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 とても格好良くて意地悪な男性が現れて、あたしの毎日に花と香りと潤いをくれ、そして強さを残して去って行った。

 おばあちゃんの魔法は終わった。

 おばあちゃんの魂は空高く上がり、またきらめく星になるんだろう。

 あたしはおばあちゃんとタケルがくれた愛に包まれて夏の準備を始める。

 二人が育てた植物を育て、仕事に行き、漫画の中のカップルの幸せを確認し、ちゃんとご飯を食べて、朝は7時に起きた。

 一度美容院に行って、タケルがしてくれたような髪型に整えて貰った。

 眉毛は自分で処理したし、体のケアも丁寧にするようになった。

 そして少しずつだけど化粧もするようになり、ちょっとずつ、外では笑顔でいるようになった。

 少しずつ少しずつ、あたしは大人の女の人になっていく。

 今は大好きな人はいないけど。

 でも貰った言葉を覚えていた。

 あたしは、自分に自信を持たなくちゃならないんだから。自分を好きになって幸せにしなきゃいけないんだから。


 6月の半ば、あたしは友達に紹介して貰ったお店で、小さな刺青を入れた。

 左手の人差し指の付け根に、まるで指輪みたいになるように、あのマークを墨で入れてもらったのだ。

 アステリスクって言うんだ。そう、タケルが教えてくれた*を。小さく、指に沿って丸く。出来上がったそれは本当に人差し指にはめた指輪みたいに見えた。

 おばあちゃんがくれたマークだから、あたしのお守りにしようと思ったのだ。これがタケルと出会わせてくれた。大切なアステリスク。

 あたしは寝転んで、刺青を入れる時に痛みに耐えて切れた唇を舐めながら、ベッドに寝転ぶ。

「・・・・入れちゃった」

 呟いて、笑った。

 姉が聞いたらバカじゃないのって言われるかも。両親は、何してるのあんたって怒るかも。友達は呆れるかもしれないし、変に思われるかも。

 でもいいや。人に見せたくない時は、太いファッションリングで隠せるだろう。

 あたしのアステリスクは、これであたしと一緒に生きる。

 刺青を入れた左手を顔の前で振りながら考える。

 タケルが消えてから、おばあちゃんの49日から、既に1ヶ月以上が過ぎた。

 きっと、やっぱりおばあちゃんの魔法はあたしには伝染せず、おばあちゃんと一緒に消えちゃったんだろうな・・・。

 壁に貼ったイラストの中のタケル様は、今日も振り向きざまに微笑みながらあたしを見詰めている。

 その彼は本当に格好いいけれど、あたしはもう心惹かれない。

 欲しいのは、この絵の彼じゃないんだ。



 その週末、姉に呼び出されて、姉のマンションに行く事になった。

 6月の後半で、昨日一日中降った雨のせいで蒸し暑い空気の中、あたしは身軽な格好で姉の家へと向かう。

 堅実な姉は、投資になるからと26歳の時に都心に2LDKのマンションを購入していた。結婚したらここは賃貸にするわ、と言っていた。計画性も仕事もなかった当時のあたしはそう姉が話すのを聞いて、へえ〜と思っただけだったけれど。

