好きになってしまったから

▼「なに見てやがる!!!さっさとしまえっつってんだろうが!!」

「くっ…!」

「レクター!」


どうやら相手にも余裕がないのだろう、更に声を張り上げ牽制。そして一回ナイフを振りかざし、レクターの頭上の寸前で止める。レクターはあまりの勢いにキュッと瞼を閉じ、堪えた

そして「いつでも殺れんだぞ!?」っとドスの
聞いた声がシキミに降り掛かる


「…!」


その動作にギュッとシキミは自分の小さな拳を握った。同時に彼女の周りに、ふわり、ふわり、と背筋の凍る冷たい風が吹いてくる


「(彼ら、なら…レクターさん、を)」


ふわり、ふわり、男の周り、いや、全体にひんやりとした冷気と、身の毛の弥立つような、何かがそこにいる気配。それが広がっていく。

だがそれは彼女の視界、シキミには、別のものが映っていた。

マスターの大切な、レクターさん。その人にそんな怖い事するなんて、ひどい…!守らなきゃ…、彼を…


「なな、なんだ、よ…!」


ぞわぞわ、ぞわぞわ、鳥肌の立つ心臓が飛び跳ねてしまうのではないか、って程の、見えない恐怖。
男をじわじわ、ねとりと追い詰める感覚は、魂たちの手によって与えられていて。

それさえ分からない男は、シキミを目の前にガチガチと歯を震わせる


▼「シキミ、こわい…」

「あっ…」


冷気の纏ったその風は、形がない筈なのに、まるで綿あめを掴むようなふんわりとした感覚が肌につく。それをシキミの後ろにいたフロッシュはその寒さに、その恐怖に、男と同様にぶるぶると体を震わせた。

そして彼女がシキミに放った言葉に、シキミはハッと我に返る


『いいかいシキミ。あなたのその魔法は、簡単に人に見せてはいけないよ。』


私たちの魔法はね、生物たちが怖がるものなのさ。

そう、昔に育ててくれた自分の母の言葉が脳裏に響いていく。同時に、フロッシュの怯えた目と震える声が、自分に向けれていることに、シキミは改めて理解する。


「ちが、うの…、わた、しは…」


我に返り、焦りながらに男を見つめる。すると、その男の腕の中で、フロッシュと同じように怯えた目をしたレクターがシキミを見ていて…。


『使ってしまったら、あなたは周りから嫌われてしまう。そうなってほしくないの』

あなたは、色々な出会いをして、色々なことを学び、色々な感情を培い、生きて欲しいの。

ごめんなさい、私が教えてしまったのに、こんなことを言うなんて…。


「(わ、たし…は、お母さん…すき、だよ…)」


この魔法を教えてくれたことも、御札の魔法を教えてくれたことも…全然、嫌じゃないの。嫌いじゃないの。


でも


「嫌われ…たく、ない…」


▼「…ご、めん、なさい…レクター、さん…」

「シキミ、さん…!」


目の前の光景に、これから起きるかもしれないシキミにとっての恐怖。それが彼女の脳裏をチラつかせ、ボロボロと自分を見つめる彼らの目がシキミの心奥に『恐怖』として落ちていく。同時にガクンっとシキミは俯いた。

すると、先程まで出口の辺り一辺を覆い尽くしていた白い紙たちは一瞬にして、ふわり、と煙のように消えて風に浚われていく。

そして、それは男を拘束していた紙たちも例外ではなく、一気に消えていき、

代わりに、あまりの締め付けに耐えきれずに気を失った男が、ドサッと地面に倒れ込んだ。


「はっ!所詮ガキはガキだ!」


レクターを片手に、男が叫ぶ。

さてどうしてやろうか、とナイフをちらつかせながら、品定めをするようにゆっくりとシキミの元へ歩み寄る男

そうして、俯く彼女の目の前まできて、男はこう言った


「お前を人質に変えてやる」







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