はじめて痛みを知った時
▼「くっ、そ…!こいつ…魔導士か…!」
「…!」
出口の前、ババババッと大量の白い紙が渦を巻き、辺りを覆い尽くす。
それはシキミの袖と裾から無限に排出されて、宙を舞っていく
そしてその紙々たちは、一人の男に無数に貼り付き、その男の体を自由を奪い締め付けていた。
「シキミー…」
「大、丈夫…です…!」
シキミの後ろに縮こまっていたフロッシュが心配そうに顔を上げる。それを見ることはせず、シキミは真剣な顔持ちで、締め付けている男を見つめた
「(あの時…)」
『危ないよ』『後ろにいるよ』『構えて』
私に語りかけてくれた、色んな魂たち。彼らの声が聞こえなかったら、私は…きっと、二人を守れなかったかも、しれない。
今だけ…隠さなきゃいけないこの力に、感謝、する…なんて…。
▼ババババッと宙を舞い、ウネウネと動く札たちの中。不意に先程までのことを振り返る。
確か…、私たちは、出口の前にいて、そして魂たちの声が聞こえた時、後ろから大きな声がしたんだ。
なんだろう、て振り返った時に、男の人が武器を持ってて…。
▼ツウッと小さな切り傷から、新鮮な血が頬を垂れる。それは顎を伝い、地面にぴちゃっと落ちていく。
「(…い、たい…)」
初めて感じる…生暖かい感触、鉄のような苦い匂い。これが、血……。
生暖かい感触から溢れ出る、その血と、ジンジンと斬られた場所が小刻みな震えのように、伝わっていく
これが、痛み……。
▼「こいつ…!確か剣咬の猫だ!大魔闘演武で見たことある!」
「くっそ!離、せ!」
「レクター!」
ハッと、もう一人の男の声に我に変える。同時にフロッシュの大きな声がシキミの中で響いた。
そして、顔を上げれば、そこには暴れているレクターを力ずくで腕の中に入れ、ナイフを掲げる姿が。
「あ…!」
「シキミさ…、ごめんなさい…!スティングくんたちを…呼ぼうとして…」
「おら!そこのガキィ!!!その妙な紙をしまえぇ!!!」
相手の腕の中で申し訳ないと、頭を垂れるレクター。その上で男の切羽詰まった声が荒げられる。
▼どうしよう…、あの腕より先にお札を動かす…?先に、あの人の腕を…
初めてシキミの中で『焦り』という感情が芽生える。肌に直接伝わる、まるで無数の針に体中を刺されるような、そんな感覚。彼女はそれが『焦り』だと認識する。
それは、スティングの大切なレクターが、目の前で捕まっている。その切羽詰った空気によって芽生えたものだった。
そして、彼女は自分なりにグルグルと思考を張り巡らせ、イメージを頭に思い浮かべる。
全ては、レクターを傷付けず助けるため。
「(だ、め…)」
私のお札より、あの人の腕の方がレクターさんに近い…。もしお札を動かしたら、直ぐ刺せる距離にある…。私の魔法は、速くないから…レクターさんを傷付けちゃう…。どうしよう…。