2、君が好きだから

 あたしの額をあたたかい何かが覆っていた。

 ゆっくりと、目を開ける。

「・・・起きたか」

 ハスキーとスモーキーの間のような掠れた低い声が聞こえた。それは心地よく耳の中で跳ねて、あたしはぼうっとしたままでその余韻に浸る。

 聞き慣れないその声の持ち主は・・・あの人だ。

 額に置かれていた大きな手が退けられて、その主があたしの視界に入ってくる。

「・・・・近藤猛、さん・・・」

 あたしが声を出すと、こちらを覗き込んでいた猫目の男の人は苦笑した。

「いつまでもフルネームは、居心地悪いな」

「・・・すみません」

 そうか、あたしはまた気を失ったのか。ぼんやりと天井を見詰める。

 いつの間にか窓の外は夕焼けの時間になっていた。

「・・・・あの・・・どのくらい寝てました?」

 そろりと身を起こすと、あたしはいつものベッドの上。どうやらこの人が運んでくれたのだろう。

 彼はあたしが横になるベッドに腰掛けて、気付くのを待っていてくれたようだった。

「んー・・・。2時間くらい」

 猛が呟く。あたしは自分の額を叩く。ありゃあ〜・・・なんて迷惑な。知らない家ではないとはいえ、放置されて手持ち無沙汰だっただろう。

 彼が笑ってあたしを見た。

「驚くのは無理ねーよな。いきなり別人になって現れたんだから」

「・・・うん。すんごーく心臓に悪かった」

 あたしも呟いた。

 だけど。

 今ベッドに座ってあたしを見る男の人を見詰める。

 ・・・・確かに、間違いない。彼は、タケルだ。

 この表情。この雰囲気。イラストから抜け出てきたあのタケルよりも、今の体や顔の方が性格にあっていると判る。

 ・・・・この人の魂だったんだ、イラストのタケルに入っていたのは・・・。

 彼は足についた片手で顔を支えながらあたしをじいっと見て言う。

「前の状態のサツキに戻ってたらどうしようかと思ったけど、大丈夫だったなー。むしろ、前よりずっと良くなってるよ、お前」

 だって、タケルの教えてくれたこと、守ってたもの。あたしは心の中で呟く。

 外見を整えて、潤う綺麗な水みたいな女性になろうって。

 その努力を続けていたらまたあなたに逢えるかもって。


 突然、あたしの目から涙がこぼれた。

 ぽとりと音を立ててシーツの上に落ち、自分でもハッとした。

 タケルが消えることが判ってからずっと我慢していた涙が。だけど、消えてからは、泣こうとしても泣けなかったのに。

 あたし、今、涙が―――――――――・・・・

「サツキ」

 彼が名前を呼んでくれる。また、あのカタカナに聞き取れる呼び方で。

 あたしは嬉しくて、どうにか涙を無視して無理やり笑う。きっとブサイクな顔をしてるはず。だけど笑え、あたし。せっかくタケルが猛になって会いにきてくれたんだから。時間が勿体無くて、泣いてる暇なんかないのだ。

 聞きたいことがたくさんあるの。いっぱいの不思議を教えて欲しいの。もっと名前を呼んで欲しいの。手であなたに触れたいの。

 だから笑っていたいのに。

 なのに、今は、涙が止まらなくて。

 彼が手をのばし、あたしの頬の涙をぬぐう。

 あたしは自分から手を伸ばして彼の服を引っ張る。

 そして目を閉じて顎を上げ、キスをせがんだ。

 ほどなく、顎と頬に手があてられ、彼の唇があたしに舞い降りてきた。何度もついばむように唇をあてる。あたたかくて柔らかいその感触。唇の動かし方。やがて差し込まれた舌の動きとそのタイミング。

 ・・・・全部、ちゃんと覚えてる・・・・。

 引き寄せて、抱きしめ、あたしたちはキスを繰り返す。

 ―――――――・・ああ・・・本当に、タケルだ・・・。帰ってきてくれたんだ。願いは通じた。魔法が蘇った・・・。

 唾液でべたべたになった唇をゆっくりと離すと、息があがったあたしの頬を大きな手で撫でて、今は黒い瞳で、彼があたしを見詰める。

「・・・サツキが好きなのは、葉月タケル?それともここにいる俺?」

 ―――――・・・何を、今更。

 今度こそ、あたしは笑う。あはははって小さかったけれど声も出た。

「ここにいる、あなたが好き」

 あたしの声はかすれてた。

 猛は嬉しそうにえくぼを浮かべてにっこりと笑うと、黒い瞳にやんちゃな表情を浮かべて、いきなり目の前で服を脱ぎだした。

 あたしは目を見開いて一瞬固まる。

「・・・・あのー。えーっと・・・・何、してんの?」

「脱いでる」

「・・・うん。それは見たら判る。で、なくて、何で脱ぎだすの?」

 ジャケットを脱いで床に放り投げ、下に着ていた白いTシャツを頭から脱いで、上半身裸になった彼が乱れた茶髪の間からあたしを見た。

「お前も脱げ」

「―――――へ?」

 何だって?

