▼ドゴォンッという、乾いた肌のぶつかる音が辺りに響いた。それを聞いて、会場中が更に一瞬に静かになる。

正確には、目の前に起きた出来事に、ジュラを始め、司会席も、応援していたギルドの面々、そしてラクサスたちも目を見開き、目を離せずに息を呑んだから。


何故なら、塑琉奈が叫び声と共に、自分自身に拳を力一杯に叩き付けたのだから。


「っ…うぅうああ…!」


そんな塑琉奈に心配した面持ちで見守る中、彼女はぐぐっと、ゆっくりと、だが確実に、自身の体を奮い立たせる。

そして、喉を押さえながらに立ち上がる彼女に、会場中がワァアアア!っと一斉に歓声へ満ちた。


▼《立ったぁあああ!!!!!塑琉奈ちゃんが立ったぁあああ!!!!あのジュラの攻撃を直撃しても、尚も立ち上がった!!!》

《なんて頑丈さスなぁ…!これだけでも相当凄いよ塑琉奈ちゃん…!》

《塑琉奈ちゃん頑張ってぇえ!!!》


フラフラながらも、立ち上がる塑琉奈。その彼女の瞳には未だに闘志に満ちていて。

そして、まだ此方に顔を向けずに俯く塑琉奈の顔から、小さな笑みが見えたのをジュラは見逃さない


「…流石、と言ったところか…!」


同時に、彼の中にある闘争心を更に煽り、駆り立てたことを、立ち上がった本人、塑琉奈は知らなかった。


▼………聞こえる。

会場の高ぶった歓声、家族の応援、司会のちゃん付けも、ジュラの息遣い、風の音も……全部、全部、聞こえる。

いや、やっと聞こえた。


「はは……!」


代わりに、耳鳴りのように頭に響いていたあの、憎たらしい声はもう聞こえない。

仲間を罵り、嘲笑ったあの声は、もう俺の頭には消え去って…、代わりにさっぱりとした気分。

そして仲間の、家族の声に耳を澄ませる。


…やっぱり、仲間の、家族の声は居心地が良いや。凄い安心するよ…。


▼「(ああ…でも…)」


自分で殴った頬が、あまりにも力をいっぱい殴ったせいか、ジンジンとどんどん痛みとなり、赤みを帯びていく。

そして、口の中でゴロリと落ちた嫌な感覚と、生暖かい鉄の味を舌で感じて苦笑いが落ちた。


「いってぇ…」


盛大に切れた唇を舐め、グイッと自分の口を拭えば案の定、口は血だらけで。その口内に交わった血と唾を、折れた歯と共に吐き出して、スウーッと深呼吸。


そして、待ってくれてたのだろう、目の前で自分を見つめているジュラ。そんな彼にニカッと笑ってやった


「…ごめん、ちょっと寝てたわ」


▼大魔闘演舞、本選一日目。
私たちフェアリーテイルは、二つのチームとも大鴉の尻尾の妨害に、早くも失速していた。


そんな中の最終試合、蛇姫の鱗、ジュラvs妖精の尻尾B、塑琉奈の試合。

お母さんの戦いを改めて見るのは私を含めて、殆どのメンバーが初めてで不安でいっぱいだった。

だってルーシィやウェンディたちのように、また何かしらの妨害や戦いに不利になるのではないか、と思っていたから。


▼「よくやった塑琉奈ぁあ!それでこそ儂の娘じゃああ!!!」

「母ちゃん!!!頑張って!!!」

「いけー!塑琉奈!!!!」


塑琉奈がぐぐっと立ち上がるのを見て、感極まったマカロフ、ロメオ、リサーナの声に続き、メンバーが声を張り上げる。

そして皆が立ち上がり見守る中に、レビィは塑琉奈の姿を目に移し、思わず手が震えた。

それは恐怖でも、畏怖でもない、塑琉奈の姿に感極まったもの。


▼けれども、それを取り払うかのように、強敵ジュラを目の前に、互角の戦いを、そして私たちの母は立ち上がってくれた。


それだけで、私たちには喜ばしいことで、とても嬉しいことなのに…。


▼「(お母さん……)」


私たちには、まだこの時は知らなかったんだ。お母さん…塑琉奈が、他の何かと闘っていたことを。
そして、それを打ち払って私たちのために立ち上がってくれたことを…。


この最終試合が、私たちの中でかけがえのない希望で、私たちが愛されていることを再確認する、そんな大事な試合になるなんて


…この時の私は、私たちは、知らなかった。






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