▼塑琉奈からは、ナツやハッピーのやり取りは全く頭に入っていなかった。
何より彼女は、ナツがあそこまで言われたらきっと怒るだろう、と理解していたため、彼に対する怒りは全くなかった。
逆に彼女は、胸にへばり付いて取れない疑問が沸き上がり、それに顎に手を当てて考え込む。
「うーん」
▼腑に落ちない。
何故、『俺』なのか。
妖精の尻尾の主力メンバーの帰還は大々的に知らされてる筈だよな?俺もその中にいたにしろ、元々魔導士として活動せずに表舞台にいなかった俺を選ぶのはおかしい。
一日目の影響なのか?いやこの女は今日初めて見た顔だ。知ってるとは思わない。
それでも、普通選ぶなら有名であるエルザやミラ、ガジルやジュビア、グレイ…そしてラクサスと…他にも目星はある筈だ。
俺だったら間違いなくラクサスかギルダーツ選ぶし…
「(って、なんか恥ずかしいなこりゃ。やめよ。)」
それに、単体で乗り込んで、自分のギルドマスターにまで喧嘩を吹っ掛けたナツさえスルーなんて。……なんか、なんだ……?もやもやするぞ。
▼はっきりとしない理由と、胸に渦巻く猜疑心、それを重ねて悶々と塑琉奈は考え込み、未だに口を開かない。
賭けの条件が彼女だと分かってから、誰もが塑琉奈からの言葉を待つ。
そんな空間の中で、鼻で笑いミネルバが塑琉奈に向かって指した指を、今度はひらりと手のひらに変えた。
「お主のいるギルドの底は見えた。妾たちのとこへ来れば更に高みがを見えようぞ。」
そして、ミネルバがそう発した途端だった。
ビリッと電撃のような感覚が頭を突き抜けて、悶々としていた塑琉奈の思考を取っ払う。
▼「あ?」
「悪くない話だろう?」
ミネルバの言葉に、ナツも同様の感覚を覚えたのだろう、隣にある彼の体がみるみる内に震え出す。
先程みたいに殴り掛かってきそうな勢いだ。
なのにミネルバは、ナツのことを無視するように塑琉奈に声掛ける。
▼「………」
胸に渦巻く悶々としたものは電撃に消えたのも束の間、次にはグツグツと溶かしてしまいそうな程の煮えたぎる熱い何かが、塑琉奈の身体中に巡る。
まるで溶岩のように溢れ出たそれは…憤怒にまみれた激情だった。
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