▼重みも緊張感も消えて、軽くなった世界の中。何事も無かったかのように、塑琉奈は一度振り向いて、もう一回ミネルバやジエンマ、その他の人たちに向けて頭を軽く下げる。


「夜分遅くすみませんでした」


その隣で、少し気に食わなそうに顔をしかめて、ナツは小さく「ふんっ」と鼻を鳴らした。

その姿に、あまりにもあっさりとした彼らに剣咬の虎たちは一杯食わされたような気分に満ちる。


▼「中々…骨のある奴等じゃ…」っとそんな彼等を見据え、小さく呟くジエンマの傍ら。ミネルバは笑みを隠さずに、ひたすら塑琉奈の背を凝視した。


「待たれよ」


そして、この事態が終止符となったと、誰もが思う空気に対して、彼女はその空気の中で静かに口を開いた。

それは塑琉奈とナツたちを呼び止める一言だった。


▼ミネルバの声に、出口に向かっていた塑琉奈とナツは、ピタリと足を止める。その拍子にナツは、未だに臨戦態勢だと言わんばかりの眼孔で、勢いよくミネルバを睨む。


「なんだ、まだあるってのか?」


やめなよナツぅ、と彼に抱えられたハッピーがそれを押さえさせるも、彼の視線はミネルバに集中されたまま。

それに彼女は笑みを絶やさないままに言葉を続けた。


「…スティング、今日のバトルパートはみな“賭け”をしていたようだのう?」

「え、ああ。そうだけど…」


ミネルバの意図がハッキリしないままの質問。スティングはそれに困惑しながらも答えると、その途端にまた建物内にはピリッとした空気が立ち込めた。


「何か言いてぇ…?」

「やはり“大魔闘演武”は年に一度のお祭り。そうでなくては面白くない。」

「おい!?」


勿体振る言い草で言葉を並べる彼女に対して苛立ったナツ。それにミネルバはフフッと含み笑いを落とす。

そしてゆっくり、ゆっくりと、指をちらつかせてから、背を向けたままの塑琉奈に向かって、その指を差す。


「どうせなのだ、妾たちも賭けをせぬか?」


恐ろしいほど、“喜”を含んだ声が建物内に響き渡る。そして至極楽しそうな笑みを浮かべて、ミネルバはそう言い放った。


▼「お嬢…、一体どういうつもりなんだ…?」

「…さぁな、全く検討もつかん」


戻ってきた緊迫した雰囲気に、スティングは静かに、あくまでミネルバと塑琉奈たちの空気を壊さぬように、小さくローグの方に呟いた。それに彼はふるふる、と小さく首を振る。

そのローグの後ろ、ルーファスが「あのお嬢の顔、記憶している。」っと口を開いた。


「…どうやら、あの女性。お嬢のお眼鏡に叶ったようだね」


そこまで言って区切り、ミネルバを見据えるルーファス。それに釣られるようスティングとローグも前を向く。


「お嬢も物好きだねぇ」


ま、俺も人のこと言えねぇけど。とナツと塑琉奈を見つめて、少し口角を上げるスティング。彼とは対照的に、俺は口を結んだ


仲間を想い、戦い、暴れてきた“妖精の尻尾”。そんなギルドをお嬢が興味を持つなんて…。いや、正確には“妖精の尻尾”の“あの女”…か。






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