3、雪だ酒だラブホテルだ。@



 居酒屋は混んでいた。

 寒いし、雪も降ってきたし、夜の7時過ぎ。あたしはカウンターに席を見つけ、そこに滑り込む。

 一人で飲むのはこれが楽だ。一人席なら、大体どこでも空いている。

「あらあ、久しぶりじゃなーい。玉ちゃん元気してた?」

 店のおばさんが笑顔で突き出しを渡してくれる。

 会社にも近いこの居酒屋は、よく光との待ち合わせにも使っていた。光がここで飲んでいるところにいつでも遅刻気味のあたしが飛び込んできたものだった。

 光と別れてから一度も来てなかったことに気がついた。

「お久しぶりです。生、下さい」

 微笑むのは難しかったけど、何とか口元は上げて注文する。あいよ!と威勢のいい返事を聞いていると、ホッとして肩の力が抜けてきたのが判った。ついでにと眉間の皺も指の腹で伸ばしておく。

 賑やかな団体が入っているらしく、座敷が騒がしい。その喧騒の中にいると頭を空っぽに出来て寛げた。

 今のあたしには、何も考えないでいい時間が必要なんだな・・・。

 小皿を3品ほど頼み、ビールの後は焼酎に変えて少しずつ食べた。飲む、食べる、噛む、飲み込む、飲む、食べる、また噛む・・・と繰り返していたら、気持ちも落ち着いて少し頭が動き出したようだった。

 あたしがそうやって一人で自分を調節している間に時は流れ、時計を見ると10時近かった。

「・・・あれえ?もう、こんなじ、かん・・・?」

 口に出してみたら言葉もちゃんと喋れずでビックリした。あらまあ、あたしったら酔っ払ってる。舌がうまく動かねーよ。

「もうやめといたら?あんた結構飲んでるよ、今日」

 おばさんが心配してカウンターから声を掛けてくれる。ふと見回すと、店は大分空いてきていた。

 手が空きだしたようで、おばさんがどうしたの?と聞いてくれるので、落ち着いた上に酔っ払っていたあたしはぼろぼろと喋りだした。

 今日ねーえ、仕事、うまくいかなくてーえ・・・あれだけ頑張ったのになあ〜・・・あたし、この仕事むいてないのかなあ〜・・・

 舌足らずでベラベラ喋っていたら、頭上から声が落ちてきた。口に運ぼうとしたグラスも大きな手で止められている。

 ・・・うん?誰だよ、飲むの邪魔すんの。

 あたしはゆっくりと霞む視界を上に持ち上げた。

「――――――玉。お前、飲みすぎだろ。いつからいるんだ?」

 その質問に、カウンターの中からおばさんが7時頃からよ、と答えるのをぼーっと聞いていた。

 ・・・・光、が、いる。あれ?・・・どうしてここに。

「あう・・・?ひかる、じゃなーい・・・何してんの・・・?」

 元彼になった光があたしの椅子の隣に立って機嫌の悪そうな顔で見下ろしていた。いつの間に、どこから現れたんだ?

