どうして言わないの?
▼シキミの歓迎会が始まってから、もう空はどっぷりと真っ暗で真夜中に近い時間。
酒を飲みっぱぐれてグースカと雑魚寝をしている野郎共の傍ら、俺らに相談を持ち掛けたシキミ。
家がなく、住む場所がないっと申し訳ないと言わんばかりの顔で言う彼女。
「(おっと、これはチャンスか?!)」っと下心丸出しで、俺んちに来るかっと聞いてみたら、案の定全力で拒絶をされてしまった。
「スティング…、お前ってやつは…」
ローグの呆れ顔とため息混じりの声が漏れる。それに慌てて冗談だ、と訂正した
そりゃ…流石に下心丸出しだった俺も悪いけど…別に取って食うわけじゃねぇし。
それより、俺はもっと…彼女の…シキミのことが知りたかった。
そこに、俺のことを…その、変に怯えてる理由も分かるかもしれねぇし…
▼「何なら、此処の医務室を寝床にしたらどうだ?」
「いい、の?」
「ああ。それなら羽を伸ばせるし、自分の時間も作れるだろう?」
なあ、スティング、とローグがこちらに同意を求めてくる。
…まあ、ローグの言ってることは、シキミのこと考えりゃそれが一番得策だろう。と納得はする。
「じゃあ戸締まりはシキミに任せるか」っと、仕方なくそれに同意をすれば、シキミはホッと胸を撫で下ろした。
今だけ、俺と彼女の距離は近い。
前は来る前から怯えた顔をしていたのに。
それに「(少しは慣れてくれたのかな)」っと俺も安堵を溢した。
▼「じゃあ俺は先に帰るぞ」
「ん、おーう分かった。」
「っ…!?あ、」
そうして話が終わり、ローグが俺とシキミから背を向けて歩き出す。
「またなー」っと俺がその彼の背に手を振った瞬間、シキミから戸惑った声が漏れた。
「なんだ?」っと不思議に思って彼女の方へ向き直る。するとシキミは先ほどまでいた場所にはいなくて、
「…シキミ?」
「…っ、」
何処へ行ったっと辺りを見渡せば、ちょこんっと俺から数メートル離れた柱の後ろに、彼女は隠れていた。
「どうした?」
「き、気にしないで…くだ、さい…」
カツン、カツン、彼女がいる柱の方まで歩いてみる。すると彼女はまた俺から離れるように柱から柱へと移動を始める。
その行動が分かってから、俺の中でチクリッと胸に刺さる痛みが徐々に身体中に広がっていった
…なんだよ、さっきまで目の前まで来てくれたのに…
俺、マジでなんかしちまったか…?
「…なあ、シキミ」
「ひっ!はは、はい…!」
ピタリ、俺は彼女の元を歩み寄るのをやめた。正確には、歩いても歩いても、シキミに近付けないから。
それは、彼女が自分から逃げることで嫌でも理解した。
さっきからチクン、チクン、心臓が痛い。まるで針に何度も刺されたみたいに痛い。…なんだよ、コレ。
何で俺、避けられなきゃなんねぇんだ
▼「俺、お前に何かした?」
あまりの痛さに、情けない声が自分の口から漏れた。
その言葉が、俺らの間に広がり、途端にシンッと、互いに静かな雰囲気に包まれる。
彼女を見やれば、少し戸惑った顔をしていて。それが余計に俺を焦らせた。
まだ出会って間もないのに、避けられる理由がある筈がない。ましてや、俺が彼女に何かしてしまったなら…むしろハッキリ言ってほしい
だって俺は、シキミのこと…
「マスター…、は、何も、してない…です…」
▼俺の想いの言葉は、シキミのか細い声でしゅるしゅるっと萎んでいった。
「…そっか」
頭の中は、「なんで」「何かした?」「言ってくれよ」なんて、沢山の投げ掛けたい疑問の数々。
けれど、今の俺にはその問い掛けを口に出すことは出来なかった。
「(これ以上、嫌われたくない)」
そして、最後にはそんな不安だけが膨れ上がる。
▼「じゃあ…おやすみ」
俺はそれ以上、シキミに何にも声を掛けられなくて、彼女が望むように俺からシキミの側を離れていった