 あたしがぽかんとした顔をしていると、彼は音を立てながらベルトを外して捨て、おもむろに両手をあたしの横にどんと置いた。

「いいや。俺が脱がせるから」

 そういうや否や、あたしに覆いかぶさってきた。

「き、きゃあ〜っ!?」

 うきゃああああ〜!!!何だ何だ一体何なんだー!!!あたしはパニくって、身を捩りながら叫ぶ。器用にシーツもあたしの服も脱がしていく猛から逃げようとジタバタしていた。

「ひゃああ〜!!何するのー!!」

「暴れるなよ、危ない」

 全身で抵抗しているはずが、いつの間にかワンピースのジッパーは外されて素肌がクーラーに冷やされた空気にあたる。ブラが露出していることに気づいてあたしは真っ赤になった。

「ちょちょちょっとお〜っ!何何一体何を・・・!」

「抱くの」

「はい!?」

 猛は片手であたしの両手を頭の上でまとめてシーツに押し付けながら、目を細めて言った。


「好きなのは俺なんだろ。だったら、抱かせろ。そもそもお前に拒否権はないけどな」

「はいっ!?」

 ・・・いやいや、どういうことよ、それ?あたしは目をむいて彼を凝視する。だけどそうしている間にも猛はブラのホックを外し、あっさりと脱がせてしまった。

「うひゃっ・・・」

 彼が素肌に口付ける。あたしの体はビクンと跳ねたけれど、体の奥底から湧き出るような甘い感覚に抵抗していた力を失ってしまった。

 あたしの全身に手を這わせながら、彼は胸元に顔を埋める。ぞくぞくと電気が背中を走り、色んなところが反応して、あたしはつい声を出した。

「んんっ・・・!」

「声、我慢しなくていーぞ」

「いやっそうじゃなく・・・て!ねえっ・・・ちょっと待っ・・・」

「待たない」

 そのきっぱりとした言い方に、急な展開にパニくりながらもあたしは色んなことを思い出した。主にロマンチックな出来事以外の、からかいや意地悪された事なんかを。

 ・・・そうだった〜!この人は俺様で、強引で、あたしのブーイングなんていつもサラッと無視していたんだった!!

 首筋のキスで体が震える。胸の敏感な部分を指でこねくり回されて思わず吐息を出し、それを聞いて自分で恥ずかしくなった。

「・・・やっと自分の体に戻ったんだ。機会があり次第、絶対サツキを抱くって決めてた。――――――っつか、もしかして」

 舌と唇で愛撫していたあたしの胸元からパッと顔を上げて、猛が聞いた。

「俺が居ない間に彼氏が出来てるとか?」

 声が不安そうだった。

 あたしは荒い息で真っ赤になったまま、辛うじて首を振る。だって、ずっとタケルを想ってたもの。声をかけてくれる男の人は確かに出てきていたけど、彼らはあなたじゃなかったから・・・。

「男はいないんだな?」

「うん・・・」

 あたしが首を振るのを確認して、猛はにっこり笑った。

「・・・じゃ、問題なし」

「そういうことじゃなくて〜っ!」

 既に体はふにゃふにゃになってしまっていたけれど、あたしは何とかそう叫んだ。先に謎を解いて欲しい!だって自分の体に戻ってって、一体どういう意味――――――

 するとあたしの両足の間に片足を押し込んできた猛が、あたしをじっと見て言った。

「暴れてると舌噛むぞ。いいから黙って俺に抱かれてろ。好きだから―――――今、サツキが欲しいんだ」

 彼の黒目にあたしがうつっている。涙目で、真っ赤になっているはずのあたしが。

 もう抗議は出来なかった。

 完全に力の抜けたあたしの全身に、猛は順番にキスしていく。元彼と別れて以来の久しぶりなその感触に、体中が震えて跳ねる。言葉と違って優しいキスや指使いに、あたしの体は簡単に開かれてしまった。

 あたしは真っ赤になったままどんどん夢の世界へ連れて行かれる。

 この人は強引で、熱くて、言葉と指であたしを溺れさせる。

 我を忘れて彼の腕の中、あたしは何度も涙を落とす。嬉しくて、泣いた。そして、彼が、あたしを抱きながら嬉しそうに微笑む彼が、愛おしくて。

 部屋の温度はどんどん上がっていく。汗も涙も一緒になって、猛とあたしは深く繋がる。激しく体を打ち付けて、彼が苦しそうな切なそうな表情をした。

「きっつ・・・けど、最高に気持ちいい。も、俺・・・もたないかも」

 あたしは声をあげて揺れに身を任せた。瞼の裏に火花が散る。


 ・・・そうか。

 誰かを愛するって。

 誰かに愛されるって、こういうことを言うんだ――――――――







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