契れた鎖に触れて苦渋を呟いた
▼まだ俺は、彼女のことを少しも分かっていない。これからだよな、と意気込みして空回りしてばかりだった。
『なに読んでんだ?』
『え、絵本…で、す』
『そっかぁ、面白いか?』
『は、い…!』
それでも、シキミが俺を拒んだのは……あの時だけだった。それ以外は至って普通で、距離があってもちゃんと会話だって出来てたんだ。
『マ、スター…!』
『どうした?シキミ』
『金平糖…あり、がとう、ござ…います…』
それは、曲がりなりにも…彼女に近付けれた事実じゃないか。
そして、シキミも…俺に近付こうとしてくれたんじゃ、ないのか…?
『わ、たしも、なに…か、お手伝い…した、い…です…』
それが、無くなろうとしている?
シキミが、俺から消えてしまう?
まだ、まだ…知りたいこと、話したいこと、いっぱいいっぱいあるのに…!
まだ、君の笑顔も見てないのに!!
▼気が付けば、直ぐに体は勢い良く動いた。なんだ、と自分で認識するよりも先に、足が素早く動いて、それは力の籠った疾走へと変わる。
先程自分を捉えていた負の感覚も、縛り付けていた鎖も綺麗さっぱり頭の中から消えていて。
自分に走るのは走り抜けた筈の電撃の感覚。それがビリビリと俺の神経を痺れるほどに動かす。
「シキミ…!」
走り抜け自分の周りを纏う風の中、ギリッと歯を軋ませて、俺は彼女の名を口に溢す。
待ってろ…!直ぐに見つけてやるから…!見つけて、君と一緒に帰るんだ…!俺たちのギルドに!
そうして、無意識に動いた足たちは確実に、初めてシキミと会った場所へ向かって行った。
▼全力疾走で自分から背を向けて、走り出すスティング。その体には火傷してしまうほどの熱いオーラが纏っていて。
そのまま、自分の視界から着実と遠くなり消えていくスティングの背を、ローグはじっと見つめた。
「…頼んだぞ」
きっとこれは、俺が行っても意味をなさない。俺が行き、シキミを説得して、それが彼女の戻る希望になるのか?答えは否だ。
シキミが欲しい希望。それさえ明確ではない。けれど、それでも一つわかっているのは…彼女がスティングに対して、頑張って、必死になって、もがいて、もがいて、抗って、彼に近付こうとした事実。
スティングのことを『嫌いじゃない』っとはっきり言ってくれたシキミのあの時の言葉が、俺の体に響いていく。
「…きっと、スティングにしか出来ないことなんだろうな」
互いに言葉をちゃんと交わしてない二人だからこそ。互いに意味を理解してない二人だからこそ。互いに必死になっていた二人だからこそ。
今、きっと…それを互いに知るべき時なのかもしれない。
「…今回だけだ」
今回だけ、お前に譲ってやるからな。スティング。