メーデー

▼あのスティングくんの顔を今でも忘れない。いや、忘れることなんて出来ない。あんなに…苦しそうな笑顔の、スティングくんを。

今までに見たことない、彼からの救難信号。

それを見て、スティングくんを通して僕も苦しくなる。大好きなスティングくん、憧れなスティングくん、優しいスティングくん、そんな彼が助けを求めている。

それを見て見ぬフリするなんて、僕には出来ない。


▼もう一週間経とうとしているのに、医務室からシキミさんが出てくる様子は未だにない。その間にもスティングくんと一緒にいてから、彼が徐々に笑わなくなっていったのが、浮き彫りになっていた。


「(元はと言えば、僕のせいだ…)」


あの時、僕が勝手に動かなければ…僕が捕まることも、シキミさんが捕まることも…あんなことにもならなかった筈だ。


▼医務室の扉を目の前、ゴクリっと唾を飲み込み、僕は拳をぎゅうっと握る。扉の下にはユキノさんが用意してくれた食事がまた手付かず。それを見て、更に緊張感が高まっていく。

脳裏に流れてくるのは、一週間前の一緒にクエストを行った時。そして、シキミさんがこうなってしまった問題のクエスト。


「(あの時…)」


そして、僕たちを守ろうと魔法を使ってくれたシキミさんの姿。同時に僕が捕まった時に流れた冷気を思い出す。

得体の知れない、見えないのにいる、そんな感覚。身の毛がよだつ程に何かが僕らの周りを浮いていたのではないか、という恐怖。なのに、彼女はそれに恐れおののく表情も、動作もなかった。至って冷静だった。

……もしかして、シキミさんは…僕を助けようとしてた…?


▼「シキミさん」


気が付けば無意識に僕の手は、医務室の扉をノックしていた。2回こんこん、と叩き、少し時間を待つけれど彼女からの返事はない。それは予想の範疇。
けれども、ノックをしてしまった自分は予想外で。

ああ、叩いてしまった。どうしよう、どうしよう。ここまでやってしまったら、もうヤケしかない。


「あ、あの!き、気分はどうですか!?」


また、返事はない。代わりに僕の声だけが廊下にこだまする。口を閉じればシーンと、直ぐに静まり返る扉。まるで、壁に話している気分だ。

けれど、ここまでしてしまったなら、僕も引き下がれない。


▼「その…、この前のクエストですけど…」

そのことを自分から口に出した途端、なんだかとても口が重く感じる。触れてはならない領域、そこに僕は手を伸ばしている。

けど


「す、スティングくんのこと…どうか嫌いにならないでください…!」


これだけは絶対に、貴女に言いたい。言いたかった。





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