 長めの前髪を払って、やつはため息をつき、おばさんに会計を頼む。あたしはグラスをヤツから取り返し、膨れた。

「ちょっと、勝手なことしないでよ。何のつもりよー」

「もう止めとけって言ってんだ。十分飲んだだろ」

「・・・うるさいわね、あんたに関係ないでしょうが」

「見苦しいから止めろって言ってんの。自棄酒飲めるほどお前は酒に強くないだろ」

 言い争いをしている内に光のカードで支払いが済んでしまったらしい。カウンターからおばさんがあたしを覗き込んだ。

「玉ちゃん、ふらふらじゃない。今日はもうやめときなさい。よかったよ彼氏がたまたま店に顔出してくれて」

 あたしは膨れっ面でおばさんを睨む。

「・・・彼氏じゃないもーん。あたし、まだ飲みたいのに〜」

 おばさんは驚いて光を見る。え、彼氏じゃない?いつから?と今度は光に質問が飛んでいた。

 秋くらいですかねえ、と人事みたいに光が答える。

 客が少なくなった居酒屋で、暇なのもあって店のおばさんもおじさんも会話に参加している。何だってんだ、一体。あたしは更に膨れっ面になる。

 その時、ガラガラと音がして、店のドアが開いた。

「いらっしゃいませー」

 おばさんの朗らかな声が飛び、なんとなしにあたし達もそっちを眺めた。

 ・・・・ら。

「神野、ここに居たのか」

 あたしは気を失いそうになって机に額を落とす。見事にゴンって音がして、おばさんが慌てて大丈夫かいと声をかけてきた。

 外の寒さや雪なんか殆ど影響がないみたいに普通に、いやむしろ肩についた雪が溶けて滴になっているのがキラキラと輝いてやたらと煌びやかに、稲葉さんが立っていた。

 超爽やかに。

―――――――何でここにいるの、セカンド。

 光があたしのコートを持ったままで支部長とあたしを交互に見る。支部長も、あたしの隣に立っている男が連れだと思ったらしく、交互に見た。

 あたしはぐったりと椅子に寄りかかって、その男二人を興味深げに見比べる店の夫婦を観察していた。

「・・・神野」

「・・・玉」

 二人の男がそれぞれを手のひらでさして、同時に言った。

「「彼氏?」」

 あたしはぐるりと目を回すと、自己ベストの低い声で答えた。まず、入口の男をさす。

「鬼支部長、稲葉さん」

 そして隣に立つ男もさす。

「元彼の石原さん」

 そしてゆっくりと立ち上がった。鞄を持つ。光からコートを奪い取る。一瞬よろけたけど何とか踏ん張って、店の夫婦に微笑んで見せた。

「ご馳走様でした」

「・・・あ、はいよ、ありがとね。気をつけてよ、帰り!」

 おばさんがハッとした顔であたしに返す。はーい、と手を振って転ばないようにしながら店を出た。

 後ろからよく判らないけどとりあえず、と男二人も出てくる。

「すみません、お邪魔だったようで・・・」

 稲葉さんが光に謝っているのが聞こえた。明るくて通る声は聞きたくないのに耳の中に勝手に入ってくる。

 あたしは折角の酔いが結構な勢いで醒めていくのを感じていた。この冷たい冬の夜の風と雪と、後ろにいる男二人のせいで。

「あ、いえ。一緒に飲んでたわけではないんです。入って行ったら玉が――――彼女が、ほとんど酔いつぶれていたので声をかけただけで・・・」

 光が言うのも聞いてしまった。・・・そうだったのか。同じ町に居る割には偶然でも会わないものだなあと思っていたけど、会いたくない時にはこうして引き合わせるんだな、神様はやっぱり意地悪だ。

 あたしはフラフラと駅前を歩き、バス通りの小さな公園に入ってベンチに座る。男達が喋りながらついて来ているのでこのまま駅に向かうのもなあ、と思ったのだ。

 吐いた息が白く塊になって暗い空に上っていくのを見ていた。雪は歩いている内にやんで、しんしんと冷える空気が夜を漂っている。

「・・・えー・・・稲葉支部長」

 あたしの近くまで男達が来たので、ベンチに鞄を置いたままであたしは立ち上がる。

「何で・・・どうして判ったんですか、あたしがあそこにいるの」

 白い息を吐きながら支部長はあたしを見下ろす。寒さなんて全く影響がないみたいだった。可愛げがねーぜ。

「宮田に聞いた。今日はもしかしたらあそこで飲んでるかもしれませんよって」

 ・・・くそう副支部長。教えちゃったのね、あたしの行きつけを。何回か一緒に飲んだことがあるから、もしかしたらと思ったのだろう。今日は飲んでもおかしくない状態だと。

 あたしは肩をすくめた。

「そうですか。それで、何のご用ですか」

「・・・話しを聞く必要があると思った」

 あたしは顔を上げて美形の上司を見詰める。笑ったりなんかしてやらない。無表情のままで呟いた。

「明日、職場でいいじゃないですか。逃げませんよ、経保の解約くらいで」

 稲葉さんは黙ったままあたしを見下ろしている。光がこちらに注意を向けたのが気配で判った。

「酔い潰れていたらしいけど?」



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