2、昔の傷@

 スーパーの前で家のタケルに電話をする。じゃあそっちに行く、という返事を聞いて、あたしは先にスーパーに入る。

 天気のいい休日で、中途半端な時間にもかかわらずスーパーはそれなりに混んでいる。籠を持って冷えた店内を回っていた。

 今日は洋風で、と決めて、パスタの材料と美味しそうなパンを買うつもりだった。ツナと卵のスパゲティ作ろうっと。それで、サラダとパン。

 スーパーの中のパン屋さんでじっくり悩んでいると、斜め上から声がした。

「ここに居たのか」

 見上げるとタケルが立っていた。彼は横からあたしが持っている籠をするっと取って、同じようにパンを眺める。

「・・・今日は洋風?」

「そう、パスタ。それだけじゃ足りないよね?だからパンも買おうと思って」

「―――――――俺、これとこれ」

 いつもながら決めるのも早い。いやそれか・・・もしかしてあたしが優柔不断すぎる?タケルが指差したものをトレーにのせ、あたしも慌てて選ぼうとキョロキョロする。

 すると彼が苦笑した。

「人にあわせる必要ねーぞ」

「へ?」

「食べたい物くらい、ゆっくり選んだらって言ってんの」

 タケルは低い声でそう言う。そして籠を持って、他の売り場をみてくるからと歩き出した。

 自分が居たらあたしが慌てると思ったらしい。あたしは少し笑って、ならばと再度じっくり眺め、食べたいパンを選び出した。


 胸が少しずつ痛みだす。

 奥の奥で、ちりちりと小さな音をたてている。


 それは、判ってたはずの別れを意識したからだと知っていた。


 パンの会計を済ませたあたしは、タケルを探してスーパーを歩く。

「サツキ、ここ」

 電球やらの雑貨が置いてあるところでタケルが呼んだ。手には電球を3つほど持っている。

「あれ、また電球切れてた?」

 あたしが行くと、いいやと首を振る。

「ストック。家にはちょっとは置いておいた方がいいぞ。電気なんて急に切れるもんなんだから」

 はーい・・・。そうですね、確かに。あたしは無言で頷いて電球を籠にいれる。しっかり者の同居人がいて幸せですー。

 会計を済ませる前、レジの列に並びながら、ふと思いついてタケルに聞く。

「・・・ねえ、あなたはお酒、飲まないの?」

 タケルは伸びてきた前髪を鬱陶しそうに払って、あたしを見た。

「飲めるけど飲まない。どうして?」

「いやあ、そういえば買い物でもビールとか買いたいって言わないな、と思って。男の人って酒もタバコもってイメージがあったから。・・・じゃあタバコは?」

 肩をすくめた。

「酒と一緒。吸えるけど、吸わない。別に買ってまで欲しいものじゃない」

 ふーん、そうなんだ。

 そう思っていると、金額を言いながらレジを打っていた若い女性の店員さんが、チラリとタケルをみて、声を潜めて言った。

「・・・あの・・・試供品なんですけど・・・よかったら、どうぞ」

 そしてレジの下からタバコを2箱ほど出して、籠に入れてくれた。

「すみません、いつもありがとうございます」

 タケルが声を潜めてにっこりと微笑む。レジのお姉さんは少し顔を赤くして、いえいえ、と呟いた。

 あたしはそれを見て、全く、外見がいいとこうも色んな場面で得をするものか、と感心した。

 ここのスーパーにタケルを連れてくると、毎回何かしらのオマケをレジのお姉さんたちがくれるのだ。あたし連れであろうがなかろうが。多分、タケル一人だったらその量が増えるのかもしれない。・・・そういえば姉の弥生とコンビニに行くと、レジのお兄さんたちが同じようにオマケをくれるな。あれと同じか。

 あたしは腹も立たずにそれを黙ってみるだけ。

 タケルはそういう時、特に媚びたり調子に乗ったりはしないし、大して喜びもしないがうるさがりもせず、今みたいに礼儀正しくお礼と笑顔を残していく。

 あたしはいつもおこぼれを貰って、ラッキーと喜ぶのだ。

 ・・・でも流石に、タバコは要らないな。タケルはどうするんだろ、吸ったりするのかな。

 夕暮れの中、手を繋いで帰る。

 あたしは今日の出来事を話す。彼はそれに時々意地悪なコメントを残しながら聞いている。

 その綺麗な瞳が夕日を受けて眩しげに細められるのを切なく見ていた。

「どうした?」

 あたしの視線に気付いて聞くのに、あたしはただ首を振る。何でもないよーって。

「何だよ」

「べっつに〜」

「感じ悪いぞ」

「あなたに感じよくしたって仕方ないでしょ」

「うおっ・・・感じ悪ぃ〜」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら家に帰った。

 1ヶ月前より細くなったあたしの首筋やウェスト、手首。1ヶ月前より綺麗になったあたし。1ヶ月前より元気になってよく笑うあたし。

 これは全部、恋の魔法だ。

 おばあちゃんが言っていたのは、これだったんだ。

 キラリと光り輝いて、ぐうっと切なくて、思い出すと当時の気分に浸れるもの。思い出すと自然に笑顔になってしまうもの。

 胸が痛くても。たまに涙が出ちゃっても。呼吸も出来ないほどに苦しくても。


 素敵な恋は、人生の宝物だって―――――――――



 晩ご飯を食べながら、タケルがそう言えば、と口を開いた。

「さっきスーパーで、男性のイメージは酒飲んでタバコ吸うって言ってたけど、サツキのお父さんはどっちもするのか?」

「ん?」

 あたしはフォークを止めて、首を振る。

「ううん。うちの父はどっちもしない。お酒は飲めるんだけど、すぐ酔っちゃって悪乗りしちゃうとかで、飲まないようにしてた」

「じゃあ、兄・・・は居ないんだっけ。親戚の男の人がそう?」

「うーん、いえ、親戚も皆お酒は飲むけど、タバコは吸わないかな」

 ん?と顔を上げたタケルは怪訝な表情をしていた。

「・・・お前のその‘男’のイメージって、どっから来てるんだ?」

 あたしはまばたきをした。

「・・・さあ」

 本当だ。あたしの周りにいる男の人たちは、そのイメージに当てはまる人っていないんだ。今の職場は見事に女性しかいないし。

 あれ?と首を捻りかけて、ハッとした。

 頭の中に一人の男が浮かんだからだ。心の奥底に封じ込めて、思い出さないようにしてきたあの人が。

 あたしに絶大なる影響力を持っていた男の人。

 大好きで、いつも背伸びをして必死に追いかけていた、元彼の祐介さん・・・。あたしの、唯一にして最初の恋愛相手だった。

 彼は、お酒もタバコも好きだった。

 あたしが黙って固まったから、タケルも食事の手を止めて、おーい、と呼んだ。

「・・・サツキ。どうした?」

「思い出した。男の人のイメージのもと」

 そう小さな声で呟いて、あたしは食事を再開する。でも食欲が失せてしまっていた。

 激しい片思いから勇気を総動員しての告白。すると奇跡が起きて付き合えるようになり、あたしは夢心地の幸せな時をすごしていてのだけれど、ある日、それは悲しく終わってしまったのだ。

 思い出してしまった。

 目を伏せて、ため息をつく。

 そうだ、あたしが恋愛は面倒臭いって逃げていたのは、現実の男なんてどうでもいいって避けていたのは、あの恋が無残に終わったからだったんだ・・・。

「・・・随分暗い顔になったな、いきなり」




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