2、恋の力
朝ごはんを食べたあと、今日はアルバイトないですと言うと、タケルがまたにやりと笑った。
こっ・・・この笑いは。 あたしはびくびくしつつ身構えながら聞く。
「・・・・今度は何企んでるの?」
この顔をした後、さっきは心とろけるキスをされたんだから、よく考えたらそんなに怯えることないか、と後で思ったけれど、いやでもその前は鋏を手に迫られたのだった、とも思ってやっぱり怯える。
タケルはにやにやと笑いながら腕を組む。
「お前の改良」
「・・・結構です」
「拒否権はない。何回言わせるんだよ」
「え。いや、あたしだって人権はあるんだからね」
「今この場所ではそんなもんはないんだっつーの」
ううう〜!その笑顔が怖いぜ!姉といいこのタケルといい、美形が本意を隠して笑うとめちゃ恐ろしい表情になるのはなぜ。
・・・迫力の差か?などと考え込んでていたら、その間にタケルはあたしを椅子に座らせて自分もすぐ前に椅子を設置して座り、手に光るものを持った。
それは、先が細くなった毛抜き。
あたしはぎょっとして彼を見詰める。
前回は鋏で今回は毛抜き?!光りものが好きなの、この人!??
「ちっ・・・ちょっと?!」
「眉毛。動くな」
うぎゃあああああ〜!そう、あたしは暫く心の中で絶叫していた。怖くて。
ひょええええええ〜!そう、かなりしつこく心の中で絶叫していた。タケルの真剣な瞳が綺麗で。
痛くはなかった。何て器用な手なんだ。あたしが過去にまだ自分で眉の手入れをしていた時は、確かいちいち痛かったことを思い出す。
・・・あたしって、ほんと色々出来が悪いんだなあ〜・・・。
昔は姉と比べて(比べられて)よく凹んだものだったけど、今は目の前の美形の男性の方が女子力が強いと判ってやっぱり凹んでいる。
あーあ、もういいよ。どうにでもしてくれ。過去をつらつらと思い出して勝手に暗くなり、最後は不貞腐れていたあたしだった。彼をじいっと見詰める勇気などないから、瞼は閉じてただ座っていた。
「・・・・終わり」
タケルが詰めていたらしい息を吐きだして毛抜きをテーブルに放り出した。
そして目を開けたあたしを観察して、頷いた。
「素晴らしい出来だ。俺はすごい」
・・・自画自賛がこの家では空前のブームなのね。あたしは無言で立ち上がり、鏡を見に洗面所に向かう。ひょい、と気軽に鏡を覗いて驚いた。
「・・・・わあお〜・・」
誰、これ?・・・ってのは流石に言いすぎだけど、それでもかなり驚いた。眉毛の印象って顔の中でかなり大部分あるんだ〜・・・。
真っ直ぐ太く伸びた日本人眉だったのが、目頭の方から綺麗にアーチを描いて先すぼみになっている。全体的に少し細めになっていて瞼の他の要らない毛を抜いたからか、ハッキリして瞳が大きく見えた。
あたしって、二重だったんだ〜、と思った。・・・いえ、勿論自分では知っていたけど、こんなに瞳がハッキリ見えることなんてここ数年なかったから、ちょっと発見した気分だった。
「どーだ?」
いつの間に洗面所に来ていたのか、いきなり後ろからタケルが鏡を覗く。
あたしは驚いたけれど、それには声を上げずに小さな声で感想を答えた。
「・・・賢そうにみえる」
「ん」
またじーっと見詰められる。でも視線に甘さがないから照れもせずに済む。これはあくまでも、作品の観察だ。
鏡の中のあたしは数日前とは違って整えられた形の綺麗な髪型に、細くて上品な感じの眉。すっぴんなのは一緒なのに、全体の雰囲気がえらく違っている。これでちゃんと肌を整えてスーツでも着れば、都会の高層ビルで働いているOLに見えないこともないだろう。
タケルが鏡の中で頷いた。
「髪、眉。あと別に素材は悪くないから――――――あれだな」
「はい?」
片手を口元にあててぶつぶつ言っていたタケルがチラリと鏡の中のあたしと目を合わせて微笑む。
「自信と、ロマンスが必要」
・・・・どのような反応をすれば良いのでしょうか、あたしは。
また鏡に向き直る。
軽くなってまとまり、鎖骨辺りでふんわり揺れる髪の毛に、細くてミステリアスな印象の眉。彼によって変えられたあたしの外見。
これも一つの魔法だ。
それに、何か・・・瞳が潤ってるような・・・肌も、前より光ってるような・・・。指で頬を撫でてみる。そこには前には確かにあったざらざらした感触は消えていた。
これはもしかして、タケル効果?
ドキドキや焦りや驚きや、とろける笑顔を毎日見ている効果?彼がくれたキスの影響?それは多分、いや、絶対あるだろう。それに規則正しい生活とちゃんとしたご飯?
おばあちゃんが亡くなってから、散っていく桜をみては泣くか思い出に浸っていたあたしよりは、そりゃ雰囲気は明るくなり、心身共に元気になっているはずだ。
何て影響力。
ニコニコとまた何かを企むタケルを見上げる。
おばあちゃん、本当に凄い。心の中でそっと言う。
あたし、元気になってるよ。
「どうした?」
彼が聞くから、あたしは鏡をみたまま答える。
「あたし、前より潤ってきてるよね?」
「そりゃそうだろ」
そして彼は手を引いて、一緒に台所に戻る。
「サツキは恋人と住んでるんだ」
じんわりと言葉が沁み込む。そう、か・・・恋人と、住んでるん、だあ・・・・。
タケルが振り返って笑った。それを見て、確実にあたしの脳みそは一瞬溶けたはずだ。さっきまでの、自分の作品を見るって目じゃない。柔らかく細められた瞳には、間違いなく好意がうつっている。
「な?それも、こーんないい男と」
「・・・自画自賛が過ぎると思うよ、あなたはさ」
あたしはちょっと呆れてそう言ったけれど、心の中は羨ましさが溢れる。あたしにもこの人の何分の一かでも、自分に自信があればなあ〜・・・。そしたら人生がかなり違ったかもしれない。もしかしたら。
だけど今現在は、間違いなく幸福の中にいるのだろう。
彼があたしをからかって笑う。あたしはぶーぶーと文句を言いながら、最後にはいつも笑ってしまう。
おばあちゃんの家のいつもの風景も、何だか柔らかくて甘く霞んでるように見えていた。部屋の隅の暗がりも、古いドアがたてる音も、全部が前よりも愛おしく感じられるようだった。
・・・うん、凄いね、おばあちゃん。あたしもちょっと判ったよ。
偉大だ、これが恋の力。
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