 おばあちゃんの遺産でローンを返したかは知らないが、広志さんとの結婚がなくなったので、姉はまだ当分ここに住むんだろう。

 インターフォンでロックを外して貰ってひんやりとしたエントランスに入る。

 蒸し暑さから一時解放され、あたしは息をついた。

「皐月〜!!入って入ってー!」

 今日も輝くオーラを振りまいて、華やかに姉が玄関のドアを開ける。

「あ、お姉ちゃん。・・・ハロー」

 あたしは思わず身を引いたが、外見を整えだしたお陰か今までほどにはしり込みをしなかった自分に気付いた。

 姉は玄関のところであたしをしばらく見詰め、いきなり言った。

「―――――何があったの?」

「へ?」

 あたしは、いきなり何だ、と靴を脱ぎかけたままで姉を見上げる。

 彼女は細い腰に手をあてて立ち、あたしの全身をじろじろ見ながら低い声で言った。

「雰囲気が変わったわ。うーん・・・失恋した、みたいな感じよ。静かで、諦めとか漂ってる感じ。それで、気が張り詰めたような」

 ・・・何てするどいんだ・・・。あたしは唖然とする。

 バイト先の人たちにはちっとも気付かれなかったあたしの変化を姉は一目で。さすがだ。何なのこの人、本当に怖いんだけど。

 そして思わず考え込む。

 ・・・・まあ、確かに、ある意味失恋みたいなもんだよね。ふられたわけではないけれど、まあ・・・恋を、失った、わけで。

 姉は返事を待っているようだ。玄関から動かずに、相変わらずあたしを見詰めている。今更全部を話しても仕方ない。大体前部が夢のような話で、自分だって今では本当にあったことなのかと思える時もあるくらいだ。だから、あたしは簡単に答えるに留めた。

「おばあちゃんの魔法が終わってしまったの。でも、大丈夫よ。凹んで泣いたりしてないから」

「・・・魔法が終わった?」

「うん。49日が終わったら、同時にね。でも大丈夫」

 姉はまだ何かを言いたそうな、詳細を聞きたそうな顔をしたけれど、それ以上は言葉を続けず、あたしを部屋へと促した。

「で、今日は何の用で?」

 呼ばれた目的を聞いてなかったあたしは、姉の居間のソファーに座りながら聞く。すると彼女はにっこりと大きな笑顔を見せた。

「あんたがお洒落に目覚めたでしょ?それに私は丁度クローゼットの整理をしていたの。だからあんたが気に入ったものがあればどれでも持って帰って〜」

 そう言って姉は、数々のワードローブを部屋中に出していく。姉は一つの部屋を丸々ウォークインクローゼットにしていて、その膨大な数の服にあたしは唖然とした。

 トップス、アンダー、それにドレス、鞄や靴が次々と出てきて、ここはまるでアパレル企業の倉庫か!ってな状態だ。

 あたしは口を開けたまま、姉がせっせと山を築いていくのを見ていた。

 ・・・・これ、全部一度は着たものなの・・・?マジで?お姉ちゃんが一人で?

 これでガレージセールを開いたら間違いなく一儲け出来るに違いない。・・・やるか?とつい現実的に考えてしまったあたしだった。

 だってトラック何台分よ?

「・・・これ、全部要らないの?」

 ちゃんと見ないとダメなんだろうかと思ったあたしが、心底うんざりしながら部屋いっぱいに広げられた姉のコレクションを指差すと、彼女はそうなのよ〜とキャラキャラ笑った。

「広志と付き合っているうちに増えたものなの。あいつもお洒落だったから、デートの時に同じ服は着ていけなくて。何か嫌だったのよ、同じものを見せるのが。でももう要らないから、持っていって〜」

「はっ!?」

 あたしは姉をガン見した。

「・・・ええ!?デ、デートごとに全身のコーディネート変えてたの!?お気に入りの服とか、何回も着ないの!?」

「着ないのよ。だって嫌だったんだもん」

「お・・・おおおおかしいと思うよっ!?それって!」

「そう。それに気がついたから、もうやらないわ。だからあんたにあげる」

 あたしは更に呆れたけど、恐らくこれは物欲にまみれての行動ではなかったのだろうと理解した。

 あたしが今泣かないのも毎日を淡々と過ごすのもお洒落を頑張っているのもタケルとの恋の努力なら、いつも違う服を着て魅力を磨いたのも姉の努力だったのだろう。広志さんとの恋で、姉がした努力だ。

 仕方なくあたしはそれらの真ん中に座り、一枚ずつ見だした。

 途中から姉が、これとこれは?あんたに似合うわよ!とあたしに向かって放り投げだして、その内ハイになってきた二人でファッションショーを始めてしまった。

 一番大きい姿見を持ってきて、二人で色んな服に着替えて色んな格好してポラロイドで写真を撮り合ったりした。姉妹でふざけて爆笑しては、床の上に倒れこんで。

 姉とこんな風に遊ぶのは久しぶりだ。

 多分、小学校の時以来だろう。

 二人とも失恋状態で、時間もお金もあった。それの相乗効果なのかな。

 そのうち夜になってしまったから、テンションが高いままデリバリーでピザを頼んで、姉が秘蔵していた高い高いワインもあけて乾杯する。ゲラゲラ笑い転げる楽しい時間は深夜まで続いた。




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