救いようのない臆病者

▼空はもう茜色に染まり、その沈んでいく夕陽が雲を照らし、赤と金色が空に塗られていく。

その光が目に入り、きゅっと一度瞼を閉じた。

『大丈夫かい?』っと囁く柔い声にこくり、と小さく首を縦に振り、私はまた前を見据えた。

道は全て彼らに教えてもらった。そのお礼に彼らを食しながら、歩を進める。お腹は空かないけれど、逆に舌に残っているあの甘い金平糖の味が、不意にじわりと、私の中で温かいものを落とす。


「マ、スター…」


あの時私に金平糖をくれたマスターの笑顔。鮮明に浮かぶあの笑顔。眩しかったのに、一番大好きな…彼の表情だった。

その表情を曇らせたのは、私のせい。大好きな彼の笑顔を取ってしまったのは…私のせい。

そんな私が、あそこにいていいわけない…。


▼「お、かあ…さん…」


ふわふわと、自分の後ろを柔い風と、彼らの漂う霊気がすり抜けていく。そして、ポツリと呟いた『母』という単語に、シキミは目を細めた。


『私のせいで、貴女をこうさせてしまってごめんね』


違うの、お母さんは悪くないの


『それでも、貴女には人としての幸せを…知って欲しいの』


私は…、幸せだったよ。この短い間に沢山の人たちと触れ合えたのも、彼らの笑顔を見れたことも。

人間が、とても温かいことも


『だからね、シキミ。これから貴女には辛いことが付きまとうかもしれない。けれど逃げてはいけないよ…』


ごめん…な、さい…
ごめん、なさい、お、母…さん


「わ、たしには……、耐え、きれ…なかった……の」


私を、温かくしてくれた人たちを、人を…悲しませてしまった…。
マ、スターの、手を払ってしまった。拒んでしまった。

貴方が手を差し伸ばしてくれたのに。貴方のおかげで人の温かさを知ったのに。


「(救いよう…の、ない、臆…病者…。)」


最後に残した母の言葉が脳に直接こだまする。それを身に染みたとき、シキミの瞳から一筋の涙が伝った。


▼『ねぇ、もう暗くなるよ。』『危ないよ』

そう囁き続ける彼らたちの声に耳を傾け、上を見やれば、先程まで茜色と金色に染まった空と雲はもう藍色に変わり…ゆっくりとどっぷり暗いそれが空を飲み込んでいく。

それが、もう夜がやってくる前兆だった。


▼もう夜がくる。街を出れば街灯などあるわけなく、真っ黒な森が確かこの先に続いている。

確かマスターたちと会う前に一度来た道だから、少し覚えがある。

「…」


ギルドからこの街まで休まずに、ずっと歩いてきたから、疲れが足を震わせる。

元々あんまり体を鍛えてない上に急いで出てきたあまりに、尚更シキミには疲労として体に蓄積させていた。

それでも、シキミの表情から疲労は出ずに、弱音も口に出さずに、さてどこで寝ようか、という考えだけが彼女を動かした。


▼そう。シキミにとっては、ただ今までの自分に戻っただけ。ずっと一人で色んな場所を歩き、出向き、あの世の人たちの力添えを頂きながら、旅を続ける。ただ、それだけ。

けれども今の彼女には、しこりのように『剣咬の虎』のことが心に残ってるのは事実。

それは、人間ではなく、彼女を支え、手を貸して、互いに一期一会の関係の彼らさえ、分かっていた


『…あそこに行こうよ』

『今日はここに野宿しよう』


そして彼らがシキミを導いたのは、あの日スティングとローグに見付けられた、自分が野宿して眠っていた、あの墓地だった。






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