ。しかも、別に禁止もされてない。だから公認の恋人になってくれさえすれば、別に問題はない、と。

 だけど、稲葉支部長はあっさり断ったって。職場に恋愛を持ち込み、それでモチベーションが上がったり下がったりするのは、俺はどうかと思う、って。周りに遠慮や気遣いまでさせるのは成人した人間のすることじゃない、と叱責までしたらしい。

 確かに気がそぞろの繭ちゃんの成績や仕事への態度は悪くなってきていたから、先輩方が気にして同行営業なんかも増えていたんだった。だからそれは上司としては仕方がない叱責だったかも、だけど。

 ・・・でも、告白された時にいうことか?ヤツの基本は3年前と変わってない。仕事を優先し、そこを真面目に考えるのは素晴らしいことだとは思う。

 だけど・・・・やっぱり、鬼だ。

 あたしは24歳の繭ちゃんに同情したんだった。どうか辞めるなんて言わないで!と祈っていた。

 すると、支社の研修で行動を共にしていた別の支部の男性営業から先日告白されたらしい。これは繭ちゃん本人が言っていた。

 なので彼女はするりと稲葉支部長への恋心を捨て、その男性営業に乗り換えたってわけだ。今日はその彼とクリスマスディナーらしい。・・・ま、それも若さだよね、とあたしは思う。

 なんにせよ、良かった、これで火種がなくなって、と副支部長と胸を撫で下ろしたんだった。




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