言葉は風が浚っていった
▼「スティングくんは、あの時…シキミさんのことを心配して…!」
そうだ、あの時のスティングくんは凄く怒ってた。今までに見たことない程の気迫と殺意が満ちた眼孔。普段のクエストでも彼はあそこまで本気で怒りはしない。あれは僕でも震えが止まらないくらいの憤怒だ。
でも、もし…そこまでスティングくんが憤怒を露にして激昂する理由があるなら…それはきっと、シキミさんに違いない。
スティングくんにとって、大切な大切な貴女だからこそ、彼は怒ったんだ。
「僕、いつもスティングくんと一緒にいたから分かるんです!!」
シキミさんが来てから、スティングくんが早起きしたこと。絵本をよく買うようになったこと。シキミさんの大好きな金平糖、お土産にすること。
『喜んでくれるかな、シキミ』
『勿論ですよ!シキミさん甘いもの好きそうですし!』
ふわりとまた脳裏に再生される、淡い淡い柔らかな記憶。彼女のことを考えているのか、いつも上を向いて笑うスティング。それを嬉しそうに見て釣られて笑う自分。
そうだ、そうなんだ。スティングくんは、シキミさんが好きなんだ。大好きなんだ。
▼「はぁ…、はぁ…!」
頭に出てきた言葉を、順序も並びもゴチャゴチャのまま、包み隠さず扉へぶつける。返事なんて関係ないっと言わんばかりに声をこれでもか、と張り上げたのに、息切れしたまま、レクターはペタンっとその場に座り込んだ。
「(聞こえて…くれたかな…)」
息切れもそのままに、レクターはまた扉を見上げる。それでも、シーンっと扉の向こうは静まったままで。その様子を何分か見守っていくうちに、じわじわと「だめか…」っと更にこうべを垂れる。
その瞬間だった。
「え…?」
キイッと、扉が微かに開く音。それがレクターの耳に入る。同時にそれを聞いた瞬間、耳をピクンッと反応させ、前を見やる。
すると案の定、レクターの目に映ったのは、微かに扉が開いて、ゆらゆらと揺れている様だった。
▼「シキミさ…!!」
それを見た瞬間、バタバタと慌てて立ち上がり、その扉の方まで覚束無い足取りでフラフラと歩み寄る。
きっと彼女が開けてくれたのだろう、きっと僕の声を聞いてくれたんだろう。そう思うだけで、レクターの胸からじんわりと嬉しさが込み上げる。
同時に「スティングくんもきっと喜ぶ」と安堵の混じったレクターの気持ちが自分の体にこだまする。
けれど、それは一瞬にして終わりを迎えた。
「そん、な…」
扉の向こう、その先の世界には、先程まで眠っていたのか、座っていたのか、使われた一台のベット。そう、シキミが運ばれた時に眠らせたベット。
そこには彼女の姿はなく、代わりに開いていた窓から、ゆらゆらと外からやってきた風が、カーテンを、いつまでもなびかせていた。