笑顔に滲み出た悔しさを僕は知る

▼「(スティングくん…)」


スティングの心境の変化、表情の変化。それを一番近くにいたレクターは肌に直に感じていた。

いつもなら僕が起きる頃には準備万端だったスティングくん。それがシキミさんが倒れた次の朝になっては、彼の姿さえ見えなくなっていた。

それだけで直ぐに分かる。いや、今までのスティングくんの行動を通して考えれば、直感に近いようにそれは分かった。

「きっとシキミさんが心配なんだ」と。


▼そこからの行動は早かった。僕も早くに身支度を済ませ、慌てて家を出る。出る前に確認した時計の針は朝の6時。

その時に彼がいないとなれば、もっと早くの時間帯に出たのだろう。

扉を開けて締める。そして空を見やれば、黒い雲がどっぷりと空を覆っていて。晴天の代わりにその雲が落としてきたのは、雨粒だった。


「今日、曇りだった筈なのに」


僕は空を見つめながら、そうぼやく。そして慌てて家を出た手前、傘なんてものはなく、ああもういいや!っと僕はそのまま、雨の中を駆けていった。


▼着いた頃にはもう毛並みは雨粒でびちょびちょ。
それを必死にブルブルと体を震わせて雫を払う。「雨は嫌いだ」と呟きながら、少し体が落ち着いたころ、不意に思うはやっぱり彼の安否だった。


「(スティングくんは濡れてないかな…)」


自分が出た頃にやってきた雨。それならきっと、先に家を出て行ったスティングくんなら濡れてないよね、と心配を胸に僕はギルドの扉を開けた。


▼「レクター…?」


扉を開ければ、直ぐに心配をしていたスティングくんの声がギルド内に響き渡る。ギルド内に未だ明かりはなく、もう朝だというのにぼんやりと薄暗い。

その中で、スティングくんの声の聞こえた方に目を向ければ、彼は、普段シキミさんが座っていた柱の後ろにいて、


「どうしたレクター、びしょ濡れじゃねぇか!」

「す、スティングくんの姿が見えなかったので…」


もう先に着いているもんだと、と、そこまで口にしてから、不意に彼に上着を掛けられる。同時に僕に目線に合わせて直ぐにしゃがみ込んだ。


「あー…そっか。そうだな、悪い、何も言わずに出て来ちまって」

「いえ!大丈夫ですよ!」


上着越しにワシャワシャと手を動かし、濡れた僕の体を拭いてくれる傍ら、少し口すぼみながらに言葉を発する彼。その声にはまた、あの時と同じように憂いを帯びていて。僕はそれに慌てて声を張り上げる。


▼「それじゃ風邪引いちまうだろ、どうせだし一緒にシャワーでも浴びるか!」

「あ、あの、スティングくん…」


憂いを帯びた声も直ぐに終わり、次にはいつも通りの揚揚としたスティングくんの声に戻っていて。
そのまま立ち上がり背を向ける彼、それに「(お話、出来たのでしょうか)」っと疑問が胸に飛び交う。

同時に、ニカッと笑って此方を見たスティングくんの顔を見て、僕は胸が一気に締め付けられた。


彼の目頭は、じんわりと赤く腫れていたのだ